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6月22日。中村屋が帰って来た日。(再録)

初出2011.6.24:https://ameblo.jp/uno0530/entry-10932956111.html

補足。疲労蓄積により2011年の年明けから突発性両側性感音難聴を患って長く休養していた勘三郎さんが舞台に一時的に復帰したことがありました。6月のコクーン歌舞伎「盟三五大切」。芝翫(当時:橋之助)さんの源五兵衛、勘九郎(当時:勘太郎)さんの三五郎、菊之助さんの小万という布陣。串田和美さん演出でしたがかなり踏み込んだ、前衛的な演出でした。千穐楽までの一週間だけ出演された、その復帰初日の記録です。多少修正加筆しています。2021.2.20付記。


中村屋が急遽、舞台に復帰した6月22日。

そもそも。
この日は笹野さんの誕生日なのでチケットは取ってあった。
仕事で遅れても入りやすい通路脇を探した。平場最前列下手もあったが、入りづらそうなので平場上手にした。幕が開いたら役者の出入りに下手が多くてちょっと残念、下手にしとけばよかったかな、などと思っていた。

この前週ぐらいに誰かがTwitterで来週コクーンに中村屋が出るらしい、とつぶやいていた。発言主は何か問題でもあったか、すでにアカウントを停止していたがツイートは拡散されてしまっていた。
まさかと思ったが、確認するすべもなく、だいたい途中から出るというのがもひとつピンと来ない。忘れることにした。


そして、6月21日。
やはりTwitterで、幕内からぽつりぽつりと明日は特別な公演になる、というようなツイートが現れた。
みんな何となく予感していたと思う。

今になってみると、見逃さないでほしいという思い、中村屋に声援を送ってほしいという思いがそうした「フライング」をさせていたようにも思う。

いざ、当日。
ちょっと落ち着かない気持ちで一日、働いてから向かったシアターコクーン。

ロビーが異様な雰囲気。

中村屋の2人の姉、久里子さん、千代枝さんが揃い踏み。奥様の好江さんも。マネージャーに事務所社長に、串田さん、明緒さん。
すでに見たはずの、佐倉義民傳で共演したmcIkku&Tomまでいる。

今日は初日かっ!?と心のツッコミ。

番頭さんに聴いてみたが、まあ見てて、とはぐらかされる。
ドキドキしたまま着席する。

とはいえ、芝居の間はそんなことは忘れた。

どう考えても中村屋が途中に絡む要素はないし、何よりここまで見た5回のうちで一番、素晴らしい舞台だったから。何がどう具体的に変わったわけでもないが、中日のあたり、やや崩れすぎて感じられていた芝居が引き締まったようだったし、深かった。

弥助殺しから愛染院にかけての役それぞれの感情が深く深く染み入ってきた。

冒頭の道具屋のくだり、鬼横町な長屋のくだりも、みなイキイキしてきた。あの空間で自由に生き始めていた。

そんなことに感動し、了心の衝撃の深さや、三五の後悔と自責、苦渋の深さ、源五の茫然と絶望に、なぜ彼らがこんな目に、と涙するうちに大詰。

切腹した三五に、旦那様お発ち、と見送られ、天から降る大星始め諸士の声に押されるように歩き出す源五。数右衛門としての「討ち入り」という現実と、源五兵衛という仮の名の人生とを重ね合わせられないままに悪夢に漂うよう。
そのうち見えてくる「正しく歯車が合わさったならこうだったであろう幸福の光景」。そこにも源五は入れない。勝ち鬨の声も遠いまま。どこにも立てない源五の孤独。

深川虎蔵内の二階に呆然と立つ源五の足元に、幸せそうな三五と小万が座っている、あの最後の場面がとても好きだ。
紗幕の向こうの虚ろな色彩の中の光景がそのまま、序幕にくるりと繋がるようでいつも胸苦しい。

「夢であったか」

佃沖の小舟で源五がうとうとまどろんで見た夢。何度も何度も繰り返される悪夢。永遠に同じ場所から抜け出せない苦しい罰を背負わされたように。

孤独だ。
源五は孤独だ。

この日も、幸福の光景を見ながら悲しくなっていた時。

ふっと、紗幕の向こう、私のまさに目の前に現れた影。一瞬にして認識して、ぶわぁーっ!と鳥肌が立った。

中村屋だっ…!

涙がばあっと溢れた時、スポットライトを浴びた中村屋の大星が「数右衛門、よくぞ参った…!」と、大音声。
だんだら模様の討ち入りの格好。その存在感。一瞬で場を支配した。あの求心力。
たまらなかった。

すぐそこに、中村屋がいるんだよ!!
半年間、自分がどれだけこの姿を待っていたかを強く強く感じて、泣いた。というか、嗚咽した。

あとのことは泣き通しで記憶は曖昧だ。

最後に、下手に三五と小万、真ん中に源五、上手に大星という、三角の構図で幕が降りたわけだが、その前日までは声だけの参加だった大星が姿を見せたことで、これがまさに「薩摩源五兵衛実は不破数右衛門」という2つの顔を持たねばならず、その2つの顔に引き裂かれてしまった魂の悲劇であることを明確にした。
中村屋がただの特別参加ではなく、芝居に新しい息を吹き込んだこと。これが何より嬉しかった。

カーテンコールは最初は現れず。
二度目に二階で控えてるのが影でわかったのだが、皆にものすごく強い拍手を送っていた。じんとする。

呼び出されて登場した中村屋はかなり緊張の面持ちだった。

私は泣いた。
彌十郎さんも、橋之助さんも泣いていた。亀蔵さんも涙顔。笹野さんはおどけていたが、泣いていたと思う。
本人は爽やかに笑っていた。

菊之助さんは嬉しげに笑っていた。橋之助さん、菊之助さんと握手を交わした中村屋が、勘太郎さんにもさっと手を差し伸べると、勘太郎さんは照れたように笑ってから握り返した。

橋之助さんたちが真ん中に押しだそうとするのを、いやいや、と遠慮した中村屋が橋之助さんにしゃべりなよ、というように合図するが、橋之助さんは首を振る。感無量のようだった。
みなで串田さんを呼ぶ仕草。ばあっとかけてきた串田さんも涙顔だった。中村屋と熱く握手、ハグ。
串田さんもきっと中村屋の帰還を願って、そうなってもいいようにこの場面を作り込んでいたのではないか、と思う。

そして、観客からの温かい拍手の中、舞台は終わった。

帰りがけ、一番に番頭さんのところに行くと、目を赤くしてらして、私もまた泣きながら握手した。「いい日に来たね!」と言われた。本当に、本当にそう思う。
奥様の好江さんにも串田さんにもがっちり握手していただいて幸せだった。言葉は出なかった。ただただあのガシッと握った手に全てがあった。

帰宅して、友人がいつか舞台に中村屋が帰ってきたら呑んで、とプレゼントしてくれていたモエ・エ・シャンドンを開けた。半年ぶりに酒を呑んだ。辛くて甘くて、美味しかった。

幸せな幸せな1日だった。

いただいたサポートは私の血肉になっていずれ言葉になって還っていくと思います(いや特に「活動費」とかないから)。でも、そのサポート分をあなたの血肉にしてもらった方がきっといいと思うのでどうぞお気遣いなく。