偏愛本紹介5月 若葉の本
気がつけば桜の花は散り、新緑がむせ返るような季節がやってきました。柏餅は食べましたか?私は味噌餡が好きです。先日の子どもの日には60代の両親に柏餅を買ってもらいました。ちょっと恥ずかしかったです。
自分事で恐縮ですが、わたしの地元は静岡でして、静岡といえばお茶。祖父母の代までは製茶業を営んでいたため、かつてはゴールデンウィークといえば、普段スーツの親類も総出で茶畑に繰り出し茶摘みをしました。機械も倉庫も取り壊した今になっても、この時期は製茶の良い香りを感じる気がします。
今日はそんな新緑に思いを馳せ、若葉を感じる本をご紹介。
祖母姫、ロンドンへ行く!
先日発売されたばかりの椹野道流さん初エッセイ。ステキブンゲイにて連載中の「晴耕雨読に猫とめし」内の「自己肯定感の話」をベースに一冊の本にされたようです。
“もうずいぶん昔の話です。”
という一文から始まるように、著者が当時80歳を超えていた祖母とロンドンへ旅したのは今よりも昔のこと。公衆電話を使ってこっそりお友達と連絡を取ったり、三越がロンドンに軒を構えていたりした頃のお話です。
ツアコン若葉マークの著者(秘書係)のツッコミ冴えわたる5泊7日のロンドン滞在記は、フィクションが尻尾をまいて逃げ出したくなるほどの波乱万丈ぶり!その一役を間違いなく祖母姫が担っています。例えばホテルに到着した時のこと。
強すぎます。宮様ときたか!!その心配は思いつかなんだ。
ここまで強烈なボケに負けない著者のツッコミも見事です。例えば空港の一幕。
こんな愉快なやりとりも楽しい二人の道行きに、始終笑いがこぼれます。元気溌剌な若者の著者にとって、老境の祖母の体力は未知数。休憩の取り方、回数、食事のボリューム等考えもしなかったアテンド問題をサポートしてくれたのは、滞在先のホテルや空港、お店の方々でした。特にホテルの面々のプロっぷりと茶目っ気は惚れ惚れするくらい。何でもお見通しのドアマン然り、いい奴すぎる部屋付きのバトラー(やだ好きになっちゃう…と何度も思いました)、ハンサムで口がうまくて親切なウェイターなどなど、どこへ行ったら出会えますか!?
さてなぜこの本が「若葉」な本なのか。ツアコン若葉マークというのは勿論、実は二人きりで多くを話す距離感ではなかった祖母から、旅を通して著者がもらったたくさんの教訓が、刺さりすぎるからです。
著者に対して放った祖母の数々の言葉は、紙面を越えて、若者というのもおこがましい年のわたしの胸にも錨を下ろしました。
いったいどんな言葉があったのか、それは読んでのお楽しみです。
茶の世界史 改版 緑茶の文化と紅茶の社会
同社の「チョコレートの世界史」しかり岩波ジュニア新書の「砂糖の世界史」等飲食の歴史にまつわる新書は名著が多く、1980年に刊行されて以来同様に名高い本書は2017年に新たに改版・刊行されました。
※ちなみに同名で「茶の世界史」(ビアトリス・ホーネガー著・平田紀之訳白水社)という本もあります。こちらの方が古き東洋の茶の歴史にも詳しく、広く読みたい人にはこちらもおススメです。
経済学の教授であった著者の語りはよどみなく、トピックからトピックへ流れるように綴られる様は、まるで大学の教養授業のようです。
イギリスの産業革命、アヘン戦争、開国後日本の貿易問題、歴史で習ったあれやこれやの表に裏に「茶」の存在が。ほぼ同時期にヨーロッパを席巻したコーヒーではなく、なぜ紅茶がイギリスで愛飲され主流になったのか?
