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墨田区に触れていく道のりとしての取材

これまでのuniのやりかたと同様に、「すみだ川ラジオ倶楽部」も地元の方への取材から行動を開始しました。
早い段階から「ラジオ」や「七不思議」といったキーワードが決まっていたので、隅田川にまつわる思い出や七不思議的な体験を伺って作品内容につなげていくことが、取材のねらいにはありました。が、そもそも区内のそれぞれのまちの性質の違いや、隅田川沿いの皮膚感覚が希薄な状態から始まったので、お話や出会いを通して墨田区そのものへの理解を深めていくという側面もありました。「ラジオ倶楽部」が墨田区での最初の取り組みだということも、今年の取材の前提にあります。

ここでは取材の道のりや、印象的だったお話をフィールドノート的に書き留めます。

北條工務店・北條元康さん

最初にお伺いしたのは北條元康さんでした。7月の頭だったと思います。北條さんはNPO法人向島学会の現・理事長で、向島学会は今年のすみゆめ参加団体でもあります(北條さんに限らず、すみゆめ参加団体同士の交流があったことは、墨田区初参加のuniにとって大きなとっかかりになりました)。北條さんとはすみゆめよりも前に別の現場で偶然知り合っていて、向島でこども時代から過ごしてきたこと、向島に根を張ってアートのそばで活動していることを伺い、ここから取材活動を始めることにしました。

北條さんから伺ったのはこどもの頃のカミソリ堤防の姿や、子育て地蔵が地中から出てきたというような一種の歴史的なお話、それと「台風の日に工場の室外機がいつもより回っていた、と友達がいっていた」「地面に石臼が埋まっているところがある、なんなのかわからない」みたいな変な体験談。ここでお聞きした川とまちの歴史・生活史的な視点と、七不思議的な質感は、以降の創作の手がかりになっていったように思います。

北條さんには折に触れてその後もお会いし(あれこれとお世話になり)、都度都度、向島各地を案内していただきました。

地面に埋まってる謎の石臼(?)、曳舟駅近く
地中から掘り起こされたお地蔵さん

鹿野又慶明さん

「噂話」「怪しさ」というキーワードをもとに、北條さんにご紹介いただいたのが東向島の鹿野又さんです。取材時点で74歳。長年向島で太鼓の先生を続けているおじさんです。自動車整備の道具販売の仕事を先代から引き継ぎ、明治通り沿いで営んでいます。
インタビュー会場が向島の宮元町会の会館だったこともあり、白鬚神社の「ぼんでん祭り」や、昔の明治通りや百花園周辺の姿、熊鷹稲荷というお社を無理やり動かしたら祟りがあった、跡地のNTTの施設には地下道があって亀戸までつながっている・・・など、その場所に根ざした体験談をたくさん伺いました。
古い話が多いため、歴史的な情景と鹿野又さんの経験が入り混じっていて、(言い方はあれですが)全体的にただよう"眉唾感"が面白かったです。

後日お店にもお伺いして、熊鷹稲荷がどこにあったのか、太鼓の先生を始めるきっかけになった太鼓がどこに吊ってあったのかなど、オンサイトで詳しく案内もしていただきました。

昔ここに熊鷹神社があったが取り壊し、通信施設になったらしい(亀戸までつながってる?)
鹿野又さん

株式会社東京ウォータウェイズ

地元の方を辿る軸線とパラレルで、「川を仕事場にしている方と話してみたいです」と企画協力のイワタマサヨシさんに相談し、東京ウォータウェイズの原田さんをご紹介いただきました。イワタさんは江東区を拠点に、隅田川マルシェや「本と川と街」など、ソーシャルで文化的な活動を展開されている墨田・江東のキーマンです。(uniがすみゆめに参加したきっかけでもあります)
打って変わって、両国へ。

東京ウォータウェイズはクルーズ船運行を手掛ける会社で、両国リバーセンターでカフェ経営もされています。クルーズ船では、オーダーに合わせて隅田川や日本橋川などを、ときには食事つきで案内するそうです。文字通り、川は仕事場。どうしたらヨーロッパのような川を楽しむ文化をつくれるか、隅田川のポテンシャルを活かしきれていない、ということを事業者の立場から気にされていました。「まちから川が見えない」「川とまちが分断されている」ということもお聞きし、それは今回すべてのエピソードを川沿いでつくることとも重なり、まちと隅田川の関係性を見ていくひとつの視点になっていったようにも思います。両国というまちをどう見ているかということも、素直に教えていただきました。

両国リバーセンターの1階で経営されているカフェ「CRUISE AND THE CAFE」のマスターも墨田区歴が長く、スカイツリーができる前の北十間川(ドブ川のようだったらしい)や、墨田区各地の氏神・氏子がどこで分かれているのかなど、いろいろと墨田情報を教えてもらいました。
CRUISE AND THE CAFEは両国に行くたびに立ち寄るようになり、今回のプロセスの癒やしスポットになりました。余談ですが、現地で癒やしスポットを獲得することは、まちで作っていくときにはけっこう重要です。

