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映像制作に革命を起こす「バーチャルプロダクション」とは?映像業界歴20年のUnity林和哉が現在地と未来を語る

2019年11月、『スター・ウォーズ』シリーズ初となる実写ドラマ作品『マンダロリアン』シーズン1の放送がスタートしました。

荒野で繰り広げられる、戦いの数々。この臨場感あふれる映像は、なんとそのほとんどがスタジオで撮影されました。これまでスターウォーズシリーズは、カリフォルニア州のデスバレー国立公園など、実際の荒野で大胆なロケを行ってきました

しかし、『マンダロリアン』で使われたのは、高さ20インチ、270度の半円形LEDパネルと天井、そして直径75インチのパフォーマンススペース。LEDパネルの壁に3D環境をリアルタイムで描画し、カメラの動きと連動して、インタラクティブに再生したのです。

スタジオであらゆるロケーションを再現できるこの技術は、「バーチャルプロダクション」と呼ばれています。いまこの技術が、映像制作のプロセスを大きく変えつつあるのです。

バーチャルプロダクションとはいかなる技術で、映像制作にどのような革新を生み出しているのでしょうか? 映像制作の入口から出口までを守備範囲にプロデューサー/ディレクターとして活動するユニティー・テクノロジーズ・ジャパン テクニカルディレクターの林和哉に、現在地と未来を聞きました。

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林 和哉
ユニティ・テクノロジーズ・ジャパン株式会社
テクニカルディレクター アニメ/フィルム


「バーチャルプロダクション」とは何か?

バーチャルプロダクションについて、林は「スタジオにこもって映像を作る手法」と説明します。

「現実の映像にCG背景などの別映像を合成する技術の一つです。特徴は、被写体とCGをリアルタイムに連動させながら、同時に撮影できること。被写体の背後にはCGを表示するデバイス(※LED液晶など)を置くか、被写体をキーイング(※切り抜き合成)することで即座に合成する方法がとられます。撮影後の合成ではなく、現場で「合成させながら」収録できることが、大きな変化といえます。たとえば、街中や大草原などをデジタルに表現した“動く壁紙”を用意し、その前で役者が演技することで、あたかもその場所で映したかのように撮影できます。お出かけせずにスタジオにこもって映像を作れる手法ともいえ、現実とデジタルワールドの幸せな融合ともいえるかもしれません」

撮影現場をイメージするためには、『マンダロリアン』のメイキング映像がわかりやすいと思いますので、ぜひ上記の動画を見てみてください。白い兵士(ストームトルーパー)は湾曲した壁面の前に立っているだけですが、カメラが彼を映す角度によって、背景も連動していることがわかります。

『マンダロリアン』では背景を映す壁面に巨大なLEDディスプレイが用いられています。このディスプレイに映像を投影しながら撮影することで、演技者にも「いま、どういった環境にいるのか」を伝えやすくするメリットが生まれます。ただ、このようなLEDの壁面がバーチャルプロダクションの必要条件かというと、そうではありません。

演者の背後にグリーンの布や壁を置く「グリーンバック」の前で撮影し、映像上でグリーン部分を透明にし、そこへ別の映像を差し込む「クロマキー」と呼ぶ合成技術も、バーチャルプロダクションにおいては活用されています。

参考までにクロマキーの使用例として、テレビの天気予報コーナーがあります。

キャスターが緑の壁の前に立っていますが、その背景に別の映像を差し込むことで、お天気図を背負って解説しているようになる。テレビではお馴染みですね。

ただ、このようなクロマキーでは、演者を撮影するカメラは固定されるのが基本です。先ほどの『マンダロリアン』のように、カメラの画角に合わせて背景を連動させるためには、より大掛かりな機材が必要でした。あるいは、演者や背景にマーカーなどを打っておき、映像合成での加工処理で表現しなくてはなりません。

これを革新的に発展させたのが、Unityを始めとするゲーム制作用のエンジンでした。カメラからの映像と、背景の映像の動きを、リアルタイムに同期させる処理(=リアルタイム合成)が可能になったことで、映像業界にもこの「バーチャルプロダクション」という手法が普及していきました。

パンデミックの影響でロケ撮影がしづらくなってしまった状況も、手法が広まった背景と言えるでしょう。「全世界的に2019年からの2年ほどの間に、リアルタイム合成ができるスタジオがものすごい勢いで増えました」と林は説明します。


映像制作における、時間や場所の制約を解放する

バーチャルプロダクションには、スタジオにこもりながらロケ撮影を可能にすること以外に、どういったメリットがあるのでしょうか。林は「映像制作の現場に“時間軸の解放”をもたらす」と表現しています。

たとえば、日の入り前のわずかな時間しか見られない「マジックアワー」も、バーチャルプロダクションなら永遠と再現できます。昼夜や天気を問わずに撮りたいシーンを押さえられることは、制作現場の負担を大幅に減らせます。

