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『プロジェクトμ』原版より(4)

 そのとき僕たちの町はまだ眠っていた。その日は、なにかが違っていた。なにしろ、夜空は星々の幾千もの輝きに埋めつくされて、とても賑やかな様子なのだから。犬小屋から夜空を見上げていた老犬が、瞳に星を映している。雨上がりの光沢をまとった夜の帳の下で、水気に曇った夜の地表の空気が心地良く辺りを湿らせて、気持ち良いくらいに涼しい。ずっと絶え間無く、車や工場の煙に覆われていた都会が、この日だけはみずみずしい生気でいっぱいにあふれている。犬は地べたに伏して背伸びをした。地面に生い茂っている草はいつもよりもいっそう青く、花の色は一段と鮮やかな様子だった。空気が生きとし生けるもののすべてにとって親密で暖かく、いまにも何か素敵なことが訪れそうな気配が漂っている。風が微笑んでいる。そして木々が歓びに震えている。そして鳥たちがいっせいに啼き、野山に住む獣たちが町の周りに寄り集ってきている。そうやってすべての命あるものが、あるいはまた、命なきものたちでさえもが、それを待っている。犬もまた、不意に何かに応えるように頷くと、それを出迎えに外に出てきた。やがて、糸を引いて落ちてくる真珠のようにそれはやって来た。そのときこの地域にいて、そのことに気がついていて、魂を持っているあらゆる者たちが見守るなかで、それは静かに地上に降り立ってきた。星々は、ただ黙って天の彼方から地上を見下ろしていた。


小説『プロジェクトμ』の原版で、1994年制作の
 小説『メトロループ ━━ META−EMBRYOLOGY』
                  より抜粋


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