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偏愛本紹介9月 悩ましい本

地球温暖化を感じずにはいられない猛暑も過ぎ、少しばかりではありますが、過ごしやすい時間も増えてきました。その代わりに湿度が不快感を補っている気がしなくもないですが…。

今年の月見系商品も出揃い、金木犀の香水がウィンドウにならび、いよいよ秋が来る…!という期待が徐々に高まるこの頃。
夜更かしにぴったりな、悶々とさせるとっておきの本をご紹介します。
※ピンクな悶々ではないです。悪しからず。


金庫破りときどきスパイ

アシュリー・ウィーヴァー著・辻早苗訳(東京創元社)
第二次世界大戦下のロンドン。錠前師のおじを手伝うエリーは、裏の顔である金庫破りの現場をラムゼイ少佐に押さえられてしまう。投獄されたくなければ命令に従えと脅され、彼とともにある屋敷に侵入し、機密文書が入った金庫を解錠しようとしたが……金庫のそばには他殺体があり、文書が消えていた。エリーは少佐と容疑者を探ることに。凄腕の金庫破りと堅物の青年将校の活躍!

主人公が錠前破り。それも義賊でもなく、戦時下の空き巣を家族ぐるみで行う犯罪者。ちょっと珍しいですよね?
凄腕錠前師のおじ・ミックとその息子のトビーとコルム(エリーにとってはいとこ)、そして一家を支える肝っ玉家政婦ナンシー。大変仲の良い家族です。
第二次大戦の影響で、ミックおじの本業(錠前師)も閑古鳥が鳴く始末。愛国心も人並みにあるし、空き巣が悪いことだとわかっていても、背に腹は変えられないと始めた裏稼業で生計を立て、そんな日々にも慣れた頃、問題が発生します。
ミックとある家に忍び込んだエリーは、陸軍のラムゼイ少佐の罠にかかり、ついにおじとともに捕まってしまうのです。
見るからに堅物!といった少佐は、二人の「仕事」に嫌悪感も丸出しですが、ある軍事作戦のため優秀な錠前師を必要としていたのでした。
エリーも少佐も、その単発仕事をこなしたら未来永劫おさらばよ!と思っていたのに、忍び込んだ家で待ち受けていたのは死体。手に入れるはずだった機密文書は見つからず、エリーと少佐のコンビはやむを得ず続投となり…。

果たして文書は手に入るのか、犯人は、イギリスを裏切るスパイは誰か。手に汗握る謎解きの面白さは勿論ですが、今日声を大にして訴えたいのは別のこと。そう、この本とってもロマンスありです!!

勝ち気で美人のエリーは、幼い頃から二人のいとこが周囲に目を光らせ、生半可な男たちを遠ざけてきた下町の人気娘。
一方ラムゼイ少佐は、貴族の生まれで出世街道爆走中の冷静沈着な軍人。当然のごとく水と油の二人ですが、任務をこなすうちにお互い相手を意識しだして…?
そこに、エリーの幼馴染・フェリクスが登場。出征前まで友達以上・恋人未満というあと一歩で火が付くぜ!という関係を保っていた下町のモテ男は、戦争で片足を失い、憂いを帯びてエリーの元へ帰ってきます。
二人の関係にイライラする少佐、少佐の過去の婚約者にやきもきするエリー。なんか雰囲気のいいフェリクス。この三角関係、一体どうなってしまうの!?
本国では4巻まで刊行されているので、ぜひ続刊を待っています。


裏切りの予感

シャーロット・ラム著/村山汎子訳(ハーレクイン)
サンチャのもとに、ある日、匿名の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは、夫が秘書の若い女性と逢瀬を重ねていて、 今夜も彼女の家で会うという衝撃的な内容だった。 まさかとは思ったが、確かに夫のマークはこのところ帰りが遅く、 夫婦の間もなんとなくぎくしゃくしているのは否めない。 その夜、思い悩んだ末にサンチャは、秘書の家に電話をしてみた。 すると、受話器の向こうから聞こえてきたのは、紛れもなく夫の声。 あわてて電話を切り、目を閉じた。ああ、なんてこと……。 嫉妬が全身をむしばみ、悲しみと怒りが心を苛む。 その日から、サンチャの結婚生活は苦痛に満ちたものになった。

あらすじの時点で、多くの人は以下のどちらかの物語を想像されるでしょう。
①サンチャが夫をたたき出し(もしくはたたき出され)、新しい人生とパートナーを見つける
②秘書との浮気はサンチャの勘違いで、すれ違いを重ねた夫婦が仲直りする

