「トーキョー王」 #6

【コウ-8】
 下の交差点で悲鳴があがったとき、最初は何が起こったのかわからなかった。急ブレーキのきしむような音、クルマのぶつかるがしゃんという音、そしてパンパンと――銃声?

 なんとも物騒なことだと、とりあえず安全なカフェの席で僕は思う。客たちは窓際に集まってきていた。窓際のカウンターに座っていた僕のところにも、見る間に人が張りついてくる。眼下の道路では一台のクルマが立ち往生、その周りにいくらか距離をおいてまたクルマが三台、その陰に何人か隠れるようにしゃがんで、立ち往生しているクルマを囲んでいた。手にした銃を時折、囲んでいる相手のクルマに発砲している。

 ヤクザの抗争にしてもずいぶん派手だなぁ、と僕は思った。九州だと手榴弾やらロケット弾やら押収されると聞くけど、東京それも渋谷スクランブル交差点でこれをやるのは常軌を逸してる。これじゃシマを取ったところで、一斉検挙で潰されるのがオチだ。ていうか駅前に交番あるだろ。

 ところが交番からの警官が出てこない。首をのばして見ると、どうも交番のほう、ハチ公前あたりでも騒ぎが起こっている。悲鳴はむしろこっちのほうが大きくなってきた。人が駅のほうへ――いや南口と井の頭線の間の道を避けるように動いている。

 それは犬の群れだった。どこから来たのかペットショップのトラックでも横転したのか、大きいのから小さいのまで、えらい数の犬たちが交差点に殺到している。見ると道玄坂のほうからも宮益坂のほうからも犬たちが、交差点へなだれこんでいるようだった。ひどく興奮した犬たちは、たまたま居合わせた通行人たちにぶつかったり噛みついたりしているようだった。なるほどこれでは警官たちも、どこから手をつけたらいいかわからない。

 犬たちは、明らかにヤクザ(か、なんだか知らないけど)に囲まれたクルマを目指しているように見えた。すごいぞ渋谷のヤーさん、犬まで使うのか。たしかに、訓練された犬は最強だっていうけど――しかしそういうのってドーベルマンとかシェパードとかじゃないか?ポメとかコーギーをそんな用途に使うなんて聞いたことないぞ。反社会的勢力の皆さんが営むペットショップが、ヤミでそういう訓練とかしてるんだろうか。

 そのときボッと音がして、クルマを囲んでいたうちの一台から炎があがった。南口のほうからの群れは、それによって勢いを止められた。囲まれていたクルマの後部座席から、人が出てきた。女性だった。遠目にも「決然」の言葉を思い浮かべずにはいられないような、そんな堂々とした立ち姿。顔は見えないが、きっとものすごい美人にちがいない(⬅これだから男は)。

 僕は半ば反射的に〈介入〉した。事情は知らないが、女性の乗ったクルマを囲んで発砲するほうがろくでもないに決まっている。それに僕はワンコの味方なのだ。ワンコをあんなふうに扱うやつより、暴力に敢然と立ち向かう美女に肩入れするのが道理というものだ。いやホントはワンコたちは彼女を助けに来たのかもしれないけど。

 果たして、交差点には酔っぱらい運転のトラックと整備不良のバスと居眠り運転のトレーラーが突っ込み、彼女たちに即席のバリケードをこしらえたのだった。


【コウ-9】
 騒然となったスクランブル交差点の騒ぎのクライマックスは、大型車がたて続けに飛び込んでくる大音声だった。

 夜とはいえ、最初の騒ぎで道路の流れはよくなかったろうに、どういうわけかトラックだのトレーラーだのが、その合間を縫うようにして入ってきたのだから偶然とは恐ろしい(物騒な展開でクルマはなんとなく路肩に寄っていたとか、後ろからふらふらしたトレーラーが来るから皆さんうまいこと避けたとか、ブレーキ故障のバスがどうにか他のクルマにぶつけまいと間を縫って走ったとか後から聞いた)。

