幸せは金で買える。

「幸せは金で買える。」

もう言葉の時点で幸せが「金」とイコールではない事を示してしまったが、まず「幸せ=金」ではない。

言わずもがな地位でもない。

いわゆる、「金、承認、色欲」は直感的な欲望として満たされれば幸せになれると思いがちなものだが、関係ない。

無関係ではないが、根本的な解決にはなりようがない事物達がこれら。

では何がアレば幸せなのか。

答えは「猫、兎、犬…etc」である。

幸せは人間関係だというハーバードとかいう頭のいい大学でアホな結論を出した論文があるらしいが。

幸せは間違いなく、人間関係ではない。

人間は煩わしい。外交的なハーバードやらに言ったりするような、社会性のある人や、アメリカのようなアクティブな文化圏で心理問題をいくら調べた所で、僕らのような糞島国のしかも内向的でうさぎ小屋のような部屋に住んでいる人間と同じ結果が出るわけがない。

何より人間関係は外的要因性が強い。人間は身勝手な行動を取る。

ペットは従順だ。

餌くれる人に懐く。

人間は餌を与えてもなんか文句とか言うし。文句を言わずに居られないのが人間だから仕方がないのだろう。

こんなに便利で別に他国に侵略されてるわけでもない、仕事があって飯が食えて温かい布団で眠れるのにまだ文句を言う。
まさに、不満足な豚状態な現代人。

そんなものの存在の有無で幸せの尺度が図れるか。

猫や兎や犬に比べたら、なんの可愛げもない。むしろ豚の方が100万倍可愛い。

僕は猫を買う度胸がないので、近くの公園の池の亀や鳩や白鳥を見ている。
サギはなんか人みたいで怖いから近寄らない。
でかい動物はちょっと怖いが、

「近くに愛でる動物がいたら幸せになれる。」

つまり、

幸せは金で買える。

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