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無駄に悲しくなってしまわないように『PERFECT DAYS』を観る

U-NEXT映画部・林です。唐突ですが、人間って油断すると、どこまででも悲しくなれる生き物です。その気になれば、自分の人生のすべてを、いくらでも悲観し絶望することができる。その悲しみをもって内に向き続ければどんどん危うい精神状態になるし、悲しみの刃がひとたび外に向けばどんどん他罰的になってしまう。悲しくなる方向に突き進むのはいいことではないので、どこかでブレーキをかける必要があります。

例えば僕の場合、ひとりの夕食時、しょーもない番組やら動画やらを眺めてニヤつきながら、白飯を口いっぱいに頬張ってモサモサ咀嚼している瞬間に「あ、なんかスゲー悲しい!」となることがあります。理由はわかりません。

大好きな白飯モサモサでも悲しくなれるのだから当然、孤独や、別れや、病気や、誰かの怒りや、逆境や、自己嫌悪や、裏切りや、言い逃れや、出来心や、ボロ儲けの罠やぁ~~……いくらでも悲しみの沼に落ちるチャンスは溢れています。

みんながみんな「悲しくなり癖」があるわけではないと思いますが、そういう性質を持つ人にとっては、『PERFECT DAYS』、凄くいい効能を持った映画だと思いました。

ヴィム・ヴェンダース監督×主演・役所広司で描く至高のヒューマンドラマ『PERFECT DAYS』。カンヌ、アカデミー賞ほか世界中で評価され、ヴェンダース作品としては史上最高の世界興収を記録。ONLY ON U-NEXTで配信中です(税込550円)

日本でも好評価を得て、昨年末の公開から興収十数億円のヒットを飛ばしました。が、多くの人々に届いたこともあり、世の中に様々な反応を呼び起こしたのも事実です。「トイレ清掃員の暮らしを美化するな」「貧困とかホームレスとか、社会問題を無視している」「金持ちが清貧を崇めるな」「監督が外国人だから、日本の問題をわかってない」「全部上から目線に見える」……商業的であること、広告的であること、電通的であることからの「メッチャモヤッた!」という声が割と多く聞かれました。

映画を観て何を思うかは当然自由です。ただ、この映画の成り立ち方、という外側のところが引っ掛かってしまった上での批判が多く、それは勿体ないことだなぁと感じました。純粋に映画の中身を観たら、本作は間違いなく超高品質な映画、超一流の映画だと思います。

過去に何かがあった主人公・平山が、人との関わり合いを最小限に留めて禅的な暮らしをしているけど、劇中に描かれる日々の中でしっかりと他者に揺さぶられて、心にさざなみが立っていき、果たしてどうなるか?という物語。2020年代の東京を切り取った美しい映像に無駄のない編集、気の利いた音楽、役所広司の完璧な演技が積み重ねられていき、120分後に迎える圧巻のラストは、まさに映画史に残るものだと思いました(あのラスト、『Pearl パール』と一緒やん!という声も結構ありましたけど、それは流石にちょっと違いません?笑。もちろん『Pearl パール』も面白い映画!)。

平山の人生の選択の結果としての「今の生き方」も、自身の考え方、思考の癖によっては、どこまででも悲しくなることができる(実際グワッと悲しくなっているシーンもあった)けど、彼はそちら側に沈んでいかない方向に舵を切っています。

人間は元来孤独で、自分とは生きる世界が違う人たちもいるけど、それでも人と人とは常に影響し合う、それはきっと良い方向にね。そして人は変わっていく、きっと良い方向にね。毎日同じような生活をしていても、実は毎日違うから、一日一日を慈しもう。今の人生も、パーフェクトなわけがない。だけどこれからも、今を大切にしながら、噛み締めるように生きていこう。

「こんなふうに生きていけたならーー」

という本作のキャッチコピーは、ミニマルなライフスタイルに対してではなく、こうした平山の心の持ちように対してなのではないかと個人的には受け止めました。

という具合に、大変良いものを摂取させてくれた本作。

当然ですが、一朝一夕にこんな手練れの映画は作れない、本物の匠の仕事だと思いました。そこにはテクニックだけでなく、ヴェンダースによる長い時間をかけた人間への考察があり、長い時間重ねた東京への関心があり。そして大元には小津安二郎への敬愛があります。

彼は愛する小津安二郎の足跡を訪ねて、1983年春、日本を訪れ、東京の様々を取材します。それを収めたのが、映画『東京画』です。

20世紀になお "聖" が存在するならば
もし映画の聖地があるならば
日本の監督・小津安二郎の作品こそふさわしい

小津の映画は常に最小限の方法をもって
同じような人々の同じ物語を
同じ街・東京を舞台に物語る

ヴェンダース37歳の時に撮ったドキュメンタリーで、自らのこうしたナレーションによって、小津の死後20年が経った東京を映し出していきます。

「小津映画の風景や人間が、まだ残っているだろうか?」

彼のこの問いは、どのような答えへと導かれるのでしょうか。個人的には、途中出てくる友人ヴェルナー・ヘルツォークとの考え方の違いが興味深かったです。この時の経験が、多分に『PERFECT DAYS』に繋がっているように思います。また、小津作品に欠かせない名優・笠智衆と名カメラマン・厚田雄春へのインタビューも貴重で、今のヴェンダースの年齢が、当時の彼らとちょうど同い年になっていることにも、浅からぬ縁を感じました。

そして『東京画』において終始その影を追い求めているのが、やはり小津の代表作『東京物語』です。

今さら評する必要がないマスターピースですが、例えば英国映画協会(BFI)発行の映画雑誌「Sight&Sound」が発表した「映画監督が選ぶベスト映画」の2012年版で、358人の映画監督の投票により、全世界全映画の中の1位になったことからも、その偉大さは明らかです。

『PERFECT DAYS』を観たら、『東京画』『東京物語』と観ていただくのもオススメです。そしてもちろん、その他のヴェンダース作品、小津作品に手を伸ばしていただけたらと。

小津安二郎はその生涯で54本の映画を撮りました。フィルムが現存する37作品のうち、短編ドキュメンタリーを除く全36作品が、すべてU-NEXTで見放題配信中です。

名匠・小津安二郎の世界

もちろん、ヴェンダース映画も、可能な限り集めています。

旅と都市と音楽と。ヴィム・ヴェンダース監督作

『東京物語』からちょうど70年、『東京画』からちょうど40年が経って、『PERFECT DAYS』が生まれました。

『PERFECT DAYS』は40年後、そして70年後の世界の人々に、どのように受け止められるのでしょうか。


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