 とっさのことで、穏便なお願いを考えつけなかった。僕についている偶然の神様はご機嫌ななめなのか、ここのところやけに乱暴だ。

  おかげで交差点は、発砲側とオネーサン側とのにらみ合いに大型車両が割って入ってトレーラーは横倒しトラックとバスがそれに衝突。犬たちはそこで足止めされて、呆気にとられたのかさっきまでギャンギャン吠えてたのも忘れたように大型車の壁を見つめている。さっきまで悲鳴をあげていた人々も息をのんで、静かになった交差点には何かのチョンボで燃え上がった(オネーサン側が何かしたようには見えなかった)クルマだけが時折ボスッとか音をたてている。控えめに云っても、たいがいひどいありさまだった。

 僕はほっとして息をついた。バスの乗客とかにケガがないといいけど、とよく考えたら僕の仕業である証拠なんてなにひとつない(し、僕にだってこの因果関係に確信なんてない)のに、自分がやったことのように僕は思った。

 大型車が突っ込む騒ぎのさなかで気づかなかったのだろうか、囲まれていたほうのクルマの後部座席、反対側からもうひとり女性が出てきていた。ヤーさん相手にりりしく立ったあの美人と同じ黒い服で、同じくらいの年格好に見えた。姉妹だろうか?その女性はもう一人を見やるとすぐに反対のほうを少し見回し、最終的に僕のいるビルの窓に目をやった。

 そして僕と目が合った。


【コウ-10】
 遠目にも美人とわかるのか遠目だから美人だと思ったのか、とにかくその美女と目が合った瞬間、まずいことになったのを僕は直感した。

 単にこっちを見ただけかもしれないし、だいたい目が合うなんていうのはどちらかの勘違いがほとんどなんだけど、今の僕にはまったく信じられなかった。僕は「目なんか合ってませんよー」と自分に云いきかせるように、燃えているクルマのほうに目をうつした。どっと汗が出てくる。後ろから誰かに呼ばれたように装いながら席を立ち、人垣をかきわけて店の奥、窓から見えない位置までくると、僕はダッシュで店を出た。

 やばい、やばいぞこれは。まずいことになってるぞ――エスカレーターを駆け下りながら、僕は「逃走経路」を考える。このビルを普通に出ようとすると、もろに彼女のいる交差点から見通せる場所に出てしまう。相手が僕に接触するつもりなら、そこを見るに違いない。だがこのビルの1階にはファミマが入っていて、ファミマの出入口はビル内だけではなく道路側、つまり裏の通りにも開いている。そっちを選ばない手はなかった。

 道路に出てすぐ斜め前のドトールが、反対側にも出入口をもつことを僕は知っていた。店に飛び込むや、知り合いを探してるふりをしながら、不自然でないていどに早足で店を通り抜けてさらに向こうの道へ。なるべく後方からの見通しが悪いルートを選びながら、道玄坂のほうへ抜けていく。

 いくらかスクランブル交差点に戻っているが、それも計算のうち。人間、追手になると逃げる方が一目散に遠ざかろうとすると思いがちだから、わざわざぐるっと回って起点に近い場所を通りすぎ、逆方向へ行くとは思うまい。

 さっきからケータイが震えている。あの美人の声でも聞こえてきそうで恐ろしいからほうっておいたが、ポケットから取り出した画面にはスーの名前があった。受信するとスーから、桜ヶ丘のキリンシティに行ってくださいと、あいさつも何もぬきに指示してきた。

 何があったか訊かないのか、と云うと、具体的にはわかりませんが何があったかは知ってます、と答える。ア プ リ を 入 れ て お い て よかったですね、と云ったスーはきっと電話口で、意地の悪い笑い方をしているに違いなかった。

 カウンターの端に座っている男性に「かわいいスーちゃんのために一杯おごらせてください」と云うのです――合言葉を告げるスーは、まちがいなく意地悪く笑っていた。


【ミノル-14】
 もはや驚くことなどないと思っていたが、人間どれほど驚いてもまだ驚けるものだ。居酒屋で飲んでいたら北の兵士が襲ってきて、魔法使いの青年が守ってくれて、銃撃とスタングレネードに彼が力尽きたと思ったら、いつのまにか女性が二人現れて、兵士たちの前に立ちはだかっている。

