トーキョー王(コウ-15)

【コウ-15】
 ヤクザの発砲と交通事故と犬の大脱走という、映画みたいな大騒ぎの渋谷から幡ヶ谷に移動した僕は、スーの運転するデミオに乗せられて環七を南下した。このままスーの家にでも連れて行かれるのかと思ったら、そこは洗足あたりの中華料理店だった。けっこう年季の入った、いわゆる街中華のお店で、まあなんというか正直ボロい。

 つけ麺の後でおまえまだ食うのかよ、と呆れる僕を無視してスーは店内に入った。店内は予想どおりに古びていて、今どきあまり見ない赤いビニール張りのスチールイスのテーブル席に、これまた赤いビニール張りのスツールが並んだカウンターだ。客の姿はなく、白い調理服のお爺さんがテーブル席で競馬新聞を読んでいるだけだ。

 スーはご店主らしきそのお爺さんに中国語だか台湾語だかで早口に声をかけ、ほとんど返事も待たずに厨房脇から奥に入って行く。思わずご主人の横で立ち止まると、彼はオクイヨ、と僕に声をかけた。「奥、いいよ」と理解するのに少しかかって、スーが奥から何してるんですと云ってきた。

 店の奥は住居になっていて、スーは食材のダンボール箱が積まれた狭い板張りの廊下で僕を待っていた。そのまま後ろをついていくと、スーは二階に上がっていく。いいのか、と声をかけるとスーは前を向いたまま、ここは私たちの拠点の一つだから問題ない、というようなことを云った。

 「私たち」というのが何を意味するのか、スーの家系なのか彼女たちを一部とする組織なのかはっきりしないが、つまりはその「私たち」が僕を長年モニタリングし、僕がよからぬ道に走らないよう見守ってきたということなのだろう。

 スーは二階の一部屋に入ると、その和室の押入れを開けた。案の定、布団が畳まれて置いてある。スーが躊躇なく布団を部屋に下ろしたので、僕はちょっとあわてた。拠点かなにか知らないけど、よそ様の家の二階に上がりこんだかと思うと押入れの布団を出すのはあんまりじゃないか?

 今からおっ始めようってんじゃないよな、と僕が云うと、スーは冷たい目で僕をにらんで、ばかなこと云ってないで手伝ってくださいと云いながら押入れの上の段に乗った。膝立ちになって、天井を押し上げ始め、ほらと僕を促した。二人で天井を押すと天井板はあっさり外れて、天井裏への口が開いた。スーは押入れは閉めてくださいと短く云うと、猫のようにささっと天井裏へ消えた。ここに取り残されてもどうにもならないので、云われたとおり押入れの戸を閉めて僕も後を追った。

 天井裏は思ったほど狭くなく、僕が座って頭をぶつけないぐらいの高さがあった。あの爺さんが掃除でもしてるんだろうか、たいしてホコリっぽくもない。押入れの戸を閉めたので真っ暗になるかと思ったら、安普請のせいかどこからか光が入っているらしく、僕の前を這い進むスーの姿ぐらいは見えた。

 いくらか進むと、前の床に光るものが置いてあるのがわかった。スーが横でなにかごそごそやるとその手元、布かなにかで覆われたところから光がもれて、床の光るものの正体がわかった。それは小さな座布団のようなものの上に置かれた、ソフトボールぐらいの大きさの透明な珠だった。占い師が(あるいは魔女が)使う水晶玉ってこういうのだろうか。

 ごそごそやっていたスーが小声で何か云ったと思うと、水晶玉の下のほうが光って、その上に映像が浮かびあがった。
 ――魔法ビジョン…!
 驚いて呟いた僕にスーは「Skypeです」と冷たく答えた。水晶玉に近づいてよく見ると、光っていたのは水晶玉ではなく玉の背後の床に埋まった短焦点プロジェクターで、浮かんで見えた映像は前の壁に映っているだけだった。
 スーは聞こえよがしにため息をついた。映像の光に照らされたその顔には「あほですか」とはっきり書いてあった。 *Tokyoking*

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