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事故死納棺の現場から「仕事への誇り」(無料)


雨の夕方だった。その日最後の湯灌はご自宅だった。
前情報は「男性、事故、なんとか顔を見れるように仕上げて」だった。

ん、これは時間がかかる案件だな。まぁ、最後の仕事だし、じっくりやっても大丈夫かな。そう思っておうちにお邪魔する。

故人様は50代の男性。納体袋に入っていた。袋を開けると、血まみれ。どうも高い位置から落下しての死だったようだ。頭は欠け、その「中身」と思われるモノが黒いビニール袋に入って頭元に置いてあった。

一通り状態を把握してから、改めて喪主様にご挨拶やお召し物の確認を行う。

「お召し物はしきたりの白いお着物でよろしいでしょうか?」

そう伺うと、喪主様であった奥様が遠慮がちに紙袋を出してきた。

「できれば…これを、着せてください」

中身は社名の入ったボロボロの作業着上下だった。
「かしこまりました。ただ、処置にお時間を頂戴することになりそうですので、別室にてお待ちください」

そう言って、ふすまを閉めた。


さあ、やろう。
鼻、口の処置、頭には防水シートをとりあえず巻く。
顔中泥だらけで、傷も大きかった。強く打った痕もある。
化粧にかかる時間を考えても、既定の一時間半ではどうやっても終わらないだろう。

頭にかかる。シャンプーはお断りせざるを得ない状態だった。欠けた右頭部をどうするか、だ。「見れる状態にしてください」だから、なんとかお顔を見せられるようにしてあげなくちゃいけない。

私は車の中から紙粘土を取ってきた。
それをこねて、頭の欠けた部分にはまるように丸く形を整える。毛染め用の黒いスプレーで黒く色を塗った。それを頭に当て、その上から包帯でぐるぐると巻き、違和感のないように仕上げた。
まるで工作である。でも、これが私の仕事なのだと思った。

一通り、お見せできるまでの状態にするのに一時間かかってしまった。体から汗が染み出る。額から汗が落ちる。顔にかかってはいけないので、こまめに拭いながら作業をした。

ご家族を呼ぶ。お顔元の確認をしてもらう。
すると、喪主様と、息子様と思われる男性がわっと泣き出した。

「よかった…よかった…ありがとうございます」
「ああ、よかった、親父」

必死でやった甲斐があった。
ご納得いった状態で、湯灌の儀式を始める。

お身体を洗体中、お仕事仲間の人と思われる方がたくさんやってきた。
「ああ…」

「なんで、なんで…」

泣いていらっしゃった。我々は淡々と、黙々と湯灌を進めた。

話しているところを聞くと、どうも、高所で作業中にバランスを崩し、落下したとのこと。
頭から落ちたので、即死だった、とのことだった。だから頭が欠けていたのだ。

お着せ替えに入る。お身体には問題はなかったので、ささっと作業着を着せ付ける。

「ああ、いつものお父さんだ」
息子さんが笑う。

「こちらの作業着でお仕事されていたんですね?」

私が声をかけてみた。すると

「そうなんです。仕事一本やりの親父でしたが、とにかく仕事には誇りを持っていました。あのビルは俺が建てたんだ、あのモールも俺が手掛けたんだ、と、小さいころから出かけるたびに…」

そこから、言葉にならなくなっていった。

「だから、この服が一番いいと思ったんです」

ふり絞るように息子さんが言った。

「そうだったのですね」

化粧をしながらぽつりぽつりと話をする。
強く打って変色した部分には、絵の具のようなクリームファンデーションを何色か混ぜて色を作り、不自然にならないよう顔色と合わせる。部分的に変色してしまっている方にはよくやる手法だ。

納棺まで二時間半。なかなか時間がかかってしまった。
しかし、仕方がない状態だったと言うしかなかった。
納棺になる。最後、作業着姿で布団に横たわるお父様は、立派な仕事人といった雰囲気だった。頭も違和感がない。顔もそこまで厚塗りにならずにカバーできている。大丈夫。

お別れの時。
手を握っていただく。
次々にやってくる仕事仲間の方。
一人ひとり手を握り、足をさすって、頭に触れては、涙を流す。

一人の方がぽつりとおっしゃった。

「定年まで、あと3年頑張ろうって言ってたんだけどな」
「お前死んじまったら、おれたちどうすりゃいい」

そうか…。あと3年だったのか。
急な出来事、急な死。なによりまだ若くていらっしゃる。
受け入れるのには時間がかかるだろう。
あと、3年頑張って、老後を楽しむ。
孫を連れてモールへ行き、
「ここはな、じいちゃんが作ったんだぞ」
と言えてたら、それは幸せだったと思う。

でも、死は訪れた。あと3年、は、叶わなかった。
立派な作業着姿のお父様は、お棺に入った。
布団は社名ロゴが見えるところまでかけて、外から見えるようにはからった。

仕事への誇り。
きっと、このお父様の誇りは息子さんがつないでくれる。
子供と一緒に出掛けたら
「あそこはなー、お前のおじいちゃんが作ったんだぞ!」

それを聞いて、子供が目をキラキラさせる姿を想像した。

帰り道、ふいに思った。
わたし、死んだら今着ている納棺師の制服着たいかな?

…わからなかった。
この仕事に誇りは持っていても、この制服であちらに行く気持ちには、なんとなくなれなかった。
つまり、わたしはまだまだ未熟なのだ。
そう思ったら、さっきのお父様があちらでも作業着を着て、天の高いところで笑っている光景が瞼の裏に映った。

うん、仕事に誇りを持つ。
今日も、素敵な人を納棺できたんだ。
その積み重ねをしていこう。
名前も覚えてもらえない通りすがりの納棺師だけど、一人ひとりを大切に、常にだれよりも美しく。

明日も、頑張ろう。

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