トーキョー王(スリン-17)

 ――さあ、一座の始まりだ。
 〈察知と通信〉の男は宣言した。
 彼らが荒川区の自動車修理工場に構えたアジトは、〈隠蔽と遮断〉の力に守られていた。若い隊員は自分にはたいした力がない、と云っていたが、その力は攻撃的でないというだけだった。
 一座という言葉に、何か演劇でも始めるのだろうかとスリンは訝ったが、その意味はすぐにわかった。

 彼らの〈プランB〉は、荒川区に住む一人の少女だった。私立小学校の卒業を控えた6年生である。比較的裕福な育ちの彼女は、彼らの当初の計画であったあの少年――〈支配と服従〉の力を手にした少年とは、ずいぶんと違った育ち方をしていた。スリンにはそれが意外だった。日本の子供は、もっと均質な生育環境の中で育つものと聞かされていたのだ。

 育ち方によるものだろうか、彼らの力もまた、ずいぶん異なっていた。周囲の暴力に虐げられ、社会から疎外されてきた少年に宿った魔力は、他人を屈服させる〈支配と服従〉の力となって顕れた。一方、周囲からの愛情に恵まれ素直な育ち方をした少女のそれは〈みんなのためにわるものをやっつける〉力となった。

 少女は自身の限られた生活世界の中で、人知れず「わるものをやっつけて」いた。まっすぐで素朴な「正義」を行使する、「ご町内の平和を守る魔法少女」だった。その力は迷いがなく純粋で、それゆえに強力だった。

 軍は日本文化をよく研究していた。特科戦は少女に、精霊あるいは妖精のふりをして近づいた。魔法を使う少女が、そうした存在を疑うことはなかった。会話はスリンが行い〈察知と通信〉の男――「19号」がそれを中継した。精霊は少女が大切にしていたぬいぐるみに宿り、少女と行動をともにするようになった。女児向けアニメで魔法少女を導くマスコットキャラクターのように、動いたり飛んだりはできなかったが、今はまだ力が足りない、と云っておけばよかった。

 魔法で「わるものをやっつける」少女が、〈トーキョー王〉の魔力を探索する人々の関心を惹くのに、時間はかからなかった。やがて彼女の周囲に「特殊科学勢力」が現れるようになった。「魔法少女の力を狙う、彼女が真に対決するべき悪の魔法遣い」の登場は、特科戦には願ってもなかった。

 魔法少女はその力で、次々と「悪い魔法遣い」を打ち倒した。戦いでピンチになった時、ぬいぐるみに宿った精霊が彼女の力を増幅した――大きな「103号」の能力は〈増幅〉だった。時には精霊が、離れた場所の「敵」を攻撃して魔法少女を援護した――「26号」の力は〈遠当て〉、かなりの距離をものともせずに、正確に魔力をぶつけることができた。

 魔法少女は魔力を彼らから引き剥がし、悪事が働けないようにした。その力を自分のものにしたのは、精霊の助言だった。魔法少女はますます強くなった。精霊は言葉巧みに彼女の自尊心をくすぐり、彼女は精霊が味方についた自分のことを、口に出しこそしないものの「正義の魔法少女」と自認するようになった。

「44号」と呼ばれた特科戦の少女がもつ力は、魔法少女を夢の世界へ誘い、そこで目にする謎めいた美女――スリン扮する「精霊の女王」の言葉は魔法少女の使命を定めた。

 ――正義の魔法少女よ、邪悪な魔法遣いを倒し、世界に散らばった魔法が悪用されないように集めるのです。

 自分だけに与えられた特別な運命の宣告に、少女の目が輝いた。

 外部に協力者を得るにはいくつか方法があるが、特科戦が選択したのは「正義は我にあり」――つまり自分たちこそが正義だと思わせ仲間にするという手法だった。特科戦が行っていたのは「魔法少女ハルカ」という芝居だった。「主役」の少女だけが、そのことを知らなかった。 *Tokyoking*

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?