【香水連載】香はかく語りき④YESTERDAY
毎月香水からインスピレーションを受けた短編小説を綴る本連載。
第四回目の香水はROOM1015よりYESTERDAY。
それではどうぞ。
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彼に会うときはいつも晴れている。
その日も雨季の重い雲を裂くように太陽の光が照りつけていて、雨傘を日傘に持ち替えた。
褐色のジャケットと緩やかなパーマの彼は、人混みの中でもすぐに見つけることができた。
いつも私が何かに悩んでいると、図ったように彼が連絡をくれる。
あまりにタイミングが良いので監視されているようでぎょっとする。そんな胸中も私の表情から察した彼は、たまたまだよと笑う。
君のことは全てわかる、と言ってくれた方が潔いのに、彼は何も知らないような顔で私の話を聞く。
毎回、私が話すのを彼が聞いてくれる。
少し高いけど落ち着いた彼の声が、短く相づちを打つ。
その声に耳を傾けているうちに、いつの間にか本音を口にしている。自分でもわかっていなかった潜在意識に気づかされる。
その頃にはもう考えは整理されていて、悩み事は解決してしまうのだ。
なんもしてないよ、話聞いてただけ。と彼は笑う。
彼は私に好意があるんじゃないか、と思った。
彼が目を伏せるようにしてコーヒーカップに口をつけると、睫毛が長いのに気づく。
その瞬間、服の山に埋もれたストッキングの端を一気に引き抜くように、心の奥にあった感情が表れた。
その睫毛が触れるほど近くで、私を見てほしい。
そっと触れるような手つきで、私の腹の奥にまで入り込んできてほしい。
「あの」
この場が終わってほしくない一心で声をかけたが、
「今日はここらへんにしとこうか」
と穏やかに遮られた。
今日も晴れたね、なんて他人事のように言いながら駅に向かって歩く。
「あなたと会うときはいつも晴れてるの」
「たまたまだよ」
別れたあともしばらく褐色の背中を見守って思う。
やっぱり彼は、私の全てを知っている。
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