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いざとなれば損得を度外視できる、その性根

世のなかにそれを持つ人間ほど怖い相手はない

by真田幸村



命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、始末に困るものなり 

by西郷隆盛



生死を度外視する決心が固まれば、目前の勢いを捉えらえることができる

難局に必要なことは、この決心だけだ

by勝海舟



これらは歴史にその名を遺した人間の、まさに名言である

それを繰り返し丁寧に読めば、全くその通りであろうことはわかる

しかし、その通りに生きようとすれば、とてつもなく難しいことでもある


人間は「いざという時」に本性が現れるとも

果たして・・・

紛れもない損得の世界に生きながら、現実にそれを度外視できるか?

少々のやせ我慢はできても、全くの度外視ができるものなのか?

何もいらないなどと本心で言えるか?

命は惜しいし、存在を示したいし、それなりの地位も金もあって困るものではない

そんな理屈を独り言してしまいそうだ

まして、生死を度外視するほどの「決心」とは、どんなものなのか?

決意や信念など、それに代わる言葉は知っているが「生死を度外視する」

となれば、それこそ一大事である


『いざとなれば』

残念ながら、自分のことを優先してしまう

これを人間の「悲しい性」ともいうのだろう

否、今現在の私自身の境涯かも知れない


他人がどんなに苦しんでいようが、悲しみに打ちひしがれていようが

自分自身が一番大事で最優先に考え行動してしまう

それを「情けない!」と言ってしまえばそれまでだが・・・


あらためて『いざとなれば』

その時のために、ヒューマンスピリッツの哲学を「性根」に叩き込んでおこう

そして、人として「始末に困る」ような、強い人間を目指したい


(「CEOブログ」より転載)

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