祇園精舎の鐘の声を…。

 気がついたら、山奥のお寺にいた。
 よく分からないが、引き寄せられるように歩いて此処に来た。

 何時間歩いたとか分からない。
 寧ろ、知ることは必要ないとも言える。

 本来、祇園精舎とは、インドにあった精舎、すなわち釈迦がいた寺を指すそうだ。

 彼女は、汗をかいて、緑のワンピースを見に纏い山道を往く。

 そしたら、何百年も何千年も前に建てられたような寺が姿を現した。
 茅蜩ひぐらしの鳴き声が、周りの景色に鳴り響く。

 大きな門に踏み込むや否や、ゴーンゴーンと、寺の鐘の音が強く鳴った。
 思わず、周りを見渡し、鐘に目をやる。

「珍しいこともあるのですね」
 と、一人の坊主が彼女に歩み寄った。
「…!」
 思わず声の方を向く。坊主が優しく微笑んでいた。
「なにか、導くべく鐘を鳴らそうとしたら、あなた様が此処に呼ばれるとは」
「あの…。こういうことってよくあるのでしょうか?」
「いえ、滅多にございません。本当に今日は珍しいと言っても過言ではございません。
 なんせ、まだ夕方でもないのですから」

 珍しいと坊主に歓迎され、彼女は茶と菓子をいただき、二人はたわいのない会話をした。

 まもなくして、彼女は家路についた。

 すると、遠くから寺の鐘の音が山全体に鳴り響いた。
 
 しかし、二度とその寺に行くことはできなくなった。
 なんど探しても見つからない。

 でも、思い出すと、暖かく、広大に広がる鐘の音を思い出す。



 その寺は、誰もいない。
 古く寂れた寺しかなかった。
 導かれたのは、無であり有する縁が紡いだ奇跡といえよう。

 そして夏は終わりゆき、秋の足音を奏でだす。

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