①はすごく今らしい文脈ですね。②はハーレクインのみならずロマンス小説の十八番的展開です。
正解は、どちらでもありません。
夫、浮気していました。

妻のむさ苦しい身なりに眉をひそめるくせに、新しい服を買ってくれる気はないようだ。彼から渡される生活費の大半は子供たちのために消えてしまう。どんどん成長する体に合わせて衣類を新調せねばならず、サンチャの分まで買っている余裕はないのだが、マークはそうしたことに無頓着だ。子供たちのことはすべて妻に任せ、生活費の使い道を尋ねたこともない。

1997年に書かれた作品です。家族観などは時代性を考慮ください。

この文章だけで、マークへの殺意がひしひしと沸き上がりますね!
この夫がぼこぼこにされる展開を望んでしまいますが、そうは問屋が卸さないのがラム先生。
なぜマークは他の女性(秘書)に走ったのか?を掘り下げます。
予定外の第三子を出産以来、上の子以上に手のかかる末娘に手いっぱいで疲労困憊のサンチャは、マークとのスキンシップや会話も減りお互い同じ家に住みながら、いないも同然の生活が続いていました(サンチャの負担を思えばマークも同罪ですが…)。
しかし同じ頃、マークは自身が社長を勤める会社で乗っ取りの危機に陥り、常に気を張り、精神的に参っていたのです。ところが、一番に相談したいサンチャは会話も上の空、孤独感とやるせなさから秘書の女性への親愛が強まったのだ…というのがマークの言い分です。
正論で裁くことでは解決できない、夫婦の危機。二人が何を求め、決断し、選ぶのか。そして再び信頼する心を取り戻せるのか。

生きていく人間の、生々しい苦悩をお楽しみください。


恋ほおずき 完全版

諸田玲子著(中央公論新社)
女ゆえに、女たちを苦しみの淵から救いたい――時は天保、江戸は浅草田原町。恋の痛みをいやしてくれる若き「女医者」がいた。自身も切ない過去を抱え、この道へ進んだ彼女だが、叶わぬ恋に落ちてしまう。あろうことか、子堕ろしを取り締まる同心と……。女たちの悲哀と恋模様を巧みに織りなした時代長篇。新たに最終章を書き下ろした完全版。

2003年刊行の本作は、なんと2021年新たな最終章を追加され完全版として再登場しました。
初めて読んだのは2003年版。あまりの衝撃に、当時中学生だった私は高校の入学試験の面談で、この本について語った記憶があります。
中学生が堕胎をテーマに話しかけてくるのですから、面接官だった先生の合否判断には感謝しかありません。

白河の清きに魚も住みかねて もとの濁りの田沼恋しき

一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。江戸の三大改革・天保の改革の主人公、水野忠邦を揶揄した歌です。
物語はまさに天保の改革期、贅沢品や歌舞音曲が次々と禁止され不穏な空気が強まる頃、主人公・江与は幕府が子堕ろしを行う「女医者」も取り締まるつもりだ、と耳打ちされます。
漢方医を父にもつ医者の家系の江与は、若き日に蘭学に興味を持ち、聴講先で旗本の次男と恋に落ちます。その時の経緯がきっかけで女医者になった彼女は、おのれの仕事に疑問を抱きながらも、その時が来るまでは、苦しむ女のために女医者を続けると宣言するのです。

年季明けもまだまだ先の奉公人同士の恋による妊娠、奥勤めをしながら役者に熱をあげた結果の妊娠、遊郭の女たちの妊娠、夫の上役に手籠めにされた挙句の妊娠…。調査に繰り出した同心の津田は、知れば知るほど子堕ろしを禁じていいものかと思うようになり、江与もまたおのれの仕事の必要性を感じながら、命を消すその行為自体への抵抗を抱くように。
相反する立場の二人が、気づけばお互いをかばい合うような主張をしだし、いかにこの問題が難しいかを浮き彫りにさせます。

そんな深いテーマとは別に、同心の津田と医者の江与の恋路もまた、本書の魅力です。
十九で許嫁と祝言を上げ二人の子持ちである妻帯者の津田と江与の恋は、当然ながら道ならぬ恋。不倫ものはNGという方はここでバックを推奨しますが、熾火のように静かに、芯は熱く燃えがる二人の感情と決断が数十年の時を得て、30代になった私にはより滋味深く味わえるようになりました。

この結末をどうするか、それも含めて2021年の最終章が出来上がったのかなと思ってしまいます。


終わりに

いかがだったでしょうか?
恋愛に絡んで、三角関係・夫婦の危機・道ならぬ恋と悩ましい本をご紹介いたしました。
現実でこんな思いは絶対にしたくないという方が大多数だと思うので、ぜひ本の中で楽しんでください。

ご紹介した作品は、すべてU-NEXTでも販売していますので、ぜひご確認ください(以下はU-NEXTの作品詳細ページに遷移します)。


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