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時の中で…


キャラクター紹介

「はぁっ……ドキドキだなぁ……」
「夏知希、落ち着いたら?」
桜が咲く、とある日の朝。二人の少女が学校に向かって歩いていた。
長い髪をツインテールにしている、砂野原桃奈。
肩につくかつかないか程度の髪の、桃奈の親友、南野夏知希(かじき)。
今日から中学生。とは言え、顔ぶれは小学生の時と変わらない。しかし、やはり初めての環境である。
「イジメにあったらどうする!?」
「今までのメンバーと大して変わらないじゃない」
「じゃあ、イジメの現場見たらどうするの!?」
「だから、考えすぎだって」
「桃奈、何があっても私たちは友達だよ!?」
「当たり前でしょ」
そう心配する夏知希とは裏腹に、クラスは一緒だったし、クラスの半分以上は見知った顔で、何事もない中学生活を送れそうだ。
「……ヤバイよ、桃奈」
入学式も終わり、帰路に着いている桃奈に、夏知希は呟いた。
「遠藤君、かっこいいよ」
「え、誰?」
「うちのクラスの出席番号二番だよ!」
「またか。ってか、知らないんだけど」
呆れ気味に呟く桃奈に対し、夏知希は騒いだ。
「転校生なんだって!めっちゃかっこよかったんだから!」
「……精々頑張って下さい」

入学から一週間後、当初の言葉とは全く違うことが起きていた。
午前の授業が終わり、ご飯にしようとお弁当を出そうとしたところで、夏知希がやって来た。
「桃奈!私、隣のクラスの下川君とご飯食べるから!じゃあね!」
夏知希はそれだけ言うと、すごい勢いで教室を飛び出していった。
「え?誰?」
桃奈のきょとんとした返事も聞いていないほどの速さだった。
その横を、同じくきょとんとした男子がぽつりと呟いた。
「なんだ?南野のやつ、どうしたんだ?」
「相摩……隣のクラスの下川君?とか言う男子とご飯食べるって」
「ふーん。じゃあ、砂野原。一緒に食べない?」
「構わないけど」
その返事に、彼は桃奈の向かいに座った。
ちなみに彼が、入学式の日に夏知希が騒いでいた、遠藤相摩(そうま)である。
夏知希が入学して三日程アタックしまくっていたので、一緒にいる桃奈と仲良くなった。

「で、桃奈と遠藤はどこまで進んだの?」
「は?何が?」
帰り道、突然の夏知希の言葉に、桃奈は素っ頓狂な声を上げた。
「だって、あんなに仲良いから、付き合っていてもおかしくないじゃん?」
その言葉に、思わず桃奈はじとりと夏知希を見た。
「あのね、夏知希がそれを言わないでくれる?誰のせいよ?ってか、そういう夏知希はどうなの?」
「え?え?聞きたい?ふふふ……今度!デートすることになりました!どう?桃奈も一緒に来る?遠藤つれて。ダブルデートとか憧れるんだけど!」
「勝手に言ってろ」
呆れた物言いの桃奈に、夏知希はめげずに続けた。
「えぇっ!?進展なしなの?そんなことないでしょ?……ああ、桃奈にその気はなし、か。でも遠藤はそうじゃないと思うんだけどなぁ」
「そんなことあるわけないじゃん。何バカなこと言ってんのよ」

数日後の昼休み、この日も夏知希はいないわけで……
「なんだ、砂野原。今日も一人で飯か?」
そして、やっぱり相摩と二人で食事となるわけで……
「ってゆーかさ、相摩。あなた、友達いないの?」
「はぁ?」
「だって、普通なら友達とご飯食べるでしょ?」
その言葉に相摩は驚いたように目を見開いた。
「え、何?俺と砂野原は友達じゃなかったの?それに、そんなことしたら、お前一人じゃないのか?」
桃奈はその言葉にムッとした表情をした。
「そんなことないわ!」
「はいはい、わかってるよ。まあ、いいじゃん。俺がお前と一緒に食べたいわけだし」
さらっと言ってのける相摩の言葉を聞いて、桃奈は顔を真っ赤にした。

