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マルチタスクシェフ

オーナーシェフが好きだ。いや、仕事のできるオーナーシェフを尊敬している。
シェフの道を極めようとする人は大体アーティスティック。一方オーナーになった時点でビジネス視点での考え方が求められ、その二律背反のイメージが強い2つのマインドを上手く使いこなしている姿に感銘を受けるからだ。
きっと野心家なんだろう。強く自分の中に「やりたいこと」のビジョンがあり、それをどうにか実現し社会の一部にしようとしている。エゴイスティックでありながらその対価の努力に真摯に向き合っている気がする。
個人の思いなんて、そうそう社会インフラとして機能しないのに、それを目指すのはなんと挑戦的だろうか。

今回のテーマはマルチタスクシェフについて。ビジネス寄りの言い方をすれば事業執行責任者とかそんな感じだが、とある飲食チェーン店の責任者について。

その人はとある飲食チェーン店の実質トップ。ただ人手不足の飲食店、その人も現場でイチ担当として現場を回している。チェーン店である以上、そこには従業員がいて、アルバイトがいて、取引先もたくさん。そして現場には出てこない経営層もいる。
各々自分のミッションを持ち、それが寄せ集められた形で店は回る。寄せ集められたと言ったが実際はバラバラ。各々が勝手にやりたいことをやっている、それが実情に近いのではないだろうか。己の利を求めることは自然な流れであるから。

彼はすごい。ミスターワンオペ。どんな困難でも持ち前の技術と信じられない体力で営業時間を乗り切るのだ。
デスクワークをしていると飲食店の営業業務には驚かされる。顧客を満足させながら、ちょっとしたワガママに答えながら、衛生面に気をつけて、大衆の生活リズムから生まれるピークに平等にサービスを与えていく。店内を走り回り重い鍋をふるい、冷たい冷蔵庫と灼熱のキッチンにいながら、笑顔を崩さない。しかも稼働時間は10時間なんてザラ。体力気力は限界だ。

だから彼はすごい。だってそれをやってのける。しかも一人で。
この「一人」というのも厄介な表現だ。物理的に一人の時もあれば、モチベーションが低い人間の中で彼だけは果敢に挑み続ける。何かあれば次の来店がなくなる。つまり店の存続、寿命が削られていくのだ。

彼は言った。みんな好き勝手やって、最後は「お願い」で勝手に完了させる。
ショー マスト ゴー オン。彼のポリシーに皆んながフリーライドしている。それでも彼は営業を続ける、コロナ罹患で従業員が誰一人いなかろうが、収支まで考えが及んでない企画に巻き込まれようが、彼は続けている。

そんな彼のことを周囲は都合よく扱う。仕事中はできない理由を彼にぶつけ、影ではコケにして話を盛り上げている。そして彼の責任感につけ込み彼に後始末を担当させる。「頼りにする」の濫用だ。

ただ一方、皆んな彼のことが大好きだ。彼がいると嬉しそうだし、各々が要求レベルに満たないけれど全力で仕事に打ち込む。そして彼に最近の出来事を伝え、そのフィードバックに不満な顔をチラチラと見せながらも内容には納得する。
ビックマウスと陰で言いながらも彼が何を考えているか知りたいし、彼と同じ時間を過ごしたいと思っている。

彼のアウトプットに文句を言う人は少ない、一方彼からの要求に文句を言うことが大半だ。そして彼が描くビジョンが本当に実現することを信じながら失敗のエピソードを期待している。

孤高の努力の人、彼はきっとそうなんだ。
彼を見かけるといつも人に囲まれている。そして彼は期待はせず、そして嫌な顔もせず、彼が言う「甘えた人たち」と良い関係を作っている。
彼は強かなのかもしれない。挑戦を繰り返し失敗を重ね、そして手に入れてきた実力で徐々に彼らを矯正していく。時にはバッドエンドになりながらも。
それでも彼は変わらない。心に浮かぶビジョンを追い続ける、このシンプルな行動原則が変わらないからだ。

心に描く大きなビジョンと磨かれていく実力、特に不快は与えないけど何処か冷たさと優しさが滲み出た人当たりに、周囲は恐れを抱きながらも心地よさを感じているのだろう。

魅力とは日々の積み重ね。何に注力し試行回数を重ねたか、それだけだ。
才能なんで本当にあるのだろうか。
どう生きてきたか、そのストイックさを才能というならあるのかもしれないが、目標に向かわなければならない環境や過去を持った人は、ただその偶然のなかで人間の行動原理に従っているだけなんだろう。

魅力的な人は、なぜ魅力的なのか。それを知るには過去現在未来をヒアリングしないと理解できないんだと気付かされた。

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