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【まちのあれこれ】長崎居留地12A改修計画。3人の建築関係者が妄想してみた

 幼い頃から「こんなふうになったら良いな」という妄想が大好きなわたし。実現したこともあれば、実現していないこともあるけれど、それよりも、人の妄想を聞くのはとっても心が躍るのです。
 …と、いうことで。今回は「長崎居留地の12Aを改修する妄想しちゃったよ〜」とワクワクする話を耳にしたので、取材しました! 

 舞台は、長崎市東山手町のオランダ坂通りにある2階建て木造住宅。幕末の開国に伴い、来港する外国人居留地が設けられた長崎市の東山手、南山手地区には、幕末から明治時代にかけて建てられた洋館や、石畳の坂道など、居留地の面影が浮かぶ場所です。

 この建物は「伝統的建造物」に特定されていますが、長年空き家となっていました。ですが、市民団体「長崎都市・景観研究所/null」の監修でリノベーションし、2017年8月からシェアハウス「長崎居留地12A」(通称・12A)として活用されています。これまで、学生や県庁職員、会社員など様々な人たちが暮らしてきました。(実はわたくしも2017年12月から半年間、12Aに住んでました!) 少し、12Aの暮らしを紹介させてください。

▲2018年1月11日。オランダ坂通りから12Aをみるとこんな感じ。石垣があることで、中の生活の様子は見えなくなってます。1階は共用スペースで、2階は3部屋あります。

▲1階の共用スペースの畳は寒さ対策で、新聞紙を敷き詰めました。内壁は白色にペンキを塗りました!

▲2017年10月15日。まだ私が入居する前に12Aに遊びに行った時。仲間と一緒に花火を観たことが思い出〜★

▲森さん提供。1階フロアは共用部分になっていて、よく鍋パとかBBQとかしてました。

 2020年9月時点での住人は森詩央里さん、南拓海さん、南里史帆さんの3人が居住。なんと、3人とも建築関係者。9月中旬に開かれた長崎居留地まつりの一環で、3人は12Aの活用について提案しました。

▲森さん達の展示内容
 

 提案内容の前にまずは、森さん、南さん、南里さんのプロフィールを紹介します!

 ▲森 詩央里(もり・しおり)/オンデザイン所属 建築家
1992年長崎市生まれ。
2010年長崎工業高校インテリア科卒業。
2014年九州産業大学住居インテリア学科卒業。
同年川辺直哉建築設計事務所勤務後、2016年〜横浜の建築設計事務所オンデザイン。大学時代にナガサキデザインコネクション(null主催)で所長の平山さんに出会い、長崎の魅力に惹かれた結果、横浜と長崎の2拠点で活動している。

 主な作品は、川崎の創造複合施設「unico」(JIA神奈川デザインアワード審査員特別賞)、長崎県スタートアップ交流拠点「CO-DEJIMA」、「都市の小屋」、「Dance Base Yokohama」など。

▲ 南 拓海 (みなみ・たくみ)
1996年香川県生まれ
横浜国立大学大学院Y-GSA修士課程在学中。
祖父母が長崎に居ることから長崎に興味を持ち、半期ごとのスタジオ課題のひとつのフィールドとして長崎を選んだ。
地方でまちづくりに貢献できるような建築や場所の設計するのが夢。地方が面白いからこそ、建築で魅力を引き出したい。

▲ 南里 史帆(なんり・しほ)
1996年 長崎市生まれ、東京育ち
ものづくりやデザインに興味を持ち、大学は建築学科へ。
研究の一環で、大学4年生の時に長崎に滞在。長崎の人のあたたかさや街の空気感に魅せられ、一度東京で就職するも退職し、先月より移住。
現在は島原市の設計事務所に勤めながら、空き家再生の活動にも取り組む。

 3人ともそれぞれ長崎に思い入れがあり、12Aの改修計画をつくってくれたなんて感激です…。

 3人が12Aで生活して見えてきた大きな課題。それは「活用されている風景が外に見えにくい」ことでした。12Aを下から眺めると、確かに、石垣が障壁となっていることがわかります。

 そこで提案したのは「現代版・洋風住宅暮らし」。改善点を各々持ち寄ると、イメージしていることが近く、2、3日で提案を完成させたとか。シェアハウスの特性を生かし、暮らしている人の生活感や、縁側での過ごし方をできるだけ外に見せることがポイントとなっています。

 森さんは「外観を復元させるのも大事だけれど、居住者の人柄や暮らしを外に見せた方が、その建物をアップデートさせることができる。それが価値になり、街の風景の一部になる」と語ります。さらに、以下4点が要素を強調しました。

①縁側を生かす
 現在の12Aの縁側には窓があるため、常に閉じられている。窓を畳と縁側の間に設置し、外側に空間をつくる。そうすると、縁側でのバーベキューやパソコンで仕事をしている風景がより外部から見える。外で活動するスペースを少し広げる。

②外部の人も来やすくするスペースに
 隣接する建物も改修。床を抜き、玄関土間のような形に。「建築シェアハウス」として、模型とか絵の具を使うと、畳だと汚さないか気になるため、より使いやすく、外部の人もふらっと来れる場にする。スタジオ、ギャラリー、作業場、イベントとして使えるなど、使い方も増える。

③インナーテラスを新設
 2階はシェアハウス。窓の位置をセットバックさせて、室内テラスをつくる。居住者が外をゆっくり眺めたり、ここで生活している人の趣味が外に向けて溢れてきたり•••。それぞれ住んでいる人の雰囲気が外から見えると、洋風住宅の外観は残っているけれど、今住んでいる現代の人の生活が目に見える風景として映る。
 
④天井や壁を「長崎らしい」模様に
 出島の洋館の内装では、中国の唐紙や、淡いグリーンや薄い水色が背景にありつつ、朱色やゴールドがポイントで入っている。その配色が「長崎ならではだね」と関東で言われた。当時の人たちのセンスの感覚が「長崎のアイデンティティ」なんだなと思う。
 さらにそれを、もう一段階アレンジする。既製品の唐紙を貼るのはもったいないため、長崎のデザイナーさんに型を作ってもらい、ステンシルのように上から塗装を塗れば、自分たちにしかできない模様や塗装の仕方になる。天井だけではなく、壁も同様の手順でできるかもしれない。

 森さんは「そのまま昔の状態で復元するよりも、今考えられる知恵や、デザイナーのアイデアを踏まえて、もう一段階アップデートすることが12Aの活用ではないか」と提案。さらに「外観は近くの13番館が水色のため、12Aも水色にする。すると、通りとしての魅力になるし、12Aも洋館として認知されやすくなる」とも語りました。 
 
 現在では、3人とも退去し、それぞれの道を歩んでいます。いつか、いつか、この提案が実現したら、さらに魅力的な建物になるなあ。
 …と、また夢を見ている私でした。3人とも、また改修計画について語ろうね!



文・こけ
写真・森さん、南里さん提供













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