アイザック・アシモフ「ファウンデーションの誕生」評

・シリーズについて

 ギボンズの「ローマ帝国興亡史」に影響を受けたアシモフは、遠い未来、数学者ハリ・セルダンの心理歴史学により予言された巨大な銀河帝国の崩壊と、その後に起こるであろう長い暗黒時代に向けて、人類の知識を保存し銀河百科事典として編纂する名目で辺境の惑星ターミナスに設立された”ファウンデーション”と、そこに訪れる危機を乗り越える人々を描く「ファウンデーション」を短編として発表した。続けて1952年「ファウンデーション対帝国」1953年「第二ファウンデーション 」を発表。

 その後、ファンの続編を求める声に屈し30年ぶりに「ファウンデーションの彼方へ()」「ファウンデーションと地球()」が発表される。ここにおいてもう一つの人気シリーズで、未来の地球(今シリーズから見て何万年もの遥かな過去)を舞台としたSFミステリー「ロボットシリーズ」も長い中断から再開し、両作は融合。忘れ去られた人類発祥の地”地球”を探索する壮大な考古学冒険は、いくつかの展望と疑問を残し結末を迎える。そして、1作目以前の帝国衰退期に巻き戻り心理歴史学の発展を描くのが「ファウンデーションへの序曲()」そして遺作「ファウンデーションの誕生」である。

・セルダン、帝国、それぞれの夕暮れ

 今作は1作目の数十年~数年前を描く前日譚になるが、ハリ・セルダンと朽ち行く帝国を通した「人生の終焉」に対するディテールが細かいのが印象的だ。「誕生」におけるセルダンは歳を取るにつれ、自分の誕生祭を避けたがり、段差を登るときに辛くなり、足が上手く動かせなくなった事にぼやく。頭も、若い研究者が見つけた理論が基礎的な部分から成り立っていて、気づくべきだったのにそうした着眼点を持てなかった事に後悔する。人間関係も、昔から研究を支えた年下の仲間が不摂生により50代で亡くなり、愛した妻や息子までも不幸な事件で亡くなって行く。

 これは作者の晩年の状況を投影しているのだろう。アシモフは当時60代である。この歳になれば、きっと周りの友人にも亡くなる人が増える。昔、自分が通っていた模型関係のイベントでは高齢の人が多く、話す度に毎度「この歳になると模型止めちゃったり仲間が亡くなってやんなっちゃうね」とぼやいていたのを思い出す。また、晩年のアシモフは輸血によるエイズを発症していたとの事で、幾度も深刻な体調不良を経験しただろうし、そうなれば当然死期を悟った事だろう。

 しかし、シリーズは1000年先の未来から銀河百科事典を引用した未来史の体で描かれていて、「彼方へ」「地球」の時点では500年後までしか書かれていないのだ。「他にも描きたい内容は沢山あるが、寿命を考えるとどうしても難しい」と焦っていたに違いない。最晩年のセルダンのプロジェクトを何とか成立させようとする強い焦りの描写から感じ取る事が出来る。

 こうして、作品を通してアシモフの人生の晩年を見ているような錯覚を起こすと共に、プリクエル(前日譚)物にありがちの”スター街道を登る若き偉人”からは程遠い人間性を偉大な数学者に与える事に成功している。

 帝国の衰退も、派手ではない分印象的だ。まず、帝国の末端まで統治が及ばなくなる。惑星が丸ごと金属に覆われた首星トランターでは緊縮的な風潮による技術開発の停滞、電光掲示板の文字が消えたままになるなどインフラ整備の放置に始まり、都市の天候調整の不良や治安の悪化、そうした小さな積年の綻びが最後に暴動という形で爆発して、不安定な統治や属星の独立が始まる。

 この変化は、今の社会で起きている貧困問題の増加、人文系の知識を無視した金稼ぎと詭弁は一丁前のネオリベネトウヨ起業屋の台頭、スガキヤラーメンセットに見られるドンブリやソフトクリームの器の縮小(ご当地ネタで分かる人はいるだろうか・・・)、お菓子の値段高騰と内容量の減少、その真っ只中のコロナ禍による経済構造の目まぐるしい変化やアメリカの暴動などとどことなく重ねてしまわずにはいられない。

 最後に、艱難辛苦の中プロジェクトの開始を見守ったセルダンは老衰で82歳で亡くなり、1作目に繋がっていく。作者の半生と共に始まり終わったシリーズが、セルダンの半生で終わって始まりに戻る見事な円環をなしていたのは感動した。後に違う作者で始まる新シリーズがなんかもうどうでもいいやとなるぐらいに。(多分読むが)

 作者の人生や今の状況が重なり、とても印象深いプリクエルであり、エンドだった。

・余談

 なんかAppleTV+でドラマ化されるみたいですが、この際ロボットシリーズもドラマ化して原作通りクロスオーバーして流行りのユニバース物にしちゃえば・・・(というかファウンデーション後半はロボットが重要なキーだからその辺までやらないと感動が薄れるんじゃないかと不安でもある)

 

 

 









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