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偏愛本紹介8月 お盆を感じる本

先月、どこかでゆっくりしたいという母の願いで旅行にいってきました。
「自然が多く、ごみごみしていないところがいいな。
夏だし避暑地?
あ、夏休み価格ですね……」
と予約サイトとにらめっこした結果、ふと「琵琶湖がみたい」という衝動に突き動かされ、レイクビューが美しい某ホテルのお世話になりました。
「ゆっくりする」が目的の旅行にもかかわらず、貧乏性の母娘二人旅は気がつけば観光地巡りに朝から大忙し。せめて夜だけはゆっくりしようと、横になってテレビでもとなった時、ある番組の再放送に出会いました。

神さまのお引っ越し日記 奈良・春日大社(NHKオンデマンド)

昨年行われた、春日大社で20年に一度行われる若宮式年ぞうたいのドキュメンタリーです。不肖ながら中世奈良で卒論を書いた人間として、見ないわけにはいきません。
ぜひご覧ください!という素晴らしい番組でしたが、改めて祭事や行事の興味深さに胸が高鳴りました。
ちょうど8月にはお盆が。この時期にぴったりな本を、本日はご紹介いたします。



凶笑面―蓮丈那智フィールドファイルI

シリーズ全5作の第一作目

北森鴻著(新潮社)
「凶笑面」の封印、解くべからず――異端の民俗学者・蓮丈那智のもとへ届いた一通の手紙。それは、怨念がこめられた、笑う「面」の調査依頼だった。次々と死者を出し、封印された面の謎――。調査をはじめた矢先、床一面に散らばるビー玉の中で、依頼者が死体となって発見された。凶笑面が発見された倉の中で……。これは面の呪いなのか? 封印を解いてはいけなかったのか――。那智の端正な顔立ちが妖しさを増すとき、怪事件の全貌が明らかになる。本邦初、民俗学ミステリー全5編。

近年では、澤村御影さんの大人気シリーズ「准教授・高槻彰良の推察」が思い浮かぶ方も多いのではないでしょうか。民俗学ミステリー。
恩田陸さんの「遠野物語」シリーズも最高、高田大介さんの「まほり」も忘れないで!と民俗学関連は名作の多いジャンルですが、忘れてはならないのがこちら、蓮丈那智シリーズ。

異端にして美貌の民俗学者・蓮丈那智と、その助手・内藤三國のコンビが全国各地の民俗学調査を行いながら謎解きをする、テレビドラマにもなった人気作です。
キャラクター文芸のはしりとっても良いようなキャラのたった人物造形に、これでもかと唸らされる博識さ、解かれる謎は社会の在りようや業を感じる深みがあってと、どこを切り取って紹介しても傑作としか言えない……。

『東経一三七度三〇分 北緯三四度四十分の付近の海上に南北五キロメートル 東西一キロメートルほどの小島を仮定する。住民八十名ほどのA集落と七十名ほどのB集落に、このたび民族調査を試みた。その結果非常に興味深い事実を得ることができた。
*この島には渡来神伝説、および浦島伝説に類する伝承が一切ない。このことについて可能なかぎりの仮説をあげよ』

『凶笑面』鬼封会より抜粋

上記は、主人公二人が勤務する大学で、那智が講師を務める講座の卒業試験の内容です。
持ち込み可とはいえ、よーいはじめと共に設問用紙をめくってこれがでてきたら……。那智がいかにえげつないか、よーくわかります。
まず、その島どこよ?
渡来神伝説って?
浦島伝説の伝承がないなんてあり得る?
疑問だらけになった方は、その答えが知りたくて読むうちに本作が大好きになるでしょう。
仮説が立てられた方は、より深く楽しめ本作が大好きになるでしょう。
つまり、あなたがどちらだとしても、この小説を楽しめることは間違いありません。ぜひ、ご賞味ください。


鬼の蔵 よろず建物因縁帳

シリーズ全10作の第一作

内藤了著(講談社)
盆に隠れ鬼をしてはいけない――。それが山深い寒村に佇む旧家・蒼具家の掟。広告代理店勤務の高沢春菜は移築工事の下見ため訪れた屋敷の蔵で、人間の血液で「鬼」という文字が大書された土戸を発見する。調査の過程で明らかになるのは、一族で頻発する不審死。春菜を襲いはじめた災厄を祓うため、春菜は「因縁切り」を専門とする曳き家・仙龍に「鬼の蔵」の調査を依頼する。

曳家という職業を聞いたことがありますか?
恥ずかしながら本シリーズを読むまで存じ上げず、慌てて調べて「こんな仕事があるんだ!」とびっくりしました。

「曳家(ひきや)」とは建物や橋、重量物等の移動工事をします。
土地区画整理等で建物を移動したい!陽当たりが悪いので建物の向きを変えたい!敷地有効利用のため建物を上げ下に駐車場等を作りたい! また歴史的な建築物や貴重な文化財等をそのままの姿で移動して保存したい!等々、こんな時に活躍します。
曳家業界では、解体・建築・保存の建設3分野のうち、保存の分野を受け持つ業界です。
——般社団法人日本曳家協会HPより

https://nihon-hikiya.or.jp/hikiya/

主人公の高沢は、広告代理店でバリバリ働く営業女子。男だらけの建設業界でなめられてたまるか!と負けん気も我も強い性格です。

何度も煮え湯をのまされてきた宿敵の設計事務所社長の仕事で、ある旧家の蔵の調査に入る彼女は、鐘鋳建設の社長・仙龍に出会います。因縁切りを旨とする陰の流派・流を継承する仙龍と、その弟子コーイチ、民俗学者の小林教授、そして生臭坊主の雷助和尚とともに、蔵の問題を解決するため村に秘められた恐ろしく悲しい歴史を紐解く……という話ですが、因縁アベンジャーズのようなこのチームがべらぼうに面白い。