その日の放課後、掃除当番で残った桃奈と夏知希の前に、帰ったはずの相摩が現れた。
「あ、いたいた!」
「相摩?どうしたの?」
「いやさ、渡したい物があるんだけど」
そう言って、相摩はごそごそとカバンを漁り始めた。それを見ていた夏知希は、にこっと笑顔で言った。
「うふふ。私、お邪魔みたいだから、あっちに行ってるね!終わったら呼んでね~!」
「えっ!?ちょっと、夏知希!?」
そう言いながら、軽快に去って行く夏知希を桃奈は呼び止めるが、彼女はその軽快さとは裏腹に、物凄い速さで視界から消えた。
夏知希が教室を出て行ったのと同時に、相摩はカバンから何かを出した。
「あっ、あったあった。はい、これ!」
相摩は桃奈の手を掴んで、何かを握らせた。
桃奈が手を開けば、そこには一つのペンダントがあった。
「え?相摩……これ……?」
「姉貴のお下がりなんだけどさ、結構高いものらしくて、捨てるにも捨てられず、だからってもう使わないとかで」
「そんな高いものもらえないよ!!」
「いいっていいって。姉貴に砂野原のこと話したら、『その子にあげなさい』って。姉貴からの命令だし、結構砂野原のこと気に入ってるみたいだぞ?」
「でも……」
「姉貴も喜ぶから、貰ってよ」
そう言いながら笑顔を見せる相摩を見て、桃奈は小さく頷いた。

「いいなぁ~」
さっきから同じことを連呼する夏知希。
「私でさえ、彼氏から贈り物なんてないよ。いいなぁ~」
夏知希はじぃーっと桃奈がつけているペンダントを見つめる。
「贈り物って言っても、相摩のお姉さんのお下がりだよ?」
「家族認定か。やるわね、桃奈」
「いや、話を厄介にしないでくれる?」
「桃奈はそうかもしれないけど、遠藤は絶対にその気あるよ!桃奈だって、遠藤のこと、嫌いじゃないでしょ?」
「いい奴だとは思うけど……ってか、夏知希はいつの間に付き合ったわけ?」
「えー、言ってなかったっけ?」
てへっと舌を出しながら笑う夏知希に、桃奈は「聞いてない!」と返し、二人でわちゃわちゃと話し始めた。
ペンダントが夕日に当てられ、光を放ったことに気付かないまま。

その日の夜、桃奈はベッドに腰掛けながら、貰ったペンダントを眺めていた。
トップの部分は菱形で、中に宝石らしきものが埋め込まれており、光の反射で色が変わる。色がころころ変わるそれは、見ていて飽きない。
桃奈は長い間それを眺めていたが、やがて机の上に置き、明日の仕度をし、ベッドに潜り込んだところで、先程のペンダントによって制止させられた。
「な、何っ!?」
突然光り出したペンダントに、桃奈は完全に目が覚めてしまった。
光が止むと同時に、そこには人がいた。いや、手の平より大きいぐらいなので、小人と言うべきだろうが。
それはふと目を開き、桃奈の姿を確認すると、にこっと笑って桃奈に抱きついた。
「私の名前はツクシ!セシーレ星から来ました!」
「え?な、何?」
訳がわからなすぎて、疑問しか浮かばない桃奈に対し、ツクシと名乗った彼女は気にも留めずに話を続けた。
「えっと……私ね、姫が亡くなったから、代わりの姫となるべき人を探すために来たの」
「姫?」
「うん。セシーレ星はね、姫が統治する世界なんだ。先代の姫・はこべ姫は、襲撃して来た魔王との戦いで死んでしまったの。私達の星は、姫の導きが無ければ滅んでしまう。でも、今は姫の跡を継げるような人がいないの。だから、はこべ姫の母君である大神官様は、この地球から代わりになる姫を探すように命じた。そして、私はそのペンダントに封印され、この地に舞い降りた。姫となるに相応しい人間以外には、封印が解けないようにしてね。つまり、あなたが姫として選ばれたってことね!」
「はぁ……って、えぇっ!!?」
桃奈はとんでもない声を上げた。
まさか、こんな非現実的なことに巻き込まれるとは思っていなかったのだから。一瞬だけ、このペンダントを寄越した相摩を呪った。