さらに時間軸の解放のみならず、場所の制約も大きく取り除かれます。特に、現実世界では再現しづらいシチュエーションでの撮影で効果を発揮します。

「『仮面ライダー』は山の中や採石場で戦うシーンが多いのですが、ライダーも制作陣もそこで戦うことを望んではいません(笑)。大掛かりなアクションが許される場所が減っていったため、それらの場所が定番化したんです。バーチャルプロダクションを用いれば、背景となる場所の設定はいくらでも自由が利きます」

実際に、テレビ朝日で放映されていた『仮面ライダーセイバー』や『​機界戦隊ゼンカイジャー』でも、敵役の基地や海賊船などの背景でバーチャルプロダクションが活用されていました。『ゼンカイジャー』に関して林は「1年間、毎週放映の番組で、ここまでバーチャルプロダクションを活用したケースは世界でも珍しいでしょう」と言います。

また、一度作った背景は「アセット(=資産)」として再活用できるのも魅力です。歴史的遺産であっても、撮影許可を得ることが難しい場所であっても、バーチャル背景としていつでも呼び出せます。滅びゆく建造物を保存すれば、年代の再現もしやすくなるでしょう。

さらに、背景や舞台だけでなく、演者がバーチャルな存在であっても効果を発揮します。アミネワークスによる「バーチャルパフォーマー」プロジェクトでは、リアルなアーティストのダンスをCGアニメキャラクターに落とし込み、背景とリアルタイム合成して見せるというステージングを展開。ここでもバーチャルプロダクションが活用されています


やがてリアルタイムで造形物がつくられる時代が来る?

ここまでバーチャルプロダクションのメリットを述べてきました。では、従来の映像制作をバーチャルプロダクションに置き換え、すべてをスタジオ内の撮影だけで完結できるかといえば、そうではありません。

「バーチャルプロダクションによって現実を完全に置き換えるのではなく、表現の一側面と捉えて取り組むのが良いと考えます」と林は言います。

「現状の技術水準だと、やはり現実空間でしか出せない質感があると思います。それに、ヒューマノイドだけでなく、自然や背景にも『不気味の谷』の問題はつきまといます。デジタルではないアナログな表現に触れてきた世代は、人間が持つ五感や“それ以上の何か”によって違和感を察知してしまうのです。そして、より現実に近づけようとすればするほど、バーチャルプロダクションのアセット制作コストはドンドン上がってしまいます」

加えて、林は現実空間にある「リアル」を知っていることの重要性も説きます。

「もし、バーチャルプロダクションのみで撮影する世代が登場して、その映像作家が土に触れたことが無いままに自然を題材にする作品に挑めるのか。あるいは、オケラを見た子どもは高いテンションで驚きますが、それら現実の体験から得られる感情を知っているのか。現段階では断定はできませんが、果たしてリアルな表現に迫れるのかという危惧はあります。その点からも、バーチャルプロダクションは映像制作を塗り替えてしまうような“魔法の杖”ではなく、映像表現の新たなツールであり、選択肢の一つという認識が、冷めた目線で熱く世の中を捉える上でも重要だと思います」

しかし、魔法の杖ではないにせよ、バーチャルプロダクションは、映像制作における表現を大きく広げてくれるでしょう。制作の効率化はもちろん、これまでにないロケーションでの撮影が可能となっていきます。もしかしたら、『マンダロリアン』で使われたような巨大のLEDパネルの制約すら、乗り越えていけるかもしれません。

「技術的にはリアルな背景がつくれるようになっているので、将来的には液晶よりも良い表示デバイスも出てくるはず。たとえば、巨大な板に細い棒がたくさんついていて、それの色や長さを変えることで、画像ではなくオブジェクトとして背景が出てくる世界もありえるかもしれません」

「遠くない未来には、リアルタイムに造形物がつくられるようなリアルタイム合成ができるかもしれません。そこで役者は、より現実に近い環境と出会えるようになる。バーチャルな背景が舞台セットではなく、まさに現実のロケに近くなります。映像を撮る上では、理想的といえるのではないでしょうか」

バーチャルカメラとリアルタイム合成という技術の発展、そしてLEDパネルなどの機材やリアルタイムエンジンの低価格化によって、現実的な制作手法として普及しつつあるバーチャルプロダクション。一見、近未来的な技術に見えるかもしれませんが、特撮作品でミニチュア撮影が主流だった時代も、製作者が「撮りたい映像」は現代とそう変わらなかったはず。

ただし、かつてはリアルなミニチュアを作り、その上でアングルを探って撮っていました。今はミニチュアを作らずとも、3Dデータのバーチャルプロダクション上でそのプロセスを行えるようになったことが大きな変化です。

今後も試行錯誤を重ねる中で、より効率的に、より面白い映像制作の環境が整っていくことでしょう。

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