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【連作 エッセイ】詩の日誌 「抽斗の貝殻のように」

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詩や詩作の周辺や日々思うこと。大切なものたちをめぐるエッセイとして。不定期更新中。
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記事一覧

詩の日誌「抽斗の貝殻のように」14

「くり返しの、待ちあわせ」  上京して以来、誰かと待ちあわせるのは、その駅のそばでだった…

詩の日誌「抽斗の貝殻のように」13

「くらやみ。きみを抱きしめるための」    思い出のなかのろうそくの火は、焰を包もうとした…

詩の日誌「抽斗の貝殻のように」12

「うれしくて、かなしくて、とてもいい気分」  はじめて詩を書いたのはいつだろう。  おそ…

詩の日誌「抽斗の貝殻のように」11

「ひとつの指輪のこと」    ふだんは指輪をつけていない。人の家やレストランの洗面台によく…

詩の日誌「抽斗の貝殻のように」10

「異国の午後のビニール袋」  大学入学時に上京するまで、山のふもとで暮らしていた。休日の…

詩の日誌「抽斗の貝殻のように」9

「腕を伸ばす。そしてそれから。」  幼稚園に通っていた頃、たいていの土曜日のお昼はパンだ…

詩の日誌「抽斗の貝殻のように」8

 「ゆきの夜。はなの家」  春の日に生まれる子が初めて目にするものはなんだろう。その子をおくるみで包む人は、もし頰にふれたなら日差しがふわりと香る、咲いたばかりの花のいろであってほしい、と願うだろうか。  どんなに降りつもっても、遠い笑い声のように甘やかな。  ある年の三月の終わり。予定日よりも二か月も早くわたしが生まれた夜。暖かな山のふもとの春にしてはめずらしく、吹ぶきと呼べるくらいの雪が降っていたそうだ。  生まれてすぐに両親と離れて過ごしたそのふた月のあいだに、わた

詩の日誌「抽斗の貝殻のように」7

「こもる。アンモナイトから、たまゆらへ」  風をはらんだようにふくらんだ封筒。飛ばされな…

詩の日誌「抽斗の貝殻のように」6

「わたしと あそんで」  たとえば、「この一週間がどうか無事に過ぎますように……」と、そ…

詩の日誌「抽斗の貝殻のように」5

「暖かくして、いまはおやすみ」  ある真冬の晴れた日に。雑誌のひとつの企画のために、パリ…

詩の日誌 「抽斗の貝殻のように」 4

「つもりつもるなら」  いつのまにか積もり積もって……とたまに聞くけれど、何かを口に出せ…

詩の日誌 「抽斗の貝殻のように」 3

「林檎の木のほうへ」  吐く息がすでに白い。マフラーをきつくまき直し、コートのポケットに…

詩の日誌 「抽斗の貝殻のように」 2

「名づけられない軽い明るみ」  自分の好きな、いや偏愛する本を「お迎えする」。  本好き…

詩の日誌 「抽斗の貝殻のように」 1

「抽斗の貝殻のように」  評論家の篠田一士が「ノスタルジア」について書いた、好きな一節をときどき思い出す。   わたしにとって失ったもの、なくしてしまったものとは何だろう……。   電車に揺られながらそんなことを思ううちに、浮かんできた光景がある。  人の流れの一部となって降車駅の見慣れた階段に無意識に吸い込まれてゆく。  そんな予想のつく動き方以外には、感情を大きく揺らさずに暮らせる日がしばらく続くとき。  早朝から夕刻へと移る窓のひかりだけを映す乱れのない気持ちのく