【前世の記憶】戦争で負傷した夢を見る元貴族の娘
アメリカ、コネチカット州。
キムにはジェシカという娘がいる。ジェシカは産声を上げた瞬間から母の目を見て、何でも知っているという雰囲気を醸し出す赤ちゃんだった。彼女は生後10ヶ月で歩き出すのと同時に話し始め、1歳前にはきちんとした文章で話していた。
ジェシカが1歳の頃、家族はスウェーデンからアメリカのノースカロライナ州に引っ越す。
キムが出張に行った時のこと。当時の夫とジェシカが空港まで見送りに来ていた。ジェシカはある集団を見ると振り返り、「メノナイトだ」と言う。
メノナイトとはメノー派のことで、キリスト教の宗派の一つ。プロテスタントからの分派である再洗礼派の流れを汲み、兵役や階層的な教会組織を拒否。平和主義を貫くことを信条とし、現代テクノロジーに頼らない生活を送っている。
彼らがメノナイトであることは着ているものから容易に判断できるものの、わずか1歳半の娘がその言葉を知っていることにとても驚くキム。
「今なんて言った?」
と聞き返すと、彼女は再度、メノナイトだと答える。
衝撃を受けつつも、わずか1歳半の娘がメノナイトのことを知っているなんてあり得ないという結論に行き着く。
ある日のこと、家事をしているキムのところへ、思いつめたような顔をしたジェシカがやって来て言った。
「忘れちゃったことがあるの」
何を忘れたのか、何かをなくしたのかと聞くキムに、彼女は言う。
「マミー、私、神様の顔を忘れそうなの」
ジェシカはとても動揺していて、泣き出してしまう。
キムは大丈夫だと娘をなだめながらも、自分の耳を疑い、ショックで倒れそうだった。
「・・ってことは、神様がいるのね?」
「神様を覚えてるけど顔を忘れそうなの。」
ジェシカは詳しくは話してくれなかった。もしくは話せなかったのかもしれない。
が、娘なりに説明してくれたのは、
「ママのところに来る前は神様のところにいた」
ということ。
家族は毎週教会に通うような熱心なクリスチャンではない。娘が教会で聞いたこととは思えなかった。
その後、キムは離婚し、ノースカロライナ州から実家のあるコネチカット州へ引っ越しをする。新しい土地、新しい友達、新しい生活はジェシカにとってとても辛いものとなる。
頭の良いジェシカは学校での成績も良かったが、自分が周りとは違うと感じ、周囲になかなか馴染めなかった。キムはそれが離婚のせいなのか、父親と会えないせいなのか、分からないでいた。
やがてジェシカは少し変わっていることで、クラスメート達からいじめられるようになる。そんな娘にキムは常に、彼女がとても個性的で特別な子であること、友達になりたくないと言う人がいるならそれは彼らの損失でしかないこと、いかに彼女が愛されているかを伝え続けた。
しばらくするとジェシカは左膝の痛みを訴えるようになる。傷やアザなどは見当たらないが、キムはサッカーや体育でぶつけたのだろうと思っていた。親の目を引くために嘘をついているとも思えない。その後も膝の痛みの訴えは続き、病院へ連れて行くと、成長痛かもしれないと言われる。キムはそれ以外の何かがあるはずと感じていたが、それが何なのかは分からない。
やがてジェシカは悪夢を見始め、夜中にキムのベッドへ来るようになる。彼女はパニック状態で、
「悪夢を見たの。本物みたいなの。夢じゃない、夢じゃないの、私、そこにいたの。」
と訴えた。
ある日ジェシカは、夢の話をする。
見たことのない長い革のブーツが出てきた。彼女は丘が両側にある野原の真ん中を歩いている。正確な場所は分からないけど確かなのはイギリスということ。そこに見えるのは馬、王様、農民・・。そして人々が互いに闘っている。そこで爆発が起こり膝を怪我したのだと言う。その夢を繰り返し見ているのだと。
ジェシカは、自分のどこがおかしいのか分かったと悟ったように言う。そして
「昔そこにいたの」
と、記憶について語り始めた。
彼女は戦場にいたことを覚えていて、その景色や匂いも覚えていると言う。1642年10月23日という日付も覚えている。
キムは、戦場にいる夢は興味深いが、日付の記憶を聞くと、本当に起こったことか確かめられるかもしれないと興奮する。
そして1600年代のイングランドで起こった戦争についてインターネットで調べ始める。するとある日付が目に入る。1642年10月23日。エッジヒルの戦いだ。
エッジヒルの戦いはイングランド内戦の中で最初に起こったもので、激しい戦いは4年間続く。その内戦では1500人の男性が命を落とし、2000〜3000人が負傷した。内戦のため、軍人だけでなく一般人も戦った。
