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大学1年生の夏、私は初デートで池袋のサイゼに行った

池袋駅西口にはサイゼが2つある。

1つは、芸術劇場のすぐ近く。
そしてもう1つは、マルイの向かい。

この2つのサイゼに行くと、私は決まって''ある人たち''を探してしまう。


数年前、私は池袋の大学へ通っていた。別名「セントポール」と呼ばれるその大学は、池袋駅から少し離れたところに、こじんまりと位置していた。
正門をくぐった先に見える校舎にはツタが這っており、伝統校ならではの歴史を感じさせる。
もし「シルバニアファミリー〜レンガ造りのキリスト教の大学〜」シリーズがあったなら、きっと私の通っていた大学がミニチュア化されたものが、全国の子供たちの手に渡るだろう。

新入生が入学する4月は冬の寒さがかろうじて残っていて、トレードマークのツタもまだ枯れている。
しかし7月に入って、夏の訪れが少しずつ感じられるようになると、桜に主役を奪われていたツタは息を吹き返す。
深い緑色のツタに囲まれた校舎を初めて見た時、あまりの荘厳さに私は心を奪われた。

サークルの新歓に参加すると、たいてい恋愛の話になる。女子校出身の私は「彼氏いるの?」と聞かれるのが苦手だった。答えは「いません」だし、今までいたこともなかったから。
そう言うと先輩たちは「夕凪ちゃんならすぐできるよ〜!」と屈託のない笑顔で言ってくれる。無責任なその発言に最初はいらいらしていたが、すぐに慣れ、「え〜、そんなことないですよ!」と笑顔で返せるようになった。

軽音サークルの新歓に参加した時、2つ上の先輩が、大学に代々引き継がれている''ある噂''を教えてくれた。

「夕凪ちゃん知ってる?ツタが緑色に生い茂る前に恋人が出来なかったら、大学4年間ずっと恋人が出来ないんだよ〜」

それからというもの私は、夏が訪れるまで友達と校舎を見る度に「そろそろ緑色になっちゃうね、、」「クラスに良い人いた?」「〇〇くんのLINEの返事が冷たい」と恋バナに花を咲かせていた。

そらそろツタが生い茂る6月、同じサークルの男の子からデートに誘われた。
彼は男子校出身で、あまり女の子にモテるようなタイプではなかったが、女子校出身の私とはウマが合った。新歓コンパで隣の席になったことですぐに仲良くなり、それから毎週サークルの集まりで会う度、2人で話す中になっていった。
そんな彼から、4限の心理学の授業中、LINEで「デートしよ」と誘われた。

生まれて初めてデートに誘われたこともあり、当時は特に何も思わなかったが、今振り返ると「清々しいくらい直球だな〜若いな〜」と感心する。恋愛経験が全くなかった当時の私は、彼の誘いに二つ返事で「嬉しい!行こう!」と返信した。

当日18時、芸術劇場前の広場に集合した。
「近くに人気のお店があるんだって。行ってみよう!」と彼は得意気に案内してくれた。私のためにお店探してくれたんだ!と嬉しくなったが、店に着くと「店内貸切」の文字があった。
見るからに落ち込む彼を励ましながら、「どうしようか?」と途方に暮れて歩いていたところ、サイゼリヤの看板が見えた。彼は「ごめん、サイゼでもいい?」と申し訳なさそうに私に尋ねる。「全然いいよ!ミラノ風ドリア安くて美味しいよね!」なんて私は気丈に振る舞う。

店内に入りメニューを手に取る。私と彼はそれぞれ「ミラノ風ドリア」と「たらこソースシシリー風」を注文した。

「シシリー風ってなんなの?」「イタリアの''シチリア''のことらしいよ」みたいな、ふわっとした会話を交わしながらご飯を食べた。

正直言うと「生まれて初めてのデートがサイゼリヤか〜」と少し落ち込んでいた。この日のために雑誌を買って服・メイクの勉強をし、初めてデパ地下コスメを買ってみたり、オシャレな友達と一緒に服を買いに行ってみたりもした。「その結果がサイゼリヤかあ」と、なんだかやるせなくなってしまった。

それでも、彼との会話はとても楽しかった。彼は普段は落ち着いているけれど、その日は必死に冗談を言って私を笑わせようとしてくれた。女性慣れしていないのにも関わらず、私を楽しませるために色々考えてくれていることが、素直に嬉しかった。

ドリアとパスタを食べ終えた後、彼から2回目のデートに誘われた。

「池袋駅の西口って、実はもう1つサイゼがあるんだよ」
「そうなんだ」
「今度もう1つの方に行こうよ!マルイの前にあるんだけど」

思わず笑ってしまった。おそらく教科書的な正解は「今日行けなかった人気のお店、今度またチャレンジしよ!予約していくから!」だと思う。私も心の中ではそう言われることを望んでいたけれど、彼が誘ったのはまさかのマルイ前のサイゼだった。

どうしようかなと一瞬迷ったけど、これも彼なりに必死に考えて出した答えなのかもしれないと思うと、断ることは出来なかった。「うん!行ってみよう」と答えると、彼は嬉しそうに笑った。

そこから7年経ち、私は社会人になった。会社の同僚や先輩に「大学1年生の頃、2回連続デートでサイゼリヤに誘われた」という話をすると、「ありえない!」と笑われる。きっと彼も「大学1年生の頃、2回連続デートでサイゼリヤに誘った」と笑いながら話しているのではないだろうか。

これからの人生、付き合う前のデートでサイゼリヤに行くこと、ましてや2回連続で行くことなんてきっとないと思う。とても暖かく貴重な体験をさせてくれた彼には、今でもすごく感謝している。

結局彼とはマルイ前のサイゼリヤに行った後、3回目のデートをすることはなかった。どうして続かなかったのかはあまり覚えていないけど、2回目のサイゼデートもとても楽しかったことは今でも覚えている。

だから私は、池袋駅西口のサイゼに行くと、昔の微笑ましい記憶を懐かしみながら、大学生の男女カップルを探してしまうのだ。

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