法律家・水野祐さんと考える、映画文化を前へ進めるリーガルの可能性
U-NEXTは「レンタルビデオ店の最終進化形」を掲げ、幅広いラインナップを揃えるべく、日夜さまざまな方々と配信の交渉を重ねています。
ただ、その中では「権利」が問題になることがしばしば。特に日本では映画やドラマ、バラエティなどさまざまなジャンルで、そのつくられ方や契約によって課題が生じ、配信したくても配信できない作品も少なくありません。
なぜそのような課題が起こるのか、その課題を解くにはどうすべきか。
今回はその中でも「映画」について、テック・クリエイティブ領域に明るい弁護士の水野祐さんとともに深めていきます。聞き手は、U-NEXTビジネスリーガル室 担当部長・松本茉由子。「ビジネス的側面」と「クリエイティブ(制作物)的側面」の双方がある映画の「権利」を、課題と可能性双方から紐解いていただきました。
配信に立ちはだかる、曖昧な「映画の権利」
——今回は法律面から“映画”を捉えてみようと考え、お二人にお時間をいただきました。早速ですが、はじめに「映画」の権利について教えてください。U-NEXTは動画配信サービスとして様々な作品をお届けしていますが、誰もが知っているような名作でも「権利の問題で配信ができない」というケースが稀にあります。なぜこのような事態に陥ってしまうのでしょうか?
松本:もちろん、個別の案件によってその理由は様々ですが、日本映画の場合は、たとえば「関わった人全員の合意が取れない」や「誰が権利を持っているかが明確でない」といったケースが多いです。
日本の映画製作は、その多くが複数社による製作委員会方式(※1)をとっており、一社で判断ができない。または、契約周りが曖昧だったり、個人制作の延長のような作品はそもそも契約書を作っていないケースも少なくない——といった理由などが背景にあります。
水野:日本の製作委員会契約は、映画をどう作りたいのか、映画をどう届けたいのか、という意思がはっきりしてないものが多いですよね。日本映画の監督やプロデューサーは、脚本や演出、画の作り込みといった作品の内容には膨大な時間をかけ、丁寧に磨き上げる。ただ、それが契約にまで落ちてきてないことが多いなと感じます。
そこには、法務や弁護士との意思疎通ができていなかったり、「だいたいこう書いておけばOK」みたいな型に習って契約書を交わしているなどの要因があるのでしょう。映画の「制作」と「製作」が分断しているというか、映画をどう作るか、どう届けたいか、と、契約をどう作るかが切り離されてしまっているように感じます。
松本:そうですね、あとは外に対して開かれていないという側面もあるかなと思います。日本における映画づくりは、割と仲の良い人同士がツーカーなやりとりの中でつくっていくことが多い。そこに、無理やり切り込んで「ちゃんと契約を」と無粋なことを言うのははばかられるといった空気感も少なからずあると思います。
製作委員会に入り、足場を固めるリーガルの必要性
——そもそも「製作委員会方式」が複数社が判断に関わる形、かつ契約まわりが明確になりづらい文化があったんですね。水野さんは5年前、映画の製作委員会に触れた記事を出されていました。当時は、「製作委員会=悪」と短絡的に捉えるべきではないと書かれていますが、この5年の間に、考え方に変化はありましたか?
水野:あの記事はよく参照していただくのですが、わたしの見知っている範囲ではそこまでアップデートは起こっていない印象です。むしろ今日はそのあたりの最新の状況をうかがいたいと思っていたくらいでした。
松本:私は水野先生の記事に全面同意なんです。記事内でも触れられているように製作委員会は悪者扱いされることが多いですが、個人的には「便利だな」と落ち着くことが最近は多くて(笑)。
水野:そこまで思いますか?(笑)わたしは「便利」とまでは思わないけど、日本の環境だと経済的な事情やリスクヘッジの観点から、製作委員会方式を採用することは一定の合理性はあるなあ、とは思いますし、場合によってはある種の「オールスター方式」として「うまくいくこともあるよ」くらいの温度感です。ただ、製作委員会方式を採る場合でも、契約の工夫でもっとより良くできるのになあ、と思うことは多いです。
松本:まさに、私は契約の工夫のしやすさを評価しています。SPC(Special Purpose Company:特別目的会社)、LLP(Limited Liability Partnership:有限責任事業組合)といった他の出資形式も毎度検討はするのですが、結局委員会方式に落ち着くことが多いです。委員会方式は共同企業体のため機関設計も楽ですし、登録コストがかからない。課税上でも利点がある。もちろん、ロイヤリティ周りが煩雑だったりといったデメリットもありますが、契約の工夫で一定程度は回避できる。基本的には自由度の高い仕組みですからね。
水野:そうですね。民法上の組合なので、規制というか「こういうルールをつくっちゃいけない」「これやっちゃいけない」というのがほぼない。契約の条項も自由度高く作れますから。
ただ、個人的には懸念点が二つあります。一つは海外から投資いただくとき。「委員会」という法人格がないところへ投資を募るのが、リスクが高いと判断されやすい課題は残るかなと感じます。
もう一つは、先ほどおっしゃった合意形成や機関設計などのデザインを、しっかりとやりきれる腕力と余裕がある人が多くないこと。一般論としてはお金まわりや作品づくりを仕切るプロデューサーの方ってめちゃくちゃ忙しい。また、法務の人が製作委員会に関わるっていう場合でも、法務の人も忙しいし、その中で、製作委員会のとりまとめにも携わるのはなかなか大変ではないかなと。
松本:おっしゃるとおりですね。しっかり時間を割いて機関設計や契約周りを担うには、法務人員の増強は大前提にしないと、なかなか難しいかなと思います。
水野:ただ、やりきれると理想的ですね。少し話は逸れますが、わたしはよく企業内の法務パーソンに、「取締役会の議事録を、経営企画じゃなく法務がとりましょう」と言ってるんですが、それと似ている構造があると感じます。これは議事録自体が目的ではなく、「委員会を回すところ」を法務がやることが、理にかなっていると考えるからです。
松本:足場を固めるみたいなイメージですね。言いにくいけどビジネス上言わなきゃいけないことを、リーガルが入り整えていく。前段で足場を固まれば、その後は気兼ねなく映画づくりに集中できますから。
水野:日本のプロデューサー職種の人って、作品をつくること、つまりクリエイティブ面で現場をまとめていくことには長けてるんですが、お金や契約のことなどの事前の仕組みづくりは苦手な人が多い印象があります。そこを法務に任せられるなら、制作陣もありがたいと思いますよ。また、複雑に権利が絡み合いがちな映画というコンテンツを、作品をつくった後にどのように届けていくのか、広げていくのかを考え、設計することも法務と相性の良い役割のように思います。
法務パーソンの視点で考えても新しい活躍の場所として捉えることも可能です。委員会方式でおこりがちなイシューや法務的な解決策の知見を蓄積できれば、コンテンツに合った自由なデザインも可能だと伝えていける。そうすれば、委員会方式に起因していた権利まわりの課題も徐々に変わっていくのではないでしょうか。
まずは、契約書に主体性をもつ
——ここまでのお話で、契約書や事前での足場固めの重要性を感じる一方、現場で制作を担う方にとってはやはり「面倒なもの」という認識は大きいかと思います。それらを実際に行うことで感じられる影響はどんなものでしょうか?