ジェシカは当時インターネットも見ていなければ、まだ学校で世界史を習う年齢でもなかった。娘が知り得る情報ではない。
彼女が語ることはどれも現実的なものだった。エッジヒルの戦いは、どれもジェシカが言っていたこととマッチしている。
キムは戦地を描いた地図を印刷し、ジェシカに見覚えはあるか聞いてみると、その場所を知っている、行ったことある、と言う。足に銃撃を受けたことの他にも、戦場から誰かに抱えられた記憶、誰か世話をしてくれた人がいたこと、そして自分が亡くなった記憶もあると言う。
驚くと同時に、キムにとっては我が子が過去に亡くなった話を聞くのは辛いものだった。我が子の死については考えたくもない。
そこで生まれ変わりについて調べてみると、前世で負傷したり悲惨な出来事で苦しんだりすると、特定のことが現世でも現れることがある、と書いてある。ジェシカが戦争の最中に膝を撃たれたと言っていることと、この情報がリンクする。
娘は説明のつかない膝の痛みをずっと訴えている。この膝の痛みからキムは、彼女の記憶は本物なのかもしれないと思った。この戦争や記憶が現世に影響を与えているのではないかと。
いくつものリサーチを経て、キムはついに、エッジヒルの戦いにいた人物を見つける。彼はジェシカの記憶と驚くべき類似点を持っていた。
キムはこの情報をジェシカに伝えることにする。
ジェシカは19歳になっていた。
「小さい頃友達と馴染むのが大変だったとは思わないけど、自分は周りと違っていると感じていたのは確か。前世からの記憶はすごく鮮明ですごくリアルなの。子供の頃の記憶とか先週行った旅行を思い出してるみたいに。母がサポートしてくれること、少なくても信じようと話を聞いてくれることはとても重要なことだった。仮に本当だった場合の可能性さえ否定されたら自分の一部を否定されるのと同じことだから。」
キムは、娘がもっとこの件についてコミュニケーションをとってくれたらと思っていた。ある時点から記憶の詳細をあまり伝えてくれなくなっていたからだ。今回は話す良い機会だと思っていた。
キムはジェシカに、新しく得た情報を伝える。
「初代リンジー伯爵だったロバート・バーティの名前を見つけたわ。彼は1583年に生まれて1642年10月24日に亡くなってる。」
「冗談でしょ?」
「本当よ、彼はいくつかの地で任務についてる。エリザベス女王1世は彼のゴッドマザーよ。」
ジェシカは、常にエリザベス女王1世との絆を感じていたと言う。
「リンジー伯爵は大腿骨を撃たれて落馬してる。彼の息子もその闘いにいて、それで降伏したの。」
「彼だったのね、私を運んでくれたのは。」
「息子は父親を小屋の近くまで運んだの。これが写真よ。」
「なんてことなの!?それ私だわ。」
ジェシカは驚きで言葉が出ないと言う。
キムは続ける。
「まだあるわ。エッジヒルの戦いの前に彼は、オランダでも任務に就いてた。当時のオランダにはたくさんのメノナイトがいたの。」
ジェシカはこれら全てを覚えていて、いつも英国アクセントで話したがったのはそのせいかもしれないと言う。
リンジー伯爵は撃たれた時に馬に乗っていたが、ジェシカも馬が大好きである。
「乗馬用ブーツの記憶もあるって言ってたわよね。」
「だからだったのね、だってあれは兵隊用のブーツじゃないもの。膝まであってレザーだったから。」
キムは言う。
「自分が見つけた情報と娘の全ての記憶が一致したことは強烈でした。伝えた時の娘の表情を見たら、リサーチにそれだけの時間をかけた甲斐がありました。娘とより一層近くなったように感じます。」
ジェシカは言った。
「母のおかげで全て納得がいきました。私が男だったなんてとても不思議な感じだけど、欠けていた部分を見つけたような気分です。これこそ私が求めてた答えでした。全てが記憶と完璧にマッチしていて、自分はロバート・バーティだったのだと、名前や人生の詳細からピンときました。真実だと感じた時、自分の中で何かが鳴り響いた感じです。殻の中から抜け出して、とてもプライベートだったことを共有できるようになってきました。とても大きな意味がありました。」
前世の自分を特定できたおかげで、これまでの疑問に終止符が打たれた。大学生のジェシカは、同じような前世の記憶を持っているティーンエイジャーを探しているという。
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