 女性たちは同じ背格好に同じ服装で、鏡に映したように左右対称に立っていた。同じ黒のスーツ、それも隣で震えているレナさんが着ていたようなものではなくエグゼクティブか、でなければ高級クラブの女性が着ているようなものを隙なく着こなしている。

 私から見て右に立っている女性が振り向いて、私の前に倒れている青年の傍らに膝をついた。衣服だけでなく美貌も高級クラブ並み、すばらしい美人だった。できればこんな修羅場ではなくもっと楽しい場所で会いたいものだと思ったが、その美貌と落ち着きが今は無性に頼もしい。

 女性は彼の頭に手をやって、よう頑張ったなアキュー、と関西弁で云った(アキュー、というのは彼のあだ名だろうか)。あとは任しとき、というと私のほうを見て、「おじさんらも、よう頑張らはったね」と笑いかけてくれた。お店でこんなふうに云われたら、即座にボトルを入れてしまいそうな笑みだった。

 安心させるように笑うと彼女は立ち上がったが、それを待たずにもう一人、未だこちらに顔をむけず兵士たちに向き合っている女性がものすごい剣幕で云った――ちょっとあんたら、素人さん相手にこれはどういうことやのん!!?

 店の客には躊躇なく発砲した兵士たちも、なぜか彼女を撃つことはしないでいた。あまりに鮮やかなその登場に我を忘れたのか、あまりの剣幕に恐れをなしたのか――いや違う、彼らは撃たないのではなく、撃てないのだ。

 彼らは何かの力によって、動きを封じられているようだった。兵士たちの腕のあたりがにじんで見えるというか、周囲の空気が渦を巻いているように思えるのは、私の老眼のせいだろうか?


【コウ-11】
 騒然としたスクランブル交差点を離れて桜ヶ丘まで来ると、状況は少し落ち着いていた。それでも周りは、すぐ近くで起こったアクション映画みたいな出来事の話でもちきりだったが、さしあたり危険が及ぶことはなさそうだというので、みんなどこかよその街の話をしているように見えた。

 キリンシティのカウンターの奥に座っていた男に、スーに教わった合言葉を(不本意ながら)云うと、五十ぐらいに見えるその男はスーの云ったとおり、僕を運転代行に頼んだようなことを云って、駐車場の場所を説明しながら僕にクルマのカギを渡した。

 そういう設定なのか、あるいはスーがそのようにしか説明していないのかわからないが、スーの云ったとおりラガーを注文したから、別人のなりすましとかじゃないんだろう(ていうかホントにビールをおごらされた)。

 駐車場の指定された場所には、赤いカローラフィールダーが置いてあった。なんとなく僕は、ラゲッジや後部座席を確かめてから乗り込んだ。いつスーから連絡があってもいいように、カバンからブルートゥースヘッドセットを出して接続する。

 どうせあの謎のアプリが、僕の位置情報をスーに送っているのだろうから、こちらから連絡はしない。僕が高速で移動し始めたことを見れば、スーは僕が予定どおり行動していることを知るし、予定と違うコースで移動していれば、想定外の事態が起こっていると嫌でもわかる。

 シートに身を沈めて深呼吸する。街の騒ぎから隔絶された静かな空間にひとりで座っていると、ようやく落ちついてきた。だいじょうぶだ、と僕は自分に言いきかせる。彼女が良い霊能力者でも悪い魔法使いでも、あの瞬間に彼女が僕に何かした感触はない。追手の気配はない。なんだかわからないが、これあるを見越していたらしいスーが味方についている。スーが僕よりずっと、超自然的な世界に通じているのは間違いない。

 僕は気をとりなおしてクルマを出した。ほどなくかかってきたスーからの電話にハンズフリーで、アプリを入れといたんだからキュアチャイナが助けに来てくれるんじゃなかったのか、なんて軽口が出るくらいには、冷静になれていたようだ。