松本:観点はいくつかあると思いますが、合議制度の部分が一番現場に影響が出るかなと思います。委員会契約書の中では、「意思決定方法」の項目が大抵「全員一致」なんですよ。
水野:このご時世にまさかの全員一致なんですよね(笑)。製作委員会方式が主にリスクの分散という観点から安易に選択されがちな点を如実に反映していますが、映画製作に限らず、日本全体の構造的問題でもありますね。わたしは映画制作というクリエイティブ面においては、そこを監督主義にすべきかなと思っています。ビジネスジャッジは別で考えて項目立てもすべきですが、少なくとも現場は監督主義かなと。
松本:クリエイティブコントロールとビジネスをわけて記載するのも大事ですね。両方の意志決定方法を分けて捉え、いずれも契約書の中に盛り込んでおく。そのルールに従って委員会と制作を運営していければ、現場にもビジネス上の都合に都度振り回されず、クリエイティブを追求できるなど良い影響が出せる契約になるんじゃないかなと。
——意志決定方法が変われば、つくられ方も変わりそうです。
松本:あと、委員会契約書を締結する際、ぜひ担当者の方にはタームシート(※2)を作成してみて欲しいです。
私は委員会契約書をみるときに、必ず各窓口権や分配方程式、ロイヤリティーの割合、誰に払われるのかなどといったお金周りの重要事項を表組みにしてまとめ、契約書と一緒に各社に回覧してもらっています。
すると、これまではリアクションがなかった人からも、「この部分は理解が違った」という声をもらえることが多いんです。文字面だと見えていなかった実態も、整理して表にすると見えてくる。これも、結果的に契約を自分事にするアプローチになると感じています。
水野:それはぜひテンプレートを公開してほしいですね。よい先行事例になるんじゃないでしょうか。
松本:役立つのであれば公開しますよ。自分でつくったものがあるのでぜひ使ってみてほしいです。
エコシステムが、よりよい文化をつくる
——こういった事例や経験則の共有が増えることで、映画の権利や契約に関する文化が徐々に変わっていきそうですね。
水野:そうですね。日本の映画業界はこういったナレッジシェアが乏しい印象ですが、U-NEXTのような存在が日本の環境に沿った形でそれをやってくれるとよいですね。
まず大事なのは、成功例をつくること。作品単位で言えば、成功を収めた事例はいくつもありますよね。『鬼滅の刃』も、規模から考えれば『カメラを止めるな!』もそうですよね。数年単位で、大きな成果を収める作品が出ています。
次に、そういった作品の仕組みや制度といった「構造」に光を当てる。アカデミー賞で作品賞を受賞した韓国映画『パラサイト』がスタッフの労働環境や契約に配慮して製作されたことや、最近では濱口竜介監督が制作スタッフと成功報酬型の契約を交わしたり、いわゆる「シアトリカル・ウインドウ」なしで劇場公開と配信を同時にしつつ、劇場にも一定の収益を還元する仕組みを始めたことがニュースになりました。知識を横展開できる場面が本来あるはずなのに、これまではコミュニティが開かれておらず「構造」自体があまり外に出なかったり、仕組みやお金について語るのはご法度という空気感があったりして、もったいないことになっている。
仕組みや制度もクリエイティブを支える重要な一側面なので、良い取組みは積極的に共有していって欲しいです。先ほどの、ひな形を公開するほど丁寧なものでなくとも、業界の外に向けて話す場を作ったり、勉強会をするでもいいと思います。
例えば、スタートアップ業界では、それをVC(ベンチャー・キャピタル)が中心となってやってきた結果、エコシステムとして少しずつですが成熟してきました。では、コンテンツ分野では誰がやるのか?VCのようにわかりやすい存在はいないので、業界団体やプラットフォームなどがやるのか。全体に対する意識が、重要になっていくでしょう。むしろ業界への責任として、みんなで少しずつやっていこうよという意識が必要かもしれません。
松本:外に対して共有することで映画製作への門戸も開けますし、クリエイティブ面だけでなくビジネス面でもさらに成熟していけるように思います。U-NEXTも業界に携わる一員として、成功例をつくったりシェアする機会や場を提供できるようにならなければですね。今日はありがとうございました。