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ある指輪について

指輪に恋をしている。
誰の意志にも関わらず、凛と輝き続けるその姿に、励まされ、力が湧いてくる。

物を大切にできなかった私が唯一無二の宝物と出会ったことで、色んな変化があったのでお話したい。

人生の区切り

看護師を辞めることにした。
夢を叶えた先にあった緊張と苦悩の日々。8年目にして良心が悲鳴をあげた。
腐りかけたバナナのように、黒い斑点で染まった心が、甘ったるい臭気を放っていた。
時期を指定し、上司に申し出た。

親との関係を断つことにした。
世間を知るほど、彼らの異常さを痛感した。
私が幸せに触れるほど、彼らは嘲笑した。育ててもらった恩は人を傷つけていい免罪符ではない。
勇気を振り絞り、背を向けた。

30歳という節目を迎えようとしている。
「無理になったら明日死のう」
そうやって毎日を誤魔化しながら生きながらえた私が、将来を豊かにするために二つの大きな縁を切った。
「人生太く短く」から、「持続可能な私」へ大きく舵を切った。

物を大切にできない

私は物を大切にできない人間だった。
すぐ物をなくすし、服も汚す。
だから、失ってもいいものや、換えが効くものに囲まれて生きてきた。
「安いから買っておこう」が合言葉の私。
気づけば家は物であふれかえり、服や書類の海に溺れながら過ごした。
そして、また物をなくす。その度に思った。
大事なものでなくて良かった。あれは安いから、また買えばいい

そんな中、とあるツイートが目に留まった。
なくした指輪を探している、という旨のつぶやきだった。
添付された写真の指輪が美しく、しばらく見惚れてしまった。
「少ししか一緒にいてあげられなかった。ごめんね」
ツイート主がそう後悔の念を漏らしていたのが印象的だった。

私にはそんな風に思える物がいくつあるだろうか。
失うのが怖い物は手に入れないようにしてきた
結果、愛着がない物に囲まれて、その管理さえもできていない。
そんな私は、指輪の主を(不謹慎ながら)羨ましく思った。
物を大切に思えることも、そういう物に囲まれた暮らしも、憧れた

憧れのジュエリーブランド

数日経っても指輪のツイートが頭から離れなかった。
そのツイートを定期的に見て、指輪が見つかったという情報が更新されていないか調べ、果てにはその指輪のブランドを定期的にチェックするようになった。
そのブランドがAlbiziaだった。

Albiziaは大ぶりの指輪をメインに取り扱うジュエリーブランドだ。
二つの天然石を組み合わせて作られたものが多く、日の当たり方シーンによって表情を変えるという。
写真を見るだけでも美しく、フォトアルバムも人気なようだった。
いつか私もこんな素敵な指輪を身につけられたら。
そう思うようになった。

大切にしたい物と向き合う

それから、夫がコートにブラシをかけたり、革靴を磨いたりするのを私も真似するようになった。
気に入った物は多少値が張っても勇気を出して買い、ケアしながら丁寧に扱うようになった
そんな『とっておき』を身につけて出かける時は、特別な気持ちになれた。
物を大切にすること、大切にする物が自分に与えてくれる影響。
安さや手軽さ以上に手に入れた経験は大きかった

そんな矢先の出来事だった。
風呂屋のロッカーで結婚指輪をなくしたのだ。
服を脱ぐ時にロッカーの中に置いて、数分後に身につけようとしたらなくなっていた。
そんなはずはない、と何度も自分の荷物をひっくり返したが見つからなかった。
焦りを通り越して何も考えられなくなっていた。
私にはやはり物を大切にする才能がない
そう突きつけられたようで、苦しかった。

物の価値

Albiziaのポップアップが東京で開催されると知ってから、ずっと迷っていた。
行ったらきっと迎え入れてしまう。しかし、結婚指輪のこともある。
私にその資格があるのか、自信がなかった。

そして、買うとなったらこれまでにない高価な買い物になる。
それだけの値打ちが自分の身の丈に合っているのかもわからない。
その値段を払っただけの喜びが想像できない。
夫にそのことを打ち明けると、自身がオーダーメイドでスーツを作った時のことを話してくれた。

そのオーダースーツ店はイギリスで修行を積んだテーラーさんが一人で営んでいる、知る人ぞ知る名店。
店内には納品間近のスーツが綺麗に掛けられて、ご主人様に受け取られるのを待っていた。
そのうちの一つは緑を主体としたツイードでできていて、近くで見ると黄色や白などのあざやかな配色が楽しめた。
「素敵なスリーピースですね……」と夫が思わず声を漏らすと、テーラーさんは言った。

牧場を営む方がオーダーしてくださいました。これを着て自分の牧場を歩くのが夢だそうです。
これから暑くなりますが、ツイードのような厚手の生地でいいですか、と訊きました。すると、
良いんだ。着なくても、部屋にかかっているこのスーツを見ながら酒を呑むんだ。それでまた仕事を頑張れる
そうおっしゃったんです。

