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【香水小説】香はかく語りき⑥Colonia Futura

毎月香水からインスピレーションを受けた短編小説を綴る本連載。

第6回目の香水はACQUA DI PARMAよりColonia Futura。

それではどうぞ

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石を弾くような足音で、オフィス全体が目覚めるのを感じる。
連休明けのどんな空気も、あの人が来ると冴えわたる。
彼の声を遠くに聞きながら、目の前のことに集中するよう努める。

以前、同僚のミスを謝罪しに、彼と取引先に出向いたことがあった。
深く頭を下げたとき、七三に分けた前髪がはらりと落ちる。
私も頭を下げつつ横目で見ると、前髪の間から目が合った。
笑うでもなく、焦るでもない。その黒々とした瞳に色気を感じ、謝罪中だということも忘れて見惚れた。

その日の帰り、打ち上げ代わりにお茶をした。
しばらくアメリカにいたから人との距離感を誤りそうになる、と、斜めの席に座って言った。
意外と人の目を気にするタイプなのだ、と最近になって思う。
もちろん本人には言えないけれども。

昨晩、彼の夢を見た。
浜辺で私のミュールを脱がせてくれた後、手をとってエスコートしてくれる。
彼の手の冷たさが私の温度を奪うのを心地よく感じた。
浮かれた気持ちもつかの間、私が言ったことが気に障ったのか、彼は私のミュールを海に放り投げてしまう。
その様があまりにも潔いので、あなたはそれでいい、と思う。

夢から覚めて、どこまでお花畑な女なのかと自分に呆れる。
それでも太陽がかたどった彼の横顔が、頭から離れない。
このまま取り込まれてしまいそうで怖いから、自分からは近づかないことにした。

また今日もあの足音から一日が始まる。
ため息をついて資料に取りかかろうとすると、足音が目の前で止まった。
「良ければ今度、海にでも行かない?」




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