「トーキョー王」プロローグ


【コウ-1】
中央線に乗っていたら立川だか武蔵ナントカだかそのへんで、リクスーのコが駆け込んできた。
ばばっ、と音がしそうな勢いで左右を見回して、空いている席がないとわかると露骨にがっかりして息をつき、首筋の汗をぬぐう。その後はドア横にもたれて、予定を確認しているのか手帳を開いてペンで何やら書き込み…と思うと、手帳を持つ同じ手で、着信音を鳴らしたiPhoneを器用に取り出してラインだかメッセージだかのやりとりをしている。足が疲れてるのか、既に片足は定番パンプスを脱いでかかとを出していた。
たいへんだなあこの時期。



【ミノル-1】
電車で次の仕事へ移動しているとき、ふとその女性に目が向いた。就職活動中とおぼしき、お決まりの黒いスーツで、見るとパンプスの右足からかかとを出している。足を休めているのだろう。少しかかとの上のところが擦れて赤くなっているようにも見えたが、これは気のせいかもしれない。私はそれほど目がよくないし、そもそも私など彼女から見れば立派なオヤジだ。そんなオヤジが電車の中で、女子大生の脚をじろじろ眺めているわけにもいかない。



【レナ-1】
企業説明会から企業説明会へと飛び回る就活の毎日。
いまいちピンとこないうえに時間管理がなってない説明会が長引いたせいで、次の予定までけっこうダッシュだ。仕切ってた人事の若いやつ絶対仕事できないに決まってる。1年か2年私より早く生まれたからってあんなやつが今日び限られたセーシャインの座席1つキープしてるなんて、世の中まちがっとる!
呪詛を燃料に武蔵小金井駅の階段を駆け上がり、中央快速どうにかまにあってひと息。急いだせいで慣れないパンプスの足が限界に近い。セーシャインの座の前にせめて中央快速東京行きの席をひとつ、と私は左右を見回すが、どうやらここにも私のための座席はないらしかった。
ため息ひとつ。あきらめて私はドアにもたれかかり、今週の予定をチェックし始めた。面接に進める会社があるだけ儲けものだが、本命3つのうちの1社がよこすはずの面接日時が届いておらず、へたをしたらダブルブッキングだ。あの人事のネーチャンいい加減な仕事しおって。私は呪いの言葉をかみ殺す。




【ミノル-2】
私も多少はしんどい思いをして会社員になったが、今の子たちは比較にならないほどたいへんなのだろう。私の頃にはハガキを束ねた書籍ともいえない紙の束がどっさり届いて、それにいちいち手書きで応募していたものだが、今はネットエントリーで簡単なかわり、学生さんたちも企業の採用側も熾烈な情報戦を繰り広げていると聞く。




【レナ-2】
着信音。マナーモードにしておけと周囲の皆さん思ってるだろうけど、この時期着信ひとつ逃したらえらいことになるのだ。かけがえのない私の人生は電車のマナーよりだいじなので許せ乗客諸兄姉。
『シンイチお休みだから今日のお店てつだって』
…へこむわー。
ラインの音だったし応募先の会社じゃないのはわかってたけど、この時期このタイミングで実家からのヘルプ要請へこむわー。
脱サラオヤジの居酒屋の娘になんて生まれるもんじゃない。
就活中の娘にそれ云うか、と返事したらバイトのシンイチが明日某社の本社面接で高松に飛ばにゃならなくなったと。東京で募集かけたんなら本社面接でも役員接待でも東京でやれっつの某社。私にはお祈りメールですませやがったくせに。あー足痛い。



【コウ-2】
出張…といっても同じ会社の事務所に行くだけの僕とは、電車に乗る、ということひとつとっても気合が違う。横に立つスーと同じくらいの気合だ(ちなみにスーとその子の違いはスーツの飾りけだ)。
その気合に免じて僕は、むーんと願いをこめた。昔はよくわからなかったが、10年近くもやっていれば堂に入ったもので、頭のてっぺんからおへそのあたりを結ぶ線をイメージだ。

そうすると、どういうわけだか僕のちょっとした願いがかなう。




【ミノル-3】
どれ、次の停車で人がなだれこんでくる前に、苦労している若い人に席を譲ってあげるとしよう。私は腰を上げて、彼女が気づくように時間をかけながら、棚の上のブリーフケースを手にとった。




【レナ-3】
と思ったら、斜め前の席に座ってたオジサンが立ち上がった。
目が合った。ような気がする。何このオッサン私のことじろじろ見てんのよってゆーか私、今すっごいもの欲しそうに席を見なかったろうか恥ずかしい。
オジサンは棚の上のブリーフケースを取って、座ってた座席に置くと中身を探り始めた。オジサンの背中が横に立ってたオバサンをブロックするかっこうになって、オバサン席に関心ありありって感じだけど座りに行けずにいる。

