できなくて当たり前

ラジオで伊集院光さんと
メイプル超合金の安藤なつさんが
介護についての話をしていた。

なつさんは介護の仕事を
20年以上されており。
介護福祉士の国家試験に
合格したそうだ。

伊集院さんがなつさんに
出会ったばかりの頃に聞いた
介護についての考えが印象的だった。


(ニュアンスなど微妙に
違うかもしれないが書いてみる)

高齢者や子供を叱る事について。

「なおらない事に対して」
強く罰や躾を与えている。
というのを口実に。
体罰をするのは絶対間違っている。

躾ではない。
「好転する事がないのに」
厳しくしているのはストレスの問題。


確かに。

体の自由が効かなくなった人に対して。
なんでそんな事もできないの。
と言ってイライラしたってしょうがない。
罰を与えるなんてもってのほかだ。


私は自宅で祖母の介護をしていた。

ほとんど母がやっていて。
私は少し手伝う程度だったが。

オムツを変えたりお世話をする時。
自分の中に面倒だとかストレスだとか。
嫌な感情が出てきてしまい。

その嫌な感情が湧いた事に対しても。
何でこんな気持ちになるんだと。
自分に対して嫌になってしまった。
悲しくなってしまった。


できないのは当たり前。

なのに私は好転を期待してしまっていた。
また、歩けるようになって野菜を作ろう。
筋肉が落ちるといけないから
自分で出来る事はなるべくやってみよう。
などと声をかけていた。

それはある点においては
正しいのかもしれないが。

祖母にはストレスや
プレッシャーになっていたかもしれない。

もう、何もしなくて良い。
安心して楽に。このままでいい。
何も悪く思わなくていい。
ただ生きているだけでいい。

という態度で接してあげられていたら。
よかったかもしれない。

わからないが。


できなくて当たり前。
できなくても良い。
やらなくていい。
大事な事はそんなんじゃない。

人を見下すとか。憐れむとか。
人に期待してもしょうがないとか。
人に対しての諦めとか。
そういうんじゃなくて。

当たり前に受け入れて。
共に生きていく。

今はそんなふうに思う。

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