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歌手から政治家へ、『駿馬乙女』玄松月という女

はじめに〜金正恩氏とお揃いのレザーコート

先日開催された朝鮮の執政政党である朝鮮労働党の第8次大会。
その関連行事である閲兵式では朝鮮労働党の書記チョ・ヨンウォン氏、実妹でありの金与正(キム・ヨジョン)氏、そして玄松月(ヒョン・ソンウォル)氏が金正恩氏と揃いのレザーコートを着て注目を浴びた。
韓国のメディア朝鮮日報は、このコートは金正恩氏が信任する側近たちへプレゼントしたものではないかと報じた。

その中でも玄松月氏は金正恩氏の後ろ側に尽きサポートする秘書のような動きをしていた。
この記事はそんな玄松月氏にプロフィールを追ってみた。

人気歌手から政治家へ

朝鮮労働党中央委員会委員であり、党の宣伝扇動部副部長、そして三池淵管弦楽団の団長を勤めた玄松月氏は1990年代中頃に王在山軽音楽団の歌手として一躍有名になった。
その後、普天堡(ポチョンボ)電子楽団でも楽曲を発表しスター歌手として活躍した。
彼女はただの文化人ではない。
現在は朝鮮労働党中央委員会候補委員に選出され政治家としても大きな役割を果たしている。平昌オリンピックを契機とした三池淵管弦楽団を派遣するにあたっての実務者協議など、文化芸術分野での実務にあたることが多い。

金正恩氏の「元カノ」?

彼女は金正恩総書記が金日成総合大学に在学中から深い仲であったされるが父親である金正日総書記が関係を清算するよう指示したために別れたという噂があり、様々なメディアで「元カノ」と書かれることも多い。もしくは金正日総書記本人と関係があったという説もある。
いずれも噂であり、真相は定かではない。

そんな彼女が単なる歌手としてではなく、朝鮮の政治の表舞台に立ったのは金正恩時代に入ってから。
現役を退いた彼女が登場したのは2012年3月の国際女性デーを記念した銀河水管弦楽団のコンサート。
観客席に座っていたが司会者からのリクエストに応えて自身のヒットソング「駿馬乙女」を歌った。
この時、彼女は少しふっくらとしていていて妊娠中であった。

粛清の噂

その後、2013年に北朝鮮の芸能界にとって最大のスキャンダルと、それを隠蔽するための粛清の嵐が吹き荒れた。
銀河水管弦楽団の一部メンバーがポルノを製作していたという容疑で粛清、楽団も解散されてしまった。
粛清されたのは海外のヴァイオリンコンテストで1位を受賞したコンサートマスターのムン・キョンジン氏を始めとした歌手や演奏会9人にのぼったと言われる。
しかし実際にはポルノ製作疑惑ではなく、金正恩総書記の夫人・李雪主氏の過去の恋愛に関するスキャンダルをもみ消すためとも言われている。この処刑された芸術人たちのなかに玄松月氏も含まれていたとされた。

しかし、2014年4月、第5回全国芸術人大会が平壌で開催された。各団体の代表が演説するなか、そこに玄松月氏が現れたのだ。

彼女は牡丹峰楽団の団長として朝鮮人民軍の軍服を着用、大佐の階級章を着けていた。粛清されたのは誤報であった。
金正恩総書記と懇意にし、朝鮮の文化やスポーツ事業に投資するカナダの実業家であり、現在も中国で拘束中のマイケル・スパバ氏も後の日本講演でこう語った。

「金正恩氏に招かれ元山の別荘を訪れた。そこにはモランボン楽団のメンバーが勢揃いしていて歓待を受けた。その時は気づかなかったが、その中に玄松月氏もいた。後に韓国のニュースを見て気がついた」

政治の表舞台へ

その後の牡丹峰楽団中国訪問でも玄松月氏とメンバーたちは軍服をきてマスコミの前に現れる。
各国の記者たちは玄氏に金正恩委員長の思惑について質問するが、彼女はそれに流されることなく、まるで世界が自分たちの挙動に注目しているのを熟知しているかのごとく自信に満ち溢れた口調で「中国人民に親善の熱い心を伝えるために来たのです」と答えた。
中国公演は政治的事情により中止となったが玄氏と楽団メンバーと姿は強い印象をのこした。

2017年10月、労働党第7次2回大会では中央委員会候補委員に抜擢された。芸術人が委員として抜擢された例は過去にもあるが、日頃から金正恩夫妻と親しく接している彼女は名実ともに側近の政治家となった。

そして2018年の1月、北は韓国で開催されゆ平昌オリンピックに芸術団を派遣すると発表した。
三池淵管弦楽団は新設の楽団であり、団長は玄松月氏であった。玄氏は協議のために韓国代表と会合した。
エルメスのクラッチバック(真贋は不明。本物なら200万円以上と言われている)を持ち毛皮のコートと帽子を身につけていた。高級品に身を包みながらもそれに負けぬ美貌と強い意志を秘めた瞳を持つ彼女の姿は韓国国内でも頻繁に報道された。
同楽団のコンサートでも団長として挨拶、祖国統一にまつわる楽曲「白頭も漢拏も我が祖国」を熱唱した。
その後の韓国アーティストたちが平壌を訪問した際も団の代表として様々な実務にあたった。韓国の大御所歌手チョ・ヨンピル氏とデュエットを歌いセルフィーを撮影、南北の関係改善に向けた歩み寄りをアピールした。

その後もシンガポール、ベトナム、板門店で開催された米朝首脳会談には必ず同行するなど、金正恩氏の腹心として海外のメディアやウォッチャーから大きな注目を浴び続けている。

金正恩氏の腹心として

玄松月氏は今後も、労働党の幹部として党中央委員会の第一副部長である金与正氏、そして去年10月に「労力英雄」の称号を授与された音楽家であり政治家の張龍植(チャン・リョンシク)氏とともに金正恩体制を強固にサポートしていくと思われる。

前述した玄氏のヒットソング「駿馬乙女」は朗らかでテキパキと働く若い女工を歌った楽曲だ。

将軍様が乗せてくださった駿馬に跨り
私は生涯その名を響き渡らせるの
らららら 私をみて駿馬乙女ですってよ

解釈によってはまるで彼女の半生を予言したかのように見える。北朝鮮の政治と文化のつながりを考える上では既に外すことのできない人物となった。

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