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どんな感情の中にも時に大切なものが眠っている



2014年、26歳の時。

ブラック企業をなんとか辞めて、ほとほと疲れていたわたしは、けれどのんびりしていられるほど貯蓄に余裕はなく、とりあえず派遣登録をして働くことにした。

働くことになった会社で、本業務とは別に総務のような仕事もすることになった。
アスクルで備品を発注したり、みんなが出す郵便物の重さを測ってまとめたり、コピー機が壊れたら業者さんと連絡をとったり、などなど。
その作業自体は、嫌いではなかった。

問題だったのは、その会社では総務は部署を設けておらず、派遣社員の中の誰かが持ち回りでその役を担うことだった。

社内の人に聞いても前の派遣社員の方がしていたことだから誰もよく分かっていない。
どうしたものか…と思いながらどうにかこうにかやっていた。

そんな右も左も分からない中、入って3ヶ月で会社が移転した。

それも聞いていなかったので驚いたけれど、移転してから「あれはどこにある?」「これはどうしたらいい?」ということを社内の人に聞かれ、「いや、わたしが知りたい」と毎日思っていた。

けれどそう言う訳にもいかず、「探しておきますね!」「聞いておきますね!」と言ってはたくさんの仕事を抱え込んでいた。

心の片隅で、何でわたしがしなければいけないんだろう?と思うことは多々あった。というより、出来ない、と。

会社で体系化されていないものを、入って3ヶ月の新人ができるはずもない。その上権限も何もなく、誰に承認を取ればいいのかもわからない。
けれど毎日誰かから何かを質問され、その答えを色んな人を横断して探さなければいけなかった。

ただの便利屋だ。

そんなどうにもならないイライラと、部署の繁忙期が重なり、わたしは部署の先輩から頼まれる業務に返事をする時顔も見なくなっていた。

ハイ。

と機械的に返す。

今考えると相当生意気な新人だ。
若かったとはいえ、イライラを先輩にぶつけるという最低なことだったと思う。

今ならば派遣業務以外のことを任されて困っている、と登録先の担当者に相談すればいいと思うし、まず会社の上司に相談してみることもできると思う。

当時はそんなことが何も分かっておらず、ただ困り果て不貞腐れていた。

そんな日々が続いたある日、社員のNさんから小部屋に呼び出された。

その日も何かを頼まれた時、振り向きもせず、「ハイ。」と返したのだと思う。

Nさんはいつもならそこで去っていくのに、その日は
「海野さん、ちょっといいかな?」
と言ってミーティング用の部屋を指差し歩いて行った。

内心、は〜…絶対めちゃくちゃ怒られる…と思った。
どうしよう…と。

自分の態度が悪いことは分かっていた。けれどそれをどうすることもできなかった。

根がビビりなので、どう謝ろうか…と思いながら小部屋に入ると、
椅子に座るや否や、

「最近、なんかあった?」と、
少しおどおどと、とても居心地悪そうに聞かれた。

絶対に怒られると思っていたわたしは面食らって、
「いえ…別に…」と、某元女優のような返しをしてしまった。
想定した状況と違いすぎて、目が点になっていたと思う。

少しの沈黙の後、Nさんは「そうなの?本当に何もない?」と聞いた。
困ったような、心配するような顔をしていた。

そこからはスラスラと、本業務以外にある総務的な仕事がかなりつらいと伝えることが出来た。

もう日頃ずっと辛かったので、ほぼ友達に悩みを相談するようなテンションで話してしまっていたと思う。

なるほどね、とNさんは呟いたあと、分かったと言って部屋を出て行った。

しばらく呆然としていたものの、わたしも部屋を出てデスクに戻り、仕事を再開した。

怒られるよりも、遥かに効いた。

自分の態度を反省したし、申し訳ないと思った。

それから社員となり、とりあえず入った会社に結局4年間もお世話になった。

Nさんの計らいがあったのかどうかは分からないけれど、入社半年後には総務業務は外注され、本業務のみをすればよくなった。

あんなに嫌だと思っていたのに、よかったこともあった。
半年間その仕事をしたことで、他部署の普段の業務で関わらないような人たちとも話が出来るようになり、仲良くしてもらえた。
それはその後働く中で、とても大切なことだった。

そしてそれからは自分の仕事がいっぱいいっぱいになる前に、上司に相談することができた。
コストを現状より抑えられる外注先を探したり、業務の効率化を提案したりして時間に余裕を持たせることも出来るようになった。

Nさんは在籍中同じ部署でずっとお世話になった。

時が経っても、繁忙期などわたしがイライラしてしまうことがあり、たびたびNさんは注意してくれた。
極力態度に出さないように気を付けていたけれど、出ていたらしい。

その頃にはもう仲良くなっていたので、
「お前さ、よく会社でそこまで自分の気分出せるな?!」と言われたり、
「本当に俺あの時(入社当時)お前のこと殺そうと思ってたからな!!」と言われたりして、
わたしも内心すいません…と思いながら「あの時はめっちゃ優しかったですよね!これ!確認しといてください!」などと反抗的に返して、
「なんだその返事は?!俺先輩だぞ?!おかしいだろ!!」と言ってプンスカするNさんを見て笑っていた。

これは当たり前のことだと思うけれど、今わたしがイライラしたことをそのまま態度に出して人に接することはほとんどない。

ほとんど、と言ったのは、夫に対してはたまにしてしまっているな、と思うからだ。

わたしが結婚すると分かった時も、Nさんは「お前、気をつけろよ!態度!」と言った。

なんと結婚したひとがわたしよりもイライラが態度に出る人だったので、今度はわたしがNさん側になった。

今は少しNさんの気持ちが分かるし、本当に当時を反省している。
なんならわたしはNさんのように優しく見守ることが出来ず、イライラした態度を取る夫にキレてしまうこともある。

もちろん家庭は会社とは違うし、部下が上司に態度でイライラを出すなんてもってのほかだ。逆もまた然りだと思っている。

けれどこれはどの関係性にでも言えることだ。

イライラを態度に出して場の空気を悪くする前に、イライラの元である問題を解決しようとすること。

イライラするより、まずイライラしている原因や、困っていることを話すこと。

自分は何故イライラしているのか考えること。

抱え込んでいるものは、意外と簡単に他な人が持ってくれて、軽くなるかもしれないし、その抱え込んでいたものの中にもしかすると宝物が眠っているかもしれない。

なのでイライラする人に接した時、わたしも怒ったりせずに、できる限り優しく聞くようにしている。

「最近なんかあった?」

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