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【UniTreat-DX-journey】#8.地域医療連携ネットワークの現状と課題~医療DX推進に向けた取り組みについて~


1.はじめに

近年、医療分野におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進が叫ばれています。国も「データヘルス改革」の名のもと、電子カルテの標準化や情報連携の基盤整備に力を入れています※1。しかしながら、その道のりは平坦ではありません。このたび、UniTreatでは、臼杵市医師会立コスモス病院の情報管理センター 小野清史 センター長をお招きし、地域医療連携ネットワーク構築における経験と課題について講演いただきました。本稿では、その内容を踏まえつつ、医療DXの現状と展望について考察します。

2.地域医療連携システムの全国的状況


まず、地域医療連携システムの全国的状況について見てみましょう。日本医師会総合政策研究機構の調査によると、2022年時点では、全国で約280の地域医療連携システムが稼働しています※2。その草分けとなったのが、2002年に連携を開始した「うすき石仏ねっと」※3です。その後、国の基金事業等を活用し、徐々に普及していき、現在に至ります※4。

九州では、「あじさいネット(長崎県)」「ピカピカリンク(佐賀県)」「くまもとメディカルネットワーク(熊本県)」「おきなわ津梁ネットワーク(沖縄県)」など、各県で特色ある地域医療連携システムが構築されています。一方で、「晴れやかネット(岡山県)」のように、運営コストの問題から閉鎖に追い込まれるケースも出てきています。補助金で立ち上げたシステムが、自走できずに頓挫するケースが少なくないのだそうです※5。

※4クラウド型EHR高度化事業における16地域の交付先(資料:総務省)

3.大分県の状況

次に、大分県の状況に目を向けてみましょう。大分県では、2015年に「大分県医療情報ネットワーク検討会」が立ち上がり、「ポータルサイト構築による電子カルテ等の情報共有」「情報集積基盤整備による処方、検査等データの共有」「地域における医療情報共有化の推進」の3本柱で検討が進められました。しかし、県医師会内での合意形成が難航し、現在は大分市を中心とした「おおいた医療ネットワーク協議会」に活動の軸足を移しているとのことでした。

国内の先駆的事例として紹介されたのが、「うすき石仏ねっと」の取り組みです。臼杵市医師会が中心となり、2003年から検査データの共有実験を開始。その後、厚労省の補助金等を活用しながら、調剤薬局や介護施設にもネットワークを拡大してきました。現在、臼杵市内の医療機関の8割以上、介護施設のほぼ全てが参加する、全国でも稀有な「多職種連携ネットワーク」に成長しているとのことでした。

「うすき石仏ねっと」のもう一つの特徴は、市民の理解と参加を得ている点です。臼杵市の人口約3.4万人に対し、ネットワークの同意者数は約2.4万人に上るそうです。ICカード「うすき石仏ねっと」の普及に加え、子育て支援アプリ(ちあほっと)※6との連携などの工夫により、若い世代の加入率も高く、2018年生まれ以降の市民は、ほぼ100%の加入率となっています。

この「うすき石仏ねっと」での経験を活かし、小野氏は、現在「おおいた医療ネットワーク」の構築にも参画し、計画を進めています。電子カルテ連携システム「IDリンク」と、検査データ等を共有する「おおいたDC」を組み合わせたハイブリッド型のネットワークで、将来的には県下全域での運用を目指しています。


※6ちあほっと臼杵市版電子母子手帳アプリ「ちあほっと」

4.地域医療ネットワークの課題

今回の講演では、ここまでの道のりを振り返り、地域医療ネットワーク構築における課題が浮き彫りにされました。

一つ目は、病院のセキュリティポリシーとの調整です。院内の基幹システムと外部ネットワークを繋ぐためには、慎重な設計と合意形成が必要となります。講演内では、「院内にはそうした技術的知見を持つスタッフが少なく、ベンダー任せになりがち」と指摘。総論は”賛成”、各論では”反対”に陥るケースも少なくないのだそうです。

二つ目は、データ標準化の問題です。地域で医療情報を「繋ぐ」ためには、用語やコードを揃える必要があります。ところが、電子カルテシステムごとにローカルコードが乱立しているのが実情です。「JLAC10」などの検査マスタも、実装率は低いとのことでした。その結果、項目名称の表記ゆれや、単位の不一致など、情報を繋げるための下準備に膨大な手間がかかっているそうです※7。

三つ目は、運用コストの問題です。補助金等を活用して一旦システムを構築しても、サーバーの更新費用やランニングコストを捻出し続けるのは容易ではありません。小野氏は、「コストの問題が足かせとなり、せっかくの官民協調の動きが頓挫してしまうことが少なくない」と嘆きます。持続可能な費用モデルの確立が重要な課題と言えるでしょう。