夫が話終えるのを待たずに、今度は私が「素敵な話……」と声を漏らした。
この世には、人を駆り立たせる魔力を持つ物があるのかもしれない。
私は日本橋三越で行われるAlbiziaのポップアップに行くことにした。

迷い

Albiziaポップアップ当日、日本橋三越の開店10分前に行こうと早起きした。
とっておきのお洒落をしたかったけど、緊張と焦りで髪もメイクも上手くいかない。
最後にお気に入りの指輪をつけようとしたら、思っていたところに無い。

最後に使った記憶をたどってジャケットやバッグなども全て探したが、無い。
またなくした。しかも大事にしていたつもりの物を。
結局予定より1時間遅れで出発した。
神様が行くなと言っているのかもしれない。そう思った。
それでも足が向かっていた。納得いかなかったら買わなければいいのだ。

到着すると、私の前に3人ほど待機しているとのこと。
ちょうど空腹で判断力が鈍っていると思っていたのでお昼を食べる。ここはついてる。
腹ごしらえを終えた頃、断捨離で発送した荷物が誤った相手に届いたという報せが入った。またしても自分の詰めの甘さから来るミス。
やっぱりダメかも。こんな私には、Albiziaの指輪を迎える資格がないかも
夫にLINEで弱音を吐いていると、三越から順番が来たと連絡が入る。
半泣きで向かう。私みたいなのが三越の空気を吸ってごめんなさい。

指輪たちの主張

ジャケットを着てきたのに緊張で汗をかいてしまい、ノースリーブで来店。
ショーケースに入ったジュエリーたちは思いのほか小ぶりに見えた。
折角なので気になるものをピックアップしてスタッフさんに出していただく。
ベロアのジュエリートレーに差し込まれた指輪たちが、私の前に置かれた。
その瞬間、指輪たちが一気に主張をし始めたように感じた
先ほどとは圧というか、覇気が違うのだ。
ショーケースにいた時には気にならなかった指輪も、他のお客さんが出してもらっていると魅力的に見える。
私の目線にスタッフさんも気づいたのか、こう言った。
ショーケースの中に居るときはなんとなく縮こまっちゃうんですけど、こうして出してあげると途端に堂々とし始めるんですよね」

人と同じだ、と思った。
卒業式でも、大勢でいるときからしゃんとしている人なんていない。
一人一人呼ばれて前に出てくるから、背筋がピンとして凜々しい顔立ちになるのだ。

出してもらった指輪を一つ一つ味わう。
触れたり、指にはめたり、色々な角度から見たりすることで、指輪と対話できる気がする。
真正面から見るよりも斜めから見た方が素敵に感じるものや、指にはめると柔らかい印象に変化するものなど、どれも個性豊かで素晴らしい。

しかし、どれも魅力的すぎて、何で決めればいいのかわからない。
Albiziaで購入を決めるお客さんには、そのジュエリーとの『物語』がある方が多いと聞く。
物語、ですか……と天を仰いでいると隣から「この子にします」という声が聞こえた。
なぜそれに決めたの? どういう基準で決めたの? どんな物語があったの?
前のめりで聞いてみたかったが、その誇らしげな横顔を見ると水を差してしまいそうで話しかけられなかった。

物語のはじまり

いくつもの指輪を節操なく出してもらいながらウンウン唸っていると、新たにお客さんが来店した。
そのお客さんを見たスタッフさんは「あらどうも~」という感じで、初対面ではなさそうだ。
失礼とわかっていながらもそのお客さんの指を見てしまう。
左右の手に一つずつ、それはそれは素敵な指輪をされていた。
間違いなくAlbiziaのものだとわかった。そしてとてつもなく似合っていらっしゃる。常連さんだ。
その指輪をもっと見せて欲しい。そしてその指輪との物語を教えて欲しい。
そんな気持ちでソワソワし始めた。
すると常連さんの方から「迷っちゃいますよね」と声をかけてくれた。
内心しめた! と思った。しかし、私は平然を装った。
「いやあ、本当どれも素敵で。でも私なんかが持っていいんだろうか、って葛藤もあって」
すると常連さんが自分の指輪を見つめながら切なげにおっしゃった。
「実はこの二つの前に一個買ったんですけど、私、買った二日後になくしちゃって」
え? それってもしかして
「ツイートされてました? トイレの手洗い場でなくされたって」
「そう、それ私です」
なんということだ。私がここに来たきっかけをくれた人に会えるなんて!
「私、そのツイートでAlbiziaさんを知ったんです。少ししか一緒にいられなかった、って悔やまれてる様子をみて、私もそんな風に思える物と出会いたい、って思ってここに来たんです! だからあなたが居なかったら、今私はここにいません!ありがとうございます!」
手を取りたくなる気持ちを抑えつつ前のめりで伝える。
常連さんもスタッフさんも驚きながら笑っていた。
私の物語が、動き始めてしまった。

引力

今日は初めて見た瞬間に心掴まれるものがなければ諦めることにしていた。
しかし、あれこれと見ていくうちに、一つだけ他と違う引力があることに気づいた。
何度もこの指輪に帰ってきてしまう。
気がつくと目で追っている。