 とりあえずスーの指定した幡ヶ谷まで行って、当面の身の安全を確保しよう――僕の知らない言語で罵るスーの声を聞き流しながら、僕は思った。

 いったい何の危機が迫ってるのかもわからないけど。


【スリン-12】
 公園脇に停めた車に近づいてくるのは、日本の「特殊科学」組織ではなく巡回中の警察官だった。くそったれ、と特科戦の男が吐き捨てた。いつもとルートが違うぞ、どういうこった。二人がつけているイヤフォンからは、撃ちますかと狙撃手からの問い合わせが聞こえる。ばかやろう、と特科戦の男が云う。警官てのはメンツ大事なんだ、自分たちの仲間がやられたら死にもの狂いでやってくるぞ。

 しょうがねえ行くぞと男がスリンの腕を引いた。あの中のやつは手が離せないから、俺たちが行ってごまかすしかないと云う。警官の職務質問ぐらいどうにでもすればよいものをとスリンは思ったが、男の切迫した様子を見て云うのをやめた。どうやらほんとうに、私たちが行って取り繕わなければならないらしい。

 警官は車の窓を何度かノックしていたが、中の人影――特科戦のメンバーが反応しないので、いくらか態度を硬化させて激しく窓を叩いたようだった。いかん、とスリンの横で男がうなったとき、車のほうから大きな叫び声があがった。直後に少し離れたところで、なにか強い衝撃音とガラスや何かが割れる音がした。我々のターゲットである日本側組織の拠点に、攻撃が加えられたに違いなかった。

 ちくしょう、と男がうめいてイヤフォンのマイクに向けてプランAの放棄とプランBへの移行を宣言した。すなわち公園で日本側組織を迎え撃つ計画は中止して、日本側拠点の強襲だ。男は警官に駆け寄り、流暢な英語で話しかけた。警官がまごついたので男はスリンに英語で、彼に説明するように云った。スリンは、少しの間ここにクルマを停めていただけだ、連れは対人恐怖症なので怖がらせないでやってほしい、というようなことを、わざとたどたどしい日本語で説明した。

 日本人は言葉が通じない相手を前にすると、追及の意図をくじかれる傾向が強い。なんと話してよいかわからなくなってしまうのだ。警官の彼もその例にもれず、ああまあそれならとかなんとか口ごもって、最後は威厳を保つためかことさら横柄にさっさと行きなさい、と云って手をひらひらさせた。軍で学んだ知識どおりだった。男はスリンに乗るように促すと、クルマを急発進させた。

 クルマの中で男は、別のところに連絡をとっているようだった。さっきの作戦部隊の会話は入っていたスリンのイヤフォンに、彼らの会話が入らない。彼は通信の内容に、ますます焦りをつのらせているようだった。どういうわけだちくしょう、とハンドルを叩き、拠点放棄してプランBだと云った。プランBばかりだ、とスリンは思った。どうやら事態は彼のもくろみから、ことごとく外れていっているようだった。

 どうするつもりなの――ですか、とスリンは嫌々ながら敬語で男に尋ねた。2階級も上ではこれまでのような態度はとれなかった。男はその言葉遣いに皮肉な視線で応えて短く、拠点を移すと云った。心配はいらねえ問題ない、このまま終わらせてたまるか――訊かれる前に男が云うのでスリンは上官の指示に不安そうな顔をしてしまったのかと思ったが、そうではないと思い直した。

 スリンの隣でハンドルを握る、彼こそが不安を感じているのだった。


【サヤ-8】
 《風絡み》で動きを封じた賊の手の銃を、姉さんが視線で暴発させた。手の中で機関銃が爆ぜて男は声をあげたが、手が動かせないのでそのまま手指がふきとんだ。とはいえその手は私が作った風の檻の中なので、ふきとんだ手指が赤黒い渦となって腕の周囲をとりまいた。

 ヤクザなのか職業的犯罪者なのか軍人なのか知らないが、素人でないことは一目瞭然だった。居酒屋で機関銃を乱射するわ閃光弾を投げ込むわ、素人さん相手にすることじゃない。私は連中の体を風でくいっとひねって事情を訊いた。案外素直に話してくれた。なっていないプロだけあって、根性もなっていない。