向島百花園・佐原滋元さん

「向島のレジェンド」とかねてよりご紹介いただいていたのが、向島百花園で茶亭を営む佐原さんでした。百花園はリサーチの道中で6月頃より何度もお邪魔していましたが、8月の下旬にじっくりお話を伺う機会をいただきました。佐原さんは江戸時代末期に百花園を開いた佐原鞠塢(さはらきくう)の子孫でもあります。(百花園は震災や戦災を経て、現在は都立公園という位置づけですが、もともとは町民による、町民のための庭)
佐原さんはいうまでもなく向島や墨田区のまちづくりの中心人物で、歴史・文化を掘り起こす作業もされています。とても追いつきません。インタビューでは佐原さんの見てきた墨田区について、伺うところから始まりました。

かつての隅田川の流路や古道などに加えて、個人的に印象的だったのが戦後間もない頃の水上生活者や、汽車住宅のお話です。戦後間もない頃、文字通り水上に住まいを設けるひとびとが、白鬚橋の足元などにはたくさんいたようです。汽車住宅というのは、そのような住宅難を解決するために使われなくなった木造の汽車を地上に並べて住宅に作り変えて、一時的な住まいにしたというものです。それも向島の川べりでした。
水辺と貧困が関係していることは漠然と理解していたものの、佐原さんの具体的な思い出や「汽車住宅」という存在を知ると、いまも川辺で暮らすひとびとにまた別の思いを感じるようでもあり、それは、隅田川(あるいは東京)を考えるときに欠くことのできない一側面に感じました。

「墨田区は早くから共働きが一般的で、だから保育園や福祉も早く発達した」ということも教えていただき、ここに町工場が増えたことでどういう生活が営まれ、まちが作られていったのかということの理解も深まっていったように思います。それを知ると、垣根のない家々やその密集具合も奥行きをもって見えてくる。

ちなみに百花園の「茶亭さはら」は墨田・向島の書籍が多く、図書館では見つけられなかった文献をいろいろ拝見しました。茶亭さはらも癒やしスポットのひとつです。梅干し、甘酒、かき氷がおいしい。

実はどの取材もマイクを立て、ラジオ風に記録
四季折々の植物展示

両国門天ホール・黒崎八重子さん

同じくすみゆめ参加団体の黒崎さんも、すみゆめの「寄合」などを通して親しくさせていただき、お話を伺うことになりました。
黒崎さんは両国門天ホールという劇場を両国橋のたもとで運営する、地域の文化活動のキーマンです。たくさんの企画を、びっくりするほど精力的にプロデュースされています。あのバイタリティはすごい。

黒崎さんから伺ったのは、門天ホールが両国に移転してくるまでの経緯や両国の土地柄など。東のひとは錦糸町で用が済み西のひとは秋葉原で用が足りるから両国に来てくれない、まちが2度焼け野原になっているので道は広いがビルが多い、などなど。両国ならではでいうと、国技館での本場所のときに「触れ太鼓」というものがまちに出るが、門天ホールに来てもらったこともあるそうです。
別の地域から移転してきた門天ホールと黒崎さんが、場を通してどうように地域と関わっているかというところも伺い、墨田のローカリティを越えて、文化活動のありかたとして勉強させていただいた感もありました。

また、この10年のあいだに両国の川沿いが変化してきていて、オリンピックの準備と並行して「きれいに」されてきたようです。
一方で、まちのなかに空間がないからこそ「川という余白」がポイントで、隅田川マルシェさんのように河川空間を活用して賑わいを生み出している活動に共感しているということでした。

まちに触れていく道のりとしての取材

こうしたインタビューと並行して、ひきふね図書館(地域資料が豊富)に通って文献を見たり、繰り返し歩くというかたちでリサーチやフィールドワークを進めました。伺ったお話は随時魚田さんにシェアし、魚田さんのテキスト構想と結びついたエピソードは完成した作品随所に散りばめられています。
作家がいることで、逆説的に「そのお話を作品にする」という気負いが減り、わたし自身やuniが墨田区を知っていく・教えてもらうという意味合いが強かったようにも思います。墨田区のプロフェッショナルに手ほどきいただいた感覚もあるかもしれません。一種のチュートリアルというか。
このバランスは、「つくる」という緊張感と、予期せぬものを呼び込む余裕をもつことのあいだにいるかんじもあり、よかったのかもしれません。このあたりは、渦中を越えてからまたふりかえりたいポイントです。

相変わらず墨田区初心者に違いないので、今回の過程を経糸に横糸を伸ばしていけるといいのですが、そのやり方は焦って決めないようにしたいところです。

(阿部)

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