横溝正史ばりの山村ミステリーが繰り広げられたかと思えば、虚実綯い交ぜに繰り広げられる民俗学的な謎。シリーズ終盤は、古代までさかのぼって因縁を紐解き「神」の世界に踏み入り、スケールとそのスケールを支える小説家の手腕に鳥肌が立つこと間違いなしです。

シリーズ全作読み終えてしまったロスが激しく、新章開幕とか言ってくれないかな…なんて心の片隅で常に祈っています。

間違いなくホラーですが、登場人物の会話劇も楽しく、小野不由美さんの「残穢」を10Pで恐怖のあまり断念した(家に置いておくことすらできないくらい怖かった)人間でも完走出来ました。

第一作の「鬼の蔵」はまさにお盆時期のお話。未読の方はぜひこのタイミングをおすすめします。


口訳 古事記

町田康著(講談社)
アナーキーな神々と英雄たちが繰り広げる、〈世界の始まり〉の物語。
前代未聞のおもしろさ!!日本神話が画期的な口語訳で生まれ変わる!町田康の新たな代表作。

「汝(われ)、行って、玉取ってきたれや」「ほな、行ってきますわ」
イザナキとイザナミによる「国生み」と黄泉国行、日の神アマテラスの「天の岩屋」ひきこもりと追放された乱暴者スサノオのヤマタノオロチ退治、何度も殺されては甦ったオオクニヌシの国作り、父に疎まれた英雄ヤマトタケルの冒険と死、帝位をめぐる争い、女たちの決断、滅びゆく者たち――。
奔放なる愛と野望、裏切りと謀略にみちた日本最古のドラマが、破天荒な超絶文体で現代に降臨する!

今年4月に発売されるやいなや、話題沸騰の今作。
もとより、「義経記」の現代版ともいえる『ギケイキ』や、池澤夏樹=個人編集 日本文学全集08の『宇治拾遺物語』など、古典再現で激賞されてきた著者がついに最古の古典「古事記」を訳したのだから、その期待たるや。
間違いなく、その期待を裏切らない抱腹絶倒の名作だったことをここに誓います。

たとえば、かの有名な須佐之男命の八岐大蛇退治の話。

八岐大蛇のことを一通り聞いた須佐之男命は言った。
「ちょっと尋ねますけど」
「なんでしょうか」
「この汝の娘さん、吾に奉りません?」
「どういうことでしょうか」
「吾に献上しませんか」
「どういうことでしょうか」
「吾の妻にしたいのですが」
「どういうことでしょうか」
「妻、わかりませんか。もし汝がおちょくっているのであれば殺しますが」
「すみません。おちょくってました。わかりました。こんな地方の娘をご所望というのは畏れ多いことですが、ただ、まだお名前もうかがっておりません。名前も知らぬ方に献上っていうのはどうなんでしょうか?可能なんでしょうか?なんか躊躇します」

いやおちょくってたんかい!と思わずつっこみたくなるこのやり取り。しかも、名前も知らない相手に娘をやるなんて、それどうなの?なんか躊躇しますという物言いのそこはかとない慇懃無礼さ。あー笑える。
町田康の手にかかれば、かのくさぎのつるぎも、"いい感じの、ムチャクチャに切れそうな刀"。いや、よさげっすね!

そう、本書は「口語」なだけあって、終始小気味いい関西弁の語りで進みます。
「待たんかい、待たんかい」
「朕はあいつが好きや」
「どないしまお」
「いやよー」
町田康さんご本人の一部朗読もyoutubeにてご覧いただけるので、ぜひ口語の楽しさを体感ください。

ギリシャ神話の神々が倫理・道徳を全無視して行動するように、古事記の神々も残酷でわがままで絶好調に荒ぶっています。
特に後半に進めば進むほど、日本列島制定の武力衝突を神話化したと、即座にわかるような話が続き、血なまぐさい歴史の一端を目にしますが、それでもするする読める。
標準語では表現できない奇妙な明るさが終始漂う、生き返った古典名作をぜひご堪能あれ。


終わりに

いかがだったでしょうか?
行事にちなんで、民俗学ミステリー、古代の神々の話をご紹介いたしました。もっといろいろ知りたいという方には、導入として「なぜ八幡神社が日本でいちばん多いのか」もおススメです。八幡神社、天満宮、稲荷社など全国各地の「お名前はかねがね…」という寺社仏閣がなぜ有名になったのかがわかります。

ご紹介した作品は、すべてU-NEXTでも販売していますので、ぜひご確認ください(以下はU-NEXTの作品詳細ページに遷移します)。


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