 彼らにも知らされていないことがあるようだったが、だいたいの事情はのみこめた。北の将軍様が何かすごい力を我がものにしようと兵隊を送り込んだこと(まあ「トーキョー王」のことだろう)、この家に魔術的な拠点があること(ちょっとしたオモチャ程度で拠点とは思えない、と云った私を見た連中の顔!)、その家の娘か日本の魔法組織の者を拉致せよとの指令が出たこと(それははた迷惑な話ですね、と私はもうちょっと絞り上げた――比喩じゃなく物理的に)。

 プロのくせに素人さん相手に狼藉を働く輩には腹が立つ。プロにはプロの矜持というものがあるべきだ。プロの技をみだりに使って素人さんを襲うとは、およそプロフェッショナルの末席にも値しない。

 ――あんたらがプロの技でか弱い人々を踏みにじったように、今から私が専門家の力であんたらを破滅させますえ。私の宣告に、男たちは目を見開いた。詫びを云うことも許しを請うことも、聞き苦しい叫び声をあげることも許しまへんと云う私は、きっと怒りすぎて笑っていただろう。

 風の檻に封じられて、彼らの声は届かなかった。そもそも局所的な嵐の中で、呼吸もろくにできなかったはずだ。あまり見た目のよいものではないから、あとのことはさっさと済ませた。


【CJ-11】
 王だと――? とりあえず英語が通じることに安堵しながら、CJはその男に尋ねた。男は少女を抱き上げたまま、おどおどした表情でうなずいた。背後ではあのうつろな目をした兵士たちが発砲し、扉を容易に貫通した銃弾がダイニングを破壊している。じきにドアが破られ、やつらが入り込んでくるだろう。

 ディアナは深刻な顔をして、その「王様」は彼女の夢に囚われているのよ、と云った。悲しいことが続かないように、彼女を夢から醒まして「王様」をもとの世界に返してあげて。

 男はうろたえたように、弱くかぶりをふった。ディアナの云うことが当を得ていたのだろうか。この隙にとっとと「吸い取って」しまえよ、とCJは耳打ちしたが、さっきみたいになるから嫌だと彼女は取り合わなかった。さっき調子を崩して見えたのは、彼女ではなく吸い取った力に問題があったのか。

 だめ、とまた男が云った。王様の世界は悲しいから夢をあげた、僕らの世界も悲しいから王様の夢と一緒にいる――男はそう云って沈痛な、それでいてうっとりとしたような表情を見せた。

 いつのまにか、外からの緩慢な銃撃は止んでいた。男とその腕の中で眠る少女に、ディアナとCJは無言のまま対峙している。遠くで救急車のサイレンが鳴っている。そういえばあれだけの銃撃があって、誰も警察に通報していないのかと、CJはぼんやり考えた。

 ディアナが云って解決しないなら自分の銃で「説得」するか――CJが提案しようとしたとき、ノックの音がした。スミマセン、と女性の声がする。攻撃的な印象はなく、近所の住人だろうと思ったが、CJは油断なくダイニングの物陰に入り拳銃を構えた。玄関の廊下は幅がドアそのものとさして変わらず、廊下に行くと銃撃からの逃げ場がない。

 外の女性がスミマセンと数回繰り返した後、今度は年配の男性の声がした。CJには意味がわからなかったが、鍵を差し込む音が続いたので、管理人か誰かが中に入ることを予告したのだろうと彼は推測した。

 CJは小さな鏡を、床に近い高さでドアに向けてさし出した。ドアが開いて見えたのは、あの緩慢な兵士たちではなく、どう見ても近所の住人たちだった。


【サヤ-9】
 かつて北の国の兵士たちだったものを、遠くに吹き散らして片づけた頃には、私の気分も落ちついていた。姉さんは店の外を眺めていたが、何かに向けてふっと笑いかけた。