四つ目は、関係者の意識改革です。特に現場の医療従事者の理解と協力を得るのは容易ではありません。多忙な業務の中で、新しいシステムを使いこなすインセンティブに乏しい面もあります。「うすき石仏ねっと」では、首長のリーダーシップのもと、官民一体となった地道な啓発活動を重ねてきたそうですが、そうした積み重ねなくしてネットワークの真価は発揮できないと考えます。


※7.厚生労働省「健康・医療・介護情報利活用検討会 医療等情報利活用ワーキンググループ」より
※7.厚生労働省「健康・医療・介護情報利活用検討会 医療等情報利活用ワーキンググループ」より

5.国の動向

政府は、令和4年6月に「新たな資本主義のグランドデザイン及び実行計画」を閣議決定し、その中で「医療DXの推進」を重点施策に掲げています※8。2024年度からの「電子処方箋」の運用開始や、2025年度からの「全国医療情報プラットフォーム」の稼働が目標とされており、医療情報の標準化や連携基盤の整備が急ピッチで進められています。

電子カルテについては、厚生労働省が「標準規格」の作成を進めています。診療情報や各種文書について、HL7 FHIRという国際規格をベースとしたデータ構造やAPI仕様が定められ、今後のベンダー製品への実装が目指されます※9。こうした国主導の取り組みにより、システム間の相互運用性が飛躍的に高まることが期待されています。しかし、医療機関で採用するコードについても具体的な議論を進めなければ、現場の混乱は避けられません。さらなる国の積極的な関与が重要でしょう。

医療情報連携の全国的基盤としては、オンライン資格確認等システムを発展させた「全国医療情報プラットフォーム」の構築が進められています。マイナンバーをキーとして、レセプトや特定健診情報、処方情報などを一元的に管理し、医療機関や患者本人が活用できる仕組みを目指すものです。

これらの国の方針について、小野氏は「方向性には賛同する」としつつも、いくつか懸念を示しました。一つは、国の計画策定から実際の運用定着までのタイムラグです。「現場のシステム更改に合わせて新しい標準類を実装するには、少なくとも5~10年のスパンが必要」との指摘も講演内では挙がりました。

また、分厚い「標準仕様書」をベンダー共通で着実に実装するためには、国の積極的関与が不可欠と訴えます。講演会内の議論では、補助金等のインセンティブ設計や、「医療情報標準化推進センター」(仮称)のような司令塔機能の必要性にも議論がおよび、大変多くを学ぶとともに現状の医療情報共有の課題のより深い部分を知ることができました。

6.おわりに

以上、医療DX、特に地域医療連携の現状と課題について、大分県の経験を交えて概観してきました。冒頭申し上げたように、医療DXへの道のりは平坦ではありません。しかし、超高齢社会を迎えたわが国において、限られた医療資源を賢く活用し、切れ目のない質の高いヘルスケアを提供するためには、ICT活用は不可避の選択肢と言えるでしょう。

小野センター長の講演では、現場目線のリアリティと、関係者の熱い想いが伝わってきました。官民が一体となって標準化を進め、草の根の取り組みを下支えしつつ、国民的理解を醸成していく。そうした息の長い取り組みの積み重ねなくして、医療DXの実現はおぼつかないのかもしれません。

大分医療DX推進会議-UniTreat-では、今後もこうした学びの機会を積極的に設け、微力ながら医療DX推進の一助となれれば幸いです。関係者の皆さま方の引き続きのご支援ご指導のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。

<参考資料>

1.内閣官房健康・医療戦略室. データヘルス改革.

2.日本医師会総合政策研究機構. 地域医療連携システムの全国的状況について.

3.厚生労働省HP「令和5年度在宅医療・救急医療等の連携にかかるオンラインセミナー」,資料:救急医療・在宅医療連携 ACP実践への課題より

4.クラウド型EHR高度化事業における16地域の交付先(資料:総務省) 

5.伊藤敦, 奥村貴史. 地域医療ネットワーク事業の停滞要因としての初期投資額と運営モデルに関する分析. 会計検査研究. 2021;64:63–84.

6.ちあほっと
臼杵市版電子母子手帳アプリ「ちあほっと」

7.厚生労働省「健康・医療・介護情報利活用検討会 医療等情報利活用ワーキンググループ」

8.内閣官房. 新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画.

9.保健医療福祉情報システム工業会. 保健医療情報標準化会議(HELICS)


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