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神々が眠りについた異世界からの帰還『スリーピングゴッズ』を語る

父と決別した

アメリカ合衆国の東海岸に位置し、同国最大の都市──ニューヨーク
世界中からあらゆる人種、あらゆる文化が集まるこの地で私は生まれました。
ギリシャ人の父は小さな貨物船の船長で、ニューヨークから北に350キロほどの距離にあるマサチューセッツ州のボストンとの間を行き来していました。船乗りの父を持つからこそ、私にとって海は身近な存在であり、船は第2の家と言っても過言ではありませんでした。
もっとも、チュニジア人の母が髪を梳かしてくれているとき、父が語ってくれた故郷の伝説や神話は、私にとって恐怖の物語でした。美女の顔と鳥の身体を持つ海の怪物セイレーンに、嫉妬深く理不尽な仕打ちを繰り返す古の神々……。

海とは平穏で恵みをもたらすと同時に、未だ多くの秘密と謎を抱えた場所

そのように認識していたからこそ、17歳の誕生日を迎えたとき、父が無遠慮にも婚約者を連れてきたとき、私はすぐに父と決別することを選べました。
家を飛び出し、見知らぬ婚約者とではなく、船の上でひとりで生きる道を、私は選んだのです。

船上での生活は思っていた以上に大変でした。何度も危ない橋を渡ったし、女だからと不当な目にもあいました。
しかし、それでも、私は諦めませんでした。
生き馬の目を抜くような取り引きに応じたり、ハイリスク・ハイリターンの勝負に乗ることで、ついに私は自分だけの船を手に入れたのです。
強くなくては生きていけない……人間の頭に獅子の胴体を持つ人喰いの怪物から名前を借り、私は船にマンティコア号と名付けました。
船長として船員を雇い、自由を謳歌する日々を送る中、捨て去ったはずの過去から電報が届きました。

「身体を壊した。すぐ来て欲しい」

父と決別した、そのはずでした。
家を飛び出たのは8年前のことです。もしかしたら、再び向き合うときが来たのかもしれません。船員に声を掛け、次の目的地はニューヨークだと告げ、香港の港を出ます。

3日後、私たちを出迎えたのは、過去最悪の大嵐でした。
絶え間なく襲いかかる雨と風とに耐え、ようやく雲が晴れたとき、私たちの前に現れたのは、未知の海域でした。
空に浮かぶ太陽、蒸し暑い空気、奇妙な水面……地球上のどこでもない場所に迷いでてしまった。そう思った瞬間、近くの島にひとりの女性がいることに気づきました。
突き出た岩に腰掛け、灰色の巻き毛を風になびかせながら、釣り竿を垂らしています。
こちらに気づいた女性は、小さな笑みを浮かべるとこう言いました。

「彷徨の海へようこそ」

つい興が乗ってしまい、本作の冒頭部分を小説風に書いてしまいました。
今回、紹介します『スリーピングゴッズ』は『八分帝国』『アバブ&ビロウ』『ニア&ファー』で知られるライアン・ラウカットによる協力ボードゲームです。
パブリッシャーは本作がキャンペーンゲームにして、アトラスゲームにして、ストーリーブックゲームでもあるとしています。

ファンタジー世界を描いた絵画風の美しいパッケージ

この記事を書くまでに『ダンジョンズ』拡張と『タイド オブ ルーイン』拡張を入れ、45時間ほど掛けて4周、遊びました。見出しに【ネタバレ】と記載してあるところ以外は、ネタバレに配慮していますが、気になる方は回れ右推奨です。

それでは始めましょう。


本記事は『アナログゲームマガジン』で連載している『協力ゲームざんまい』の第2回です。序盤は無料でお読みいただけますが、途中から『アナログゲームマガジン』の定期購読者のみが読める形式となります。試し読み部分で「面白そう!」と感じていただけましたら、ぜひ定期購読(月額500円、初月無料)をご検討ください。
定期購読いただきますと本記事だけでなく、わたしが『アナログゲームマガジン』で過去に書いた全記事、わたし以外のライターが書いた全記事も読み放題になります。よろしくお願いします。


神々を目覚めさせ、元の世界に帰還する

物語はジクーラの交易所にほど近い海域から始まる

本作はキャンペーン型の協力ゲームです。

1~4人のプレイヤーで、計9人のキャラクターを分担し、彷徨の海を舞台に、冒険の旅に出ることになります。冒険を通して経験値を積んだり、アイテムを入手することでキャラクターたちの強化が可能です。

プレイヤーは神々のトーテムと呼ばれるアイテムを探し出し、この世界で深い眠りについている神々を目覚めさせ、その恩賞として元の世界に返してもらうことを目指します。

この手のゲームですと、ひとりのプレイヤーが担当するキャラクターはひとりであることが多いですが、本作の場合、キャラクター人数は9人で固定です。ソロプレイの場合は9人全員を担当し、2人以上で遊ぶ場合は、ひとりが2~4人のキャラクターを担当することになります。

本作の特徴は、自由度の高さです

異世界に放り出されたプレイヤーは、まず最寄りの港町に立ち寄っても構いませんし、周囲の島々を巡っても構いませんし、あるいは一直線に世界の果てを目指しても構いません。
どの順番で、なにを選ぶのか、すべてプレイヤーに任せられています。神々のトーテムを集めるという目標こそ提示されているものの、そこに辿り着くための手段は、完全に一任されています。

街を訪ねたり、降り立った島を探索したりする場合は、170ページを超えるストーリーブックの該当する数字の項を読み上げることになります。そこでもプレイヤーは選択を迫られたり、ときには謎解きに挑まなければならず、懐かしきゲームブックを思い出します

ジクーラの交易所を訪ねる場合、パラグラフ130を参照します

プレイヤーに突きつけられる選択肢は、理知的なものが多いと感じました
勘で答えるのではなく、しっかりと情報を集めたうえで謎を解いたり、乱暴な手段に訴えるのではなく、常識的な手段を採った場合、ちゃんと期待通りの報酬が与えられます。

これは10時間を超えるキャンペーンの場合、とても重要な要素です。
と言うのもプレイヤーが退屈さを覚えるないよう、意外性のある展開を仕込みすぎた場合「どうせ外れっぽい選択肢が当たりなんでしょ」と逆張りをはじめたり、選ぶことに躊躇を覚えなくなり、そこから面白さが失われてしまうからです。
もちろん突拍子もない、不条理な選択肢がないわけでもありませんが、その数は、極めて少ないです。しっかりと物語を読み解き、理知的な判断に徹していれば、相応の報酬が得られる。その安心感があるからこそゲームに対する信頼感が生まれ、向き合いつづけることができます。

イベントのひとつひとつは、どちらかと言えば小粒です。世界が壮大だから、あまりおおきなイベントを設けられない、という実際的な課題もありそうですが、イベントが短いのは好印象です。1ラウンドが短いため、テンポよく進めることができ、中だるみしない連続性の感じられる冒険が楽しめます

一方で戦闘は長めです

運要素もありますが、見通しを立てやすいパズル的なシステムなので、とりあえず殴るのではなく、しっかりと方針を立てたうえで遂行しはじめ、運要素によって計画通りにいかない場合は適宜修正。
そんな相談を要するプレイングが求められるため、戦闘が発生するとしばしば流れが滞ります。

と言っても、この戦闘自体、発生頻度はそれほど高くなく、運や選択にもよりますが、数時間ほど戦闘が発生しないという状況も充分にありえます。
発生頻度が低いからこそ、戦闘が発生しても「またか……」という気分にならず「久々の戦闘だ! さっき入手した武器の出番だな!」と前向きに楽しめます。

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