自分の気持ちに気づいた瞬間、心の奥がぼわっと暖かくなった。
私、この子が好きなんだ。
この、視界が晴れるような、少しはずかしいような感覚。
夫と付き合うきっかけになった日の翌朝、朝陽が昇ると同時に感じた、あの気持ちと同じだ。

それからはもう、その子しか目に入らなかった。
他にもいくつか出してもらったけど、視界の端にあるその子にしかピントが合わなくなっていた。
もし、私がここで買わずに帰って、他の人が「お迎えしました~」とこの子の写真をTwitterにあげたら発狂してしまいそうだと思った。
もう完全に『うちの子』になっていた。

この子にします! お願いします!
この日のために持ってきたへそくり用の楽天カードを切り、月収よりも高い会計を済ませた。
このときにはもう高いという感覚ではなくなっていた。
六十万くらいまでなら臆せず出したと思う。
私はホストとかにハマってはいけないタイプだと痛感した。

初めての経験

ラッピングも提案されたが、身につけて帰ることを選んだ。
その子を右手の人差し指に着けて何度もお店にお辞儀する。
スタッフさんも常連さんも他のお客さんも拍手してくれて「おめでとうございます」と言いながら見送ってくれた。

出口に向かって歩きながら何度も右手を見て、その子の輝きを確かめる。
私の物になったんだ。
これからずっと一緒なんだ。
そう思うと胸がいっぱいになった。

三越の出口を出た瞬間、外からぶわっと風が吹き、私の全身を撫でて去った。
そのとき、私の中の何かが変化した。
言葉に言い表せないけど、先程の私と今の私は違うとはっきり思った
何故だかわからないけど、涙が出てきた。
三越の前でボロボロ泣いた。
これまでの苦労が、全てが報われた気がした。

石の意味

その日一日、ずっと着けて過ごした。
家に帰って見ると、一番のお気に入りであるポールスミスのミニバッグと相性抜群で驚いた。
それから毎日朝晩指につけたり無駄に磨いたりして過ごした。

数日経って、天然石には意味と効果があることを思い出した。
私の指輪はアズライトマラカイト(アズロマラカイトとも呼ばれる)とクオーツのダブレットストーン。
早速ネットで調べてみた。

2つの鉱物が美しく混ざり合ったアズロマラカイトは、ネガティブな感情を浄化し、新しいパワーを生み出す効果をもつとされます。
幼少期のトラウマが、今の自分の思考や行動をマイナスの方向へ向かわせていると感じたとき身につけてみてください。恐怖心を癒し、高い精神性をもたらしてくれるでしょう。
アズロマラカイトは、現状を変えたいときに、大きなパワーを発揮してくれるとされる石です。明晰な判断をもたらすアズライトと、大胆な変化をもたらすマラカイトが組み合わせれているため、思い切った判断も実行に移すことができるでしょう。
マラカイトはポジティブなエネルギーを増幅させる力があるとされ、アズライトがより正しい方向にそのエネルギーを導いてくれるといわれています。
古い固定観念を取り去り、新しい能力に目覚めさせる効果があるといわれています。自分のなかの凝り固まった古い思考や偏見を取り去り、一歩先の新しい考え方をもたらしてくれるでしょう。
新しい自分、なりたい自分に生まれ変わりたいときにおすすめのパワーストーンです。
また、アズロマラカイトは、混乱した思考を整理し、頭をすっきりさせてくれる作用があるといわれています。真実の道へ導いてくれる石といわれ、持ち主が内に秘めた能力に目覚めさせてくれるでしょう。

https://tennnone.com/azurmalachite/

クォーツは、増幅のパワーをもつとされ、エネルギーを高めてくれるといわれています。

https://tennnone.com/quartz/

8年続けた看護師を辞めて転職することを決意し、両親と絶縁した私にぴったりの石だったのだ。
Albiziaのスタッフさんが「物語が後からついてくることもあります」とおっしゃっていたのを思い出す。
迎え入れるべくして出会ったのだと確信した。

Albiziaを知るきっかけになったツイートの主に会えたこと、そこで手に入れた石が今まさに必要としている力をもたらすとされていること、運命が背中を押してくれているとしか思えなかった。

それ以来、輝きに癒されるだけでなく、心強いお守りとなった。

追伸の物語

指輪を迎え入れた1ヶ月後、私は無事に退職した。
同時並行で進めていた転職活動が思った以上にスムーズにいき、退職した5日後に第一志望の企業から内定をいただいた。
看護師以上にやりたいことが見つかり、待遇面も理想的。将来性が高い職種だとも聞いた。
本当に運が良かったと思う。ご縁に感謝している。

指輪を迎え入れてから、その輝きに日々励まされている。
何にも変え難い、唯一無二の宝物ができた。
これからもずっと大切にしていきたい。

日本橋三越前にて


Albiziaさんは普段鎌倉に実店舗を構えられているのですが、6/8〜6/14まで札幌三越でポップアップをされるようです。
決して回し者ではないのですが、一ファンとしてより多くの人に出会いを楽しんでもらえればと思います。
画像を見るだけでも楽しいので、ぜひご覧ください。


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