トーキョー王(クリスマス特別編)

【コウ(特別編)】
 先輩、と背後でスーの暗い声がした。なんだ、と背中を向けたまま応じると、スーのやつは今日の日付を噛みしめるみたいに口にして、なんでこんな日に私たちは残業しているのか、と云った。とうに日は落ちて、世間じゃそろそろクリスマスディナーの一巡めが店を出る頃だ。

 ありがたいことにお仕事があるからだよ、と僕は後輩を諭すふりをして自分に云いきかせる。お仕事したくてもできない人だって珍しくないんだ、仕事があるのは結構なことだよ。ていうかそもそも、台湾にクリスマスの習慣なんてないだろ。

 ゴーと云われたらゴーに従うのです、とスーは中途半端に間違った返事をした。それでもしばらくは、ぶつくさ台湾語でなにか云いながらも僕とほとんど同じ速度でキーボードを叩いていたけれど、やがて我慢ならなくなったらしく立ち上がり、僕の机を叩いた。

 ――先輩、いつもの《お願い》をするのです。決然としてスーは云った。おいおい何を云ってんだ。いつも目くじら立てるのはお前だろ、と僕は反論したけれど、スーは僕をにらみつけたまま、するのですと繰り返し、僕の腕をとった。

 僕には少し変わった運のめぐりがあって、うまく説明できないけれど頭の中で願ったちょっとしたことを叶えることができる――というか、できることがある。これをやるとスーは「世界のパラメータを書き換える」行為だとして目をつりあげて怒るのだけど、なんでも叶うほど便利じゃないし、神様へのお願いが少々叶いやすいからといって非難されるいわれもない。

 まあそれでも小さい頃から自分のこの性質は知っていたし、周囲に不審に思われないよう自重することもおぼえた。最近は調子がいいのかやたらと願いごとの叶いかたが大胆というか、大規模になっているような気がしていたので、僕は《お願い》で「世界に介入」することを避けるようになっていた。

 僕はスーに腕を引かれ、オフィス近くの表通りに連れていかれた。舗道はライトアップされ、金色のLEDがちりばめられた街路樹が華やかに瞬いている。お願いごとするときは周囲に人のいるときがいいのだとスーは云ったけど、何か意味があるのだろうか、それともせっかくだから華やかな場所に来たかっただけだろうか。

 さあ、とスーは僕を促した。今夜をこのまま終わらせるわけにはいきません、とスーが云うので僕はちょっとドキッとしたけれど、スーのことだから色っぽい意味のあるはずがなかった。云われるまま、僕はいつもの《お願い》をした。ここのところ「効き」がよすぎるので、勢いあまって妙なことにならないようごく控えめに、だけどなるべく広く届くように。キリスト教の人にもそうでない人にも、なるべく多くに行き渡るように。

 古くから伝わる魔法の言葉で、僕は世界に「介入」した。

 「――メリークリスマス」


――「トーキョー王」クリスマス特別編・了  ■*Tokyoking*■

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?