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自己とは何か(あるいは美味しい小倉トーストの食べ方)



今回は自分自身についてA4一枚以内で書いてみようと思う。

何故そうしようと思ったのかというと、僕が好きな作家である村上春樹が『雑文集』の中で、こう言っていたからだ。

自分自身を千字程度で語ることは不可能に近い。しかし、カキフライについてなら書くことができる。あなたがカキフライについて書くことで、あなたとカキフライの相関関係や距離感が表現されることになる。それはすなわち、突き詰めていけば、あなた自身を書いていることであるのだ。何故カキフライなのかというと、私はカキフライが大好物だからだ。



ということで、私は大好きな小倉トーストについて書くことで、A4一枚の中に自己を表現してみようと思う。





「小倉トーストの話」

私の自宅から自転車で4分30秒程かかるところにコメダ珈琲がある。何故ここまでこまかく時間が分かるかというと、自転車を漕ぎながら口ずさんでいる「愛を伝えたいだとか」というあいみょんの歌が4分15秒であり、判で押したようにいつも店から100m程手前でその歌が終わってしまうからだ。

私がコメダ珈琲へ行くのは必ず午前中だ。午前11時までに店でコーヒーを頼むと、焼き立てのトーストがサービスされるからだ。しかも、それにゆで卵か卵ペースト、小倉餡ペーストを選んで添えることができる。私は3つとも試したことはあるが、小倉餡が群を抜いて美味しい。これを食べるためにコメダ珈琲に行ってるようなものだ。

ここはトーストが出てくるのがとにかく早い。トーストを焼くという概念を覆せるくらい早いのだ。(あるいは、客の顔を見てトーストを頼むか否かを正確に予測できる人間を雇っているのかもしれない)トーストの表面には薄くバターが塗られており、その黄色いバターが溶けていき透明になっていく過程が、トーストは間違いなく焼き立てだという事実を物語っている。

私は初めの一口は小倉餡をつけずにトーストを食べる。サクサクっとした食感とパンそのものの(厳密にはバターも含めた)甘みを楽しむためだ。その後に、丁寧に餡をトーストに塗っていく。四端までぎっしりと餡が乗ったトーストを見て私は、ささやかな贅沢を噛みしめる。あっという間に食べ進め、少し大きめの一口サイズで残したトーストを最後に頬張る。そして締めにコーヒーをブラックのまま飲むと、誰かに祝福されたような気持ちになるのだ。今にも店員や他の客が立ち上がって私に拍手を送ってくれるのではないかと、内心思ったりもする。

私が朝にコメダ珈琲に行くのは、ゴージャスな一日にするぞと、気を高める為でもある。寝起きに20分のランニングもしていたら、さらに最高のスタートを切れるだろう。トーストを食べ終えてから、座席で2時間近くゼミの課題や読書に耽る間は、後悔など一つもしたことがないような澄み切った気持ちになれる。

しかし2時間弱というのは、コーヒーをレギュラーサイズで頼むか、たっぷりサイズで頼むか迷う大変微妙な時間である。レギュラーだと残り時間を大分残して飲み干してしまうが、たっぷりだと逆に飲み干せない。結局どちらにするかはその日の気分に任せて決めている。

一仕事終えた後のコメダ珈琲からの帰り路は、背中に小倉トーストの励ましを感じながら午後も頑張ろうと力強くペダルを漕ぐのだった。



(1030字)




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