🐈 気まぐ連載小説／図書館員 布施真理子の日記 5

5、

「せ、先生」

思い切って。

「んー？何ー？あ、でもその“先生”ってやめて。何かさー、カタっ苦しいのわたしダメ。だってさ、何かはじめましてで何だけど、もうさ、お茶飲み友達じゃん？わたし達。だよね？だってさ、ここの紅茶美味しくない？美味しいよね？あー、もう一杯飲みたい。早くホットサンド来ないかな…待ってらんないだけど。で、何？何か言いたい事あるの？でもさ、まずホットサンド来るの待ってくれない？美味しいんだから！でさ、何か絵が良いのよ、絵が！絵っつーか、何？皿？盛り付け？何て言うんだろう、あれ…しまったあ…言葉忘れた。作家失格じゃん！ねぇ、布施さん！ハハハハハ！失格失格ー！ハハハハハ！あー、思い出した。『人間失格』読んだ事あるー？太宰治の？あれ、暗いよねー。何であんなの読もうって気になったんだろう？アハハハ！何か読んでた。ねぇ布施さん！そんな事ない？」

…くり先生…わたしはどういう風にお答えしたら良いのか…

「え、ええっと…読みました。読んだ事、あります」

…苦しいです。

「ううん、違うの。何かさ、読みたい本じゃないのに何故か読んだって本ある？だってさ、何が切なくてさ、『人間失格』なんて読んでたんだろわたし？みたいな…てか遅い。ホットサンド。もー…ああ！でも太宰読んだ事あるんだ、布施さん。どう？好き？わたし太宰嫌い」

…えっとー…

「でももうすぐ来るよね！サンドサンドー！布施さん、インスタとかやってるー？やってるよねー！ばえるよー！撮った方がいいよー！うん、絶対！でもさ、インスタとかさー、あんなもんが出来てさー、何？わたしとかみたいなエッセイスト？イチオー、作家でもあるんですけど。ホホホ。何かさー、短い言葉とさ、自撮り写真でさー、何か本の作り方って言うの？何かこれまでの本？つーか、本の形？いや、四角形かなんかとかそーいう形の話じゃなくて。なくてー、何かもっと面白い物作れんじゃね？みたいなー。んで、じゃあこれまでの本って形なんだったの？って、考えちゃうんだよー。布施さん、んな事ない？今、本読んでる？本ってさ、ダルくない？ショージキ。だって今さ、スマホでサクッと時間取らずにパパパッと読めちゃうじゃん。だからさ、センスの良い短い言葉だよねー。あー！来たー！」

…サ、サンドが来て良かった。店員のウサギさん、皿持って来たらパッと行っちゃった…判った！くり先生に捕まりたくない？

「ほらー！凄くない？これ！もう今すぐ食べたいんだけど、ほら！布施さん！写真写真！写真撮った方がいいよー！ね？それまでお座りしてますから！はい！お座り！って！アハハハ！もー！早く食べたい！ね？これ凄くない？何かキレイっつーか美味そうっつーか。あー！そっか！布施さんの分も頼めば良いんだ！そしたらお互いゆっくり食べられるもんね！メニューメニュー！ね？布施さんもお腹減ってる？食べられるよねー？エヘヘ、もう一個頼んじゃおっかな…」

くり先生、メニュー見る…もう仕方がありません。スマホ出してサンドの写真、撮りました。何でわたし、ホットサンドの写真撮っているのだろう？あ…でも本当だ…美味しそう。あれ？何かわたし、お腹が…減って来た？急に？でも確かに食欲の悪戯っ子がキュウキュウとわたしのお腹や口の中を突っ突き始めました。何か、その悪戯っ子達の中に小さくなったくり先生も混ざって悪さしているみたい。

「撮ったー？じゃあもういいよね？いっただきまーす！」

くり先生の口が、やっとこさ！閉じました。わたし、ホーって肩の力抜けました。くり先生を見ると、ほっぺ膨らませてニコニコ、モグモグして。でもわたし、そのくり先生のお顔見て、フッと想念が。くり先生のエッセイや小説、その雰囲気です。とても明るくて楽しくて、読んでてとても、何というか、音楽みたいな、好きな音楽を聴いている時と同じ、そうなの、くり先生の本って好きな曲みたい。そして今、わたしくり先生を正面からその表情を見て、何と言えば、先生の本の出す雰囲気やら面白い事やらが、まるでそのまま、ライブで観ている？わたし、的確な言葉の表現、出来ません。でもわたし…くり先生のお口が閉じて、今、何か今、とっても楽しい！って思いました。

「何ー？布施さん！ニコニコして！布施さんも頼みなー！」

くり先生、モゴモゴしながらそう言ってわたしにメニューくれました。わたし、それを受け取ってメニュー開きました。そしてワザと顔が見えない様にしてメニューを読みました。くり先生に何か言われるのを避ける為と、あと、くり先生とご一緒している喜びを隠す為に。

「布施さん布施さん！卵とツナのサンド！お勧めお勧めー！」

もう！モゴモゴしながら！って思ったけど、ウフフ。わたし、メニュー越しにくり先生を見ました。