「……おはよ……」
結局、あれからあまり眠れず、桃奈は眠い目を擦りながら登校してきた。
「おはよ……え!?大丈夫?どうしたの?」
夏知希は訝しげな顔で桃奈を見つめた。
「いや……変な夢を見た、というか……」
「それで寝不足?」
「まあ……そんなところかな」
桃奈の曖昧な返事に、夏知希は面白くなさそうな表情をした。

「ツクシ、出て来てもいいよ」
桃奈はトイレの個室に篭もると、ポケットからあのペンダントを取り出した。
その言葉を聞いてか、ペンダントが光を放つと同時に、ツクシが現れた。
「んー……何か、窮屈だなぁ」
「我が儘言わないでよ。本当は置いてくつもりだったんだよ?それを、あんたが行くなんて言うから」
伸びをしながら呟くツクシに、桃奈は不満を述べた。
「そもそも、何で一緒に来るって言った訳?」
「あ……桃奈にはまだ話してなかったっけ。私、妹がいるの。まあ、私達妖精に家族なんてものないんだけどね」
「それなのに妹?」
顰め面で聞く桃奈に、ツクシも苦笑いを浮かべながら答えた。
「私と彼女の二人が、はこべ姫の側近みたいなもんだったからね。それで、はこべ姫が私達の事を姉妹みたいって言うから」
「妹分ってことね」
「そう!えみかって言ってね、根は優しい子なんだけど、ちょっと意地っ張りで」
嬉しそうに話すツクシを見て、桃奈も思わず笑みを浮かべてしまった。

帰り道。珍しく一人で下校中の桃奈は、自分の目を疑った。
家に帰る近道である、裏路地を歩いていると、目の前に制服を着た女がいた。長い髪を縦ロールに巻いた、漫画とかで見るお嬢様タイプ。
だが、驚いたのはそこではない。彼女の横に、ツクシみたいな妖精がいたからだ。
「ああーっ!!!えみかっ!!?」
いつの間に出てきたのか、ツクシはそう叫んだ。
その叫び声に反応し、彼女もくるりと振り向いた。
「……ツクシ?」
……有り得ない。こんなに都合よく、偶然が重なっていくものかと、思わず頭を抱える桃奈に、そのお嬢様風学生は近づいた。
「貴女にも、彼女が見えるの?」
「う、うん……まぁ……」
桃奈の返事に、彼女はほっとした表情を浮かべた。
「よかったわ。この変な生き物が見えるの私だけかと思って、精神科に行こうとしたぐらいよ」
「気持ちはよくわかるわ」
思わず、二人はぐっと握手を交わす。
一方で、桃奈の言葉に、ツクシは頬を膨らました。
「ええーっ!?そうだったの!?」
その言葉さえ無視し、彼女はくるりと背を向けた。
「あとは貴女に任せるわ。もうこんな非現実的なものはごめんだもの」
そう言って、彼女は足早に去って行ってしまった。
「あっ、待って!……行っちゃった。何だったんだろう、あの人」
「ほんと、失礼な人だね!姫候補の桃奈に向かって、なんて口を……」
突っ込むべきところはそこじゃないが、あえて何も言わない桃奈。
しかし、それを聞いていたえみかが口を開いた。
「え?じゃあ、この人がはこべ姫の……?」
えみかの問いに、ツクシはうんと頷いた。それを見て、えみかは桃奈に向かって、ゆっくりと頭を垂れた。
「えっと、まだ自己紹介してないですね。私はえみか。ツクシの義理の妹、とでも思っていただければ光栄です」
あまりの仰々しさに、桃奈はぎょっとして口を開こうとしたが、それよりも早くツクシが口を開いた。
「で、何であんなことになってたのよ?」
ツクシが顔を顰めながら聞けば、えみかは視線を落とした。
「偶々だよ。普通の人に見えないからって安心してたら、彼女には見えていたみたいで、捕獲されただけ」
「見えたってことは、彼女も候補に入るんじゃないの?」
桃奈の声に、ツクシはちっちっと指を振った。
「確かに、私達が見えるのは絶対条件。でも、姫としてふさわしいかは、その人の力量が関わる。彼女には、それが薄すぎたのよ」
「力量?」
「はい。この世界で言うところの、『霊力』みたいなものでしょうか?」
えみかの答えを聞きつつも、桃奈は首を傾げていた。
そんな桃奈の様子を気にも留めず、ツクシはぽんっと手を叩いた。
「さて……どう?セシーレ星に行ってみない?大神官様に会わせたいし」
ツクシの突然の言葉に、桃奈は口をぽっかり開けた。
「そうだね。それがいいよ!」
えみかはその言葉に賛同し、有無を言わさない状態で、桃奈は連れて行かれた。