ごめんオバサン今日は、今日だけは私にゆずって。

オジサンがもたもたしているのをいいことに、私は半脱ぎのパンプスに右足をつっこんで、オジサンのほうにすーっと近づいていった。オジサンとすれ違うように私が座席におさまるとき、オジサンがジャケットを開いて裏地かなにか確かめたのも、オバサンに対するいいブロックになった。




【コウ-3】
ーー今、やりましたね?
やりましたよね?と、スーが僕をにらんだ。返答に窮して目を吊り広告へと泳がせる僕にスーは、まったくもう、と言いたげな視線をあびせてくる。この後輩ちゃんは、僕が《介入》するのを好まない。
そう恐い顔しないでよ、と僕はスーに笑ってみせた。実際に何かしたわけじゃないだろ、あのリクスーちゃんに誰か席を代わってあげてくださいって神様にお願いするのが、そんなに睨まれるほどよくないことかい?
(実際にはもうちょっと具体的に誰が席を譲るか指定してお願いしたのだけど、それを云うとスーのそこそこ可愛らしい顔がますますアレになりそうだったから云わずにおいた)




【レナ-4】
座席に腰を下ろし、オバサンの恨みオーラで石にされないように反対側を見やる。私のなかで特別にオジサンからオニーサンへと昇格した彼は、ドア上の路線図を見ている。
--たまには、私に席がまわってきたりもするのだ。
手帳にびっしりの予定を見ながら、私は心の中で手を合わせた。オニーサンお店に来ることがあったら生中1杯おごります。




【コウ-4】
よくないです、とスーは即答した。センパイは世界のパラメタいじるの得意、 butterfly effect (←ここだけめちゃくちゃ流暢な英語)たいへん、といつもの、説教だかなんだかわからない苦情が続く。スーはちょくちょくこういうことを云って、僕を困惑させる。台湾の占い師の家系に生まれたというけど、呪術師か妖術師のまちがいじゃないのかな。
やれやれ、と苦笑いして僕はスマホを取り出した。そこにはPlagの画面。ここのところごぶさただったけど、たまには見てみようと思ったのだが、実のところスーの超自然的説教に付き合いたくなかっただけだ。



【ミノル-4】
実はこの話には続きがある。
仕事を終えての帰りがけ、ふと気が向いてひと駅前で電車を降りた私が、たいして土地勘もない(自宅のわずかひと駅前だというのに!)街を歩きながらふと入った居酒屋には、あの時の女子大生が働いていて、昼間のお礼だと云って生ビールをサービスしてくれたのだ。
まったく、たまには親切心も起こしてみるものだ。
また、その居酒屋でほろ酔いかげんの私が家にふらふらと歩いていると、中国系の女性に道を尋ねられた。いまひとつ要領をえない感じだったが、酒が入っていて(しかも一杯は若い女性店員からの奢りだ)気分のよくなっていた私はそれなりに丁寧に対応した(と、思う)。
おかげでバスを乗り逃がしてしまったのだが、家に帰って見たニュースでは、ちょうど同じ頃に近くで交通事故があって、路線バスが巻き込まれたのだという。
--これをこの日のできごとに含めてよいものだろうか?
思えばあの中国系の女性もスーツ姿だったが、スーツの女性に縁のある日だったのだろうか?
私がそう云うと、カミさんは何をばかなことを、とでも云いたげに首を振りながら寝室に行ってしまった。



【コウ-5】
スーは僕の手元を見てあッと声をあげた。何か驚くようなカードでもあったろうか。ん?と目で問いながらノーフューチャーさんのカードをスプレッドして、ついでにその次も、指がすべってスプレッドしてしまった。
その拍子…というのも変だけど、そうとしか云いようのないタイミングでアプリがオチた。いや、アプリどころかスマホ自体がオチている。すごいなPlag、スマホ巻き込んでオトしちゃったよどういう作り込みなんだ。
あるいはブラクラみたいな特殊カード?
困ったもんだな、と苦笑しながらスーを見ると、彼女はえらい形相になっていた。ウルトラレアを引き当てた瞬間に垢バンされたプレイヤーを見るような…セリフにすると「やっちゃった、この人やっちゃったよ!」ていうような顔だと思った。
…なに?なにこれ?
いま、そんなたいへんなことした?




【  】
Plag**のTokyoエリアでカードをスワイプしていくと、やがてカードはなくなりWorldエリアに移動する。

ところが、エリアを確認する画面にはつねにただ1枚、Tokyoエリアに残っていると表示されている。

誰にも引けないカード。


そこに残された最後のカードには

  「これを引き抜きたる者
    トーキョーの王たるべし」

と、書かれてあるという。



「トーキョー王」プロローグ   了
 The Beginning of "Tokyo King".






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