Um cochilo

 リスボンに着いて最初の夜は当て所なく町を歩いて見付けたレストランで「golden」とメニューに書かれた魚の丸焼きを食べた。たぶん鯛(金目?)。10€弱だしと思っていたらパン、チーズ、オリーブが付き、別に頼んだ水と合わせて計15€になってしまったけれど、余ったパン、チーズ、オリーブを紙に包んで持ち帰り翌日の朝食にしたので問題なし。オリーブ旨い。酒を嗜むなら白ワインとのハーモニーが云々ということをここに書けたのだが、生憎下戸なので叶わない。無念。

・二日目、三日目も町歩き。旨い飯屋や奇天烈な日本食レストランの看板を見付ける。詳細改めて。

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 詳細改めて、と09.12.18に書いた日記の続きをようやく編集している今は15.12.18、土曜日の深夜。既に詳細の記憶はない。
日記を書くのが苦手で、文章を書こうとするとつい文体を意識してしまう。小説的な緩急を付けたがる。起きた出来事をそのまま書いてもオチもつかない、人生は物語ではないから。だったら小説を書けばいいのだ。そうする。

 十二月九日は夜に宿から少し歩いた中心街の広場で何かの催しがあるとの告知をフェイスブックで見掛けて、散歩がてら行こうと思った。ポルトガル語なので内容は全く分からなかったけれど、背景の写真から花火でも打ち上げるのかと思った。昼に確かインド・ネパール料理屋に入った。メニューにはカレーとしか書かれておらず、別にナン等の記載もあったからエビカレーとチーズナンを頼んだら、カレーのセットでライスも付いてきて予想外のボリュームとなるも、美味しく完食した。インドかネパールから来たのであろう女性店員の流暢な英語が聞き取れず、ジェスチャーを読んで「一緒に持ってくるか、別々にするか」ということを訊かれたのだと理解して、「別々に持ってきてくれ」と頼んだ。というのは、「一緒に」というのが「ナンにカレーを掛けた状態で」持ってくるということなのかと思ったからだけど、カレーより先に運ばれてきたチーズナンを見てすべてを悟る。つまり、彼女の言った「一緒に」というのは物理的な話ではなくて時間の話だった訳だ。今この記憶を手繰りながら、確かにメモした気がしたその英単語が思い出せない。そういう意味なのか、と得心したことだけは覚えているが、肝心の言葉を思い出せないのでは意味がない。検索して出てくるような言葉であれば流石に分かる。彼女は何と言っていたっけ。

 会計後、店が面する大通りを南下して広場に出る。催しはそこからさらに少し歩いた別の広場でやるが、まだ五時間以上もある。噴水の縁に座って日向ぼっこする人々を通り過ぎ、芝生から続く階段に腰を下ろしてそのまま仰向けに寝そべる。丁度帽子の鍔が日射しを遮ってくれる。このまま寝てしまおうかと思う間もなく気付けば寝入っていて、一度子供たちの遊ぶボールが頭に当たったのに気付いたけれど姿勢を動かすこともなくそのままがっつり昼寝した。多分三時間くらい寝ていたんじゃないか。そろそろ陽も落ちて人も疎らになってきたので、文字通り重い腰を上げた。こんなに寝るつもりはなかったんだけどな、と思いながら念の為ジャケットのポケットに入れておいたパスポートを確認する。それから坂を上って夜の町を歩きながら、5€の安いピザを食べた。
 坂を下って目的の広場に行こうとするものの、すっかり自分がどこに居るかも分からず、グーグルマップを見ようにもSIMを入れていないのでWi-Fiしか使えない。適当な店に入って道を聞こうとするものの、通りに面したレストランはどこも忙しそうで躊躇した。何軒目かに目星を付けて入った土産物屋には男性店員が一人居るだけだった。気の好い彼はわざわざ公開していないWi-Fiのパスワードまで教えてくれたものの、何故か店の住所から目的地の広場までの行き方を俺のiPhoneのグーグルマップは表示せず、仕方なく彼のスマホのグーグルマップ画面を写真に収めた。礼を言って、3€のトラムのキーホルダーを買って店を出た。

 広場の催しは、酒と肴の出店が並ぶちょっとしたフェスティバルだった。そこで回していた二人組のDJの音に首を振っていると「Hey」と声を掛けられ、振り向くと髭を生やした白人の男が「アシシ、アシシ」と言うので「What?」ととぼける。すると直接「Marijuana, do you smoke?」と言ってきたので「I don't smoke」と答える。めっちゃカジュアルに売ってくんじゃん。俺多分見た目でそんな風には見えない筈なんだけどな、首振ってたからか?
 cevicheというタタキやカルパッチョに近い白身魚のビネガー和えの料理を頼んで食べる。添えてある揚げバナナはそれ程甘くなく、触感も粘り気がなくさっぱりとしていて、どちらかと言うとサツマイモとジャガイモの中間といった印象だった。
 DJの二人とその友人らしきブースの横にずっと居る男性の三人は殆ど笑みをこぼすこともなく淡々とプレイし続けていて、万国共通の「音楽オタク」の表情をしていた。これがアニメオタクだと種類は違うけどでもやはり人種を越えた独特の共通の顔立ちになっていく気がする。その趣味や文化の文脈を解するということは、それを解する身体になるということなのだろう。俺は多分ラップをしなければラッパーに見えないし、小説を書かなければ作家にも見えない筈だ。何事にもそれ程詳しくはないし、だからどこに居ても居なくてもいい。そういう、無資格でどこにでも居られるという状態で常に居たい。
 cevicheを食べ終える頃、丁度DJタイムも終了した。紙皿と木製の使い捨てフォークをゴミ箱に捨て、帰り支度を始めた二人に声を掛ける。
「I like your sound, thank you. I'm a rapper in Japan.」
「Thank you. Do you like HipHop? DJ?」
「No, I'm MC」
 というやり取りの後、What's going~とかその辺の抽象的な言い回しをされて暫く意味が取れずに聞き返していると、
「How is your business?」
 と分かり易く言い換えてくれた。ああ、ビジネスね、うん。ビジネス、ごめんそんな発想もなかったわ。ビジネスにはなってないわ全然。
ビジネスにしてえなあと思いながら握手を交わすと、フェイスブックのページを見せてくれたので写真に撮り、念の為メールアドレスをメモ帳に書いて破って渡した。もしかしたらリスボンで日本語でラップのライブができちゃったりするように頑張りたい。


言葉なんか分からなくても、踊らせちまえば勝ちなのよ。音楽だからね。

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