始めて来た世界に、桃奈は唖然とした。
元々、栄えていたであろう都市は荒れ果て、生き物の姿など全く見当たらない。
「……こんなところに住んでる人なんているの?」
「みんな、宮殿に避難してるの。あそこは誰にも破壊することが出来ない、私達の神域だからね」
ツクシがそう答えながらやって来たのはその宮殿だった。彼女の言う通り、中には多くの人や動物たちが避難しているようで、ツクシ達の姿を見て頭を垂れた。
ツクシはみんなの様子に軽く会釈をしつつ、さらにその奥へと歩みを続け、一つの扉の前で足を止めた。
ツクシとえみかは、まじまじと桃奈の顔を見た。そして、ふと微笑む。
『ようこそ。姫に選ばれし人間よ』
その言葉を紡ぐと同時に、扉が開け放たれる。
中には、黒髪を一つに結った女性がいた。
「ようこそいっしゃいました。私は大神官を務める者です」
彼女は微笑みながら、桃奈に近づくと、桃奈の頬を包んだ。
「よかった。姫の後継者が見つかって。失礼ですが、お名前は?」
「……桃奈」
桃奈が震える口でそう呟けば、彼女の笑みは更に増す。
「桃奈様、ですか。素敵なお名前ですね。では、桃奈様。貴女に頼みがあります。どうか、この星を救っていただきたい。貴女が姫と言う任についてくれれば、それで世界を平穏に保つことができる」
その真剣な言葉に桃奈は一度目を伏せるが、すぐに凛とした表情で答えた。
「それは……出来ません」
「何故ですか!?」
「桃奈っ!?」
大神官とツクシの驚嘆の叫びが交わる。
桃奈はすっと目を逸らしたが、覚悟したように続けた。
「確かに、私は選ばれたかもしれない。でも、私にそんな力はない。自分に自信が持てない私が、世界を護ることなんて出来ない」
「そんなことは……っ!」
大神官は桃奈の両肩を掴んだが、桃奈の強い意志の瞳を見て、彼女は肩を落とした。
「……わかりました。……では、せめて、はこべに会っていただけませんか?」
「え?死んだんじゃ……」
「ええ。遺体に、です」

「この子です」
大神官に連れられ、やって来たのは宮殿の地下室。
棺の中で花に囲まれて眠る少女は、真っ白な肌に茶の髪がよく映える。とても死んだとは思えない。
思わず、桃奈が見とれていると、常に結っている髪が解けた。
振り向けば、大神官が桃奈の髪を結うリボンを解いていた。
「何を……?」
「貴女はよく似ているのです。娘に……」
そう言って、彼女は桃奈を抱きしめた。
「そんなこと、ないです。私は彼女みたいに綺麗じゃない」
「姿形だけではないですよ。その、謙虚な性格もよく似ている」
その言葉に黙ってしまった桃奈。
二人……いや、三人を包むのは静寂と暗闇。
だが、それを突き破るものがいた。否、やってきた。
「大神官様!!魔王がっ!!」
「何ですって!?」
彼女は桃奈を離すと、表情を歪めた。判断を決め兼ねるその姿に、桃奈は口を開いた。
「私が行く。私は姫になるつもりはない。でも、ここに来たのなら、何かしなきゃいけない。姫としての力が本当にあるのなら、何とかできるでしょ?」
その言葉に、大神官は目を丸くして、桃奈を見た。
大神官は反対したが、桃奈の決意を変えることはできず、ツクシとえみかを護衛に就かせ、桃奈を魔王の元へと送った。

桃奈が見た魔王とは、とても醜い格好をしたものだった。よく絵本とかで描かれるような、角が生えていて、醜い顔をした化け物。