ワインやビールが主流である大陸と違い、水とエールが主流であったイギリスは定番飲料に受け入れの余地があった話や、はじめコーヒー供給地として有力だったアラビア半島モカから、オランダがジャバ、セイロンに拠点を移し大量生産が可能になったことでイギリスが国際競争に負けた結果、茶の輸入量が上がった話など、世界はつながっている…!と実感する話のてんこ盛り。他にも茶の輸入量と比例して増加する砂糖の輸入、その砂糖が如何にして供給されたかのアンサーたる奴隷貿易など「茶」ひとつを切り口に16世紀から19世紀の近現代を駆け巡ります。
つづく第二部では、開国後の19世紀後半以降、日本の貿易競争における茶の存在や、国際競争の戦略、敗退の歴史がつまびらかになります。サンプルにばかり力を入れて肝心の商品は露悪品が多く結果信用を損ねた話や、中国を国際競争相手にしていたらインド紅茶が市場を席巻してしまった話など、あーやりそうと思ってしまう茶をめぐる敗退のあれこれ。緑茶の精神を訴えた日本と、紅茶の商品力を訴えた外洋諸国。ヨーロッパにおける江戸時代鎖国直前の「茶」に対する反応が茶の湯文化への称賛であった時代から、200年を経て鎖国明けしたときには茶は商品でしかなかったという変化。植民地、産業革命、戦争。茶をめぐる変容にすべてがつながっていたのです。
新茶の摘み取りが終わり、今年の一番茶が市場に出る頃。一服のお茶とともに世界史を旅するのはいかがでしょうか。
マーダーボット・ダイアリー
とんでもなく面白いと噂は聞いていたものの、実はつい先日まで未読のままだった本シリーズ、開いて一週間で三周してしまいました…。今は四周目の「ネットワーク・エフェクト」を読んでいます。中毒性が強すぎる。
主人公はかつて57人を殺した結果記憶を消去された保険会社所有の人型警備ユニット(有機体と機械の半々)。あらすじの通り密かに自らをハッキングした結果自由に行動できる警備ユニットは、大のドラマ好きにして人間が大の苦手。いつものように契約下のロボットのふりをして引き受けたある調査隊の仕事で、警備対象の顧客がとんでもない目にあったことから大騒動がまき起こり……。
本書は優れた翻訳作品に送られる日本語翻訳大賞の第七回受賞作。それもそのはず、このコミュ障気味で皮肉家で被害妄想的な愛すべき警備ユニットの語りっぷりときたら。一人称をわたしでも僕でも俺でもなく「弊機」と当てたセンス。脱帽です。
第一作の開口一番に読むのがこの文章。弊機、有能なのに自己肯定感が低い。友達だったら面倒くさい奴だなーと背中をバンバン叩きたくなる性格の弊機が、人間や他の機体と関わって、ドラマで培った知識と本来の警備ユニットならではのスペックで宇宙を股にかけ大活躍するシリーズは本国アメリカでも大人気。映像化希望。
人権は地球に置いて行かれたのかな?と思わせる宇宙進出後の文明社会の描きっぷりもどこか現代と通じていて、SFは普段読まないよという方にもお勧めできます。(帰省中SFを読まない母にむかって面白かったシーンベスト3を朗読しました。母の忍耐力に感謝です)
始めはアーマーを脱いで顔を人間にさらすことすら嫌がり、基本目線をそらして会話する(ドローンで周囲をみているから問題なし)弊機は対人関係構築力若葉マーク確定です。閉じこもって大好きなドラマに耽溺することだってできるのに、いそいそと調査のお手伝いや探検の警備にあたってしまう捻くれたところも愛おしく、シリーズを進めるごとに助けを求めたり、パニックを起こしたり成長していく姿を「がんばったね!弊機!」とニコニコ読んでしまう魔性のシリーズ。ぜひご覧ください。
終わりに
いかがだったでしょうか?
新緑のころ、外でお茶を手に本を読むのも気持ちのいい季節。鞄に入れる本の選択肢に加えてもらえたら嬉しい限りです。
ご紹介した作品は、すべてU-NEXTでも販売していますので、ぜひご確認ください(以下はU-NEXTの作品詳細ページに遷移します)。
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