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国道の信号にて

国道の信号はなかなか変わらない。いつの間にか何の脈絡もない人が集まっていた。小学生、会社員、買物帰りのおばちゃん、柴犬を連れた老人、ウーバーイーツの配達員、ヒジャブを被った女性...。こんな面子の盗賊団が活躍する物語を書いたら面白そうだ。

「"おでんち"を着てる人がいるよ」と妻が言った。四車線の国道の向こうに、黒縁メガネ、ボサボサ頭の青年がママチャリに跨っていた。カゴにコンビニの袋が入っている。そして"どんぶく"を着ていた。轟音と共にトレーラーがやって来て、彼の姿はしばし見えなくなった。

しかし、妻はあれを"おでんち"と言ったが、"どんぶく"ではないのか。たぶん勘違いしているのだろう。それで「あれは"どんぶく"と言うのだよ」と教えると、妻は笑って「変なの」と言った。やがて信号が変わり、雑多な人々が路上で交錯する。"どんぶく"の青年も私達の横を通り過ぎた。

彼が着ていたのは正式名称"綿入半纏"、別名"どてら"と言う。関西では"おでんち"、東北では"どんぶく"と呼ばれる。いずれにしても、寒さから体を守ってくれる温かい上着への愛情を感じるではないか。"ダウンコート"ではこうはいかないだろう。