 不可視の輝線が暗い部屋に一瞬、赤く疾る。 店の外へ姉さんが声をかけると、スーツのおじさんが現れた。姉さんはさっき見ていたほうを指さして「狙撃兵かなんか、目ぇ火傷してるから拾てきて」と云った。狙撃兵とはなんとも用意周到なことだが、スコープごしに目を合わされたときは肝が冷えたろうな、と私は思った。肝は冷えたけど目は焼けたから、差し引きゼロだろうか。

 じきにスーツおじさんに担がれて、右目から煙を吹いている男が運ばれてきた。頭がずぶ濡れなのに右目からはずっと煙がのぼっていて、男は熱い…とうわごとのように云いながらぐったりしている。けっこう遠かった?とサエさんがあっけらかんと云う。

 サエ姉さんは視線でものを焼く――というか「焼けていることにする」。そのものの属性に、「焼けている」ということを付け加えてしまうのだ。実際の状態を無視して対象を「焼けていると定義」するので、水をかけようが何をしようがその「定義」を書き換えないことには炎が消えない。きっと頭ごと水に浸けたのだろうけど、男の目は焼けたままなのだ。

 サエ姉さんは狙撃兵を相手にクイズを始めた。クイズ・ツイスター、不正解のたびにどこかが捻れます…私をクイズ番組のセットみたいに扱わないでほしいのだけど。クイズはさっきの情報の確認だ。最初は回答拒否で時間切れ残念が続いたけど、5問めからはやる気を出してくれた。あとは連続正解。よほど口裏をあわせていたのかもしれないけど、クイズ・ツイスターで口からでまかせを云える人は滅多にいない。

 ひとりでにねじ切れていく自分の指を見ながら耐えられる人は滅多にいない。


【レナ-9】
 木崎さんにぎゅっと抱えられた後、光と音といっしょにふっとんできたのは、ミナを襲ったやつを下の道路で取り押さえてくれた大学生さんだった。魔法使いだったんだこの人…っていうか、なんでこの人いつも私たちのピンチに現れるの? てかなんで私たちこんなピンチの連続なの?

 彼が気を失って今度こそどうしようと思ったら、すらっとした双子のお姉さんが現れて、これまた魔法としか思えない方法で(だって何をしているようにも見えない)、襲ってきたやつらの動きを止めている。学生さんをアキウ、と呼んだそのお姉さんは、顔立ちもハデな美人だったけど、スタイルも服装もハデな感じだった。

(でも、ハイブランドの黒いスーツの下に真っ赤なブラウスを着た美人がコテコテの関西弁でしゃべるもんだから、こんなときだけど女性漫才師みたいでちょっとおもしろかった)

 お姉さんたちがどうやってやつらを追い払ったのかは知らない。お姉さんが見聞きしないでいたほうがいいと云うので、怖くなって目をつぶって耳をふさいでいたからだけど、たぶん恐い方のお姉さんが何か…あんまり知りたくない方法で退治したのだろう(じつは一瞬だけ目をあけたけど、やつらの脚が雑巾でもそんなにやらないぐらい絞り捻じられていた。それ以上は見なかった)。後から目をケガした、やつらの仲間らしい男が連れて来られたけど、彼がその後でどうなったかも含めて、考えないでおこうと思う。

 お姉さんたちは店のようすを見回すと、修理代として小切手をお父さんに渡した。「お金持ちが小切手帳に書きつけてその場で渡す」ところを初めて見た。しかもそれが自分の家で――それを云うなら機関銃を持った賊に襲われたのも、魔法で助けられたのも初めてだけど。

 お姉さんが小切手に書いた数字は、修理どころかこの家ごと建て替えられるんじゃないのっていうぐらいで、言葉が出ない両親の代わりに私がお礼を云った。恐くないほうのお姉さんが笑って何か返事しようとしたが、恐かった方のお姉さんがそれをさえぎるように、うちの店では生涯無料にしてくれと微笑んだ。お安いご用にもほどがあった。

 修羅場がすぎるとお二人の印象は入れ替わって、たぶん恐くなかったほうが口のよくまわるタイプで、さっきまで恐かったほうは、今はどちらかいうとおとなしい印象になっていた。ボケとツッコミだと私は思った。関西人の双子はお互いのポジションを決めるものなんだろうか。  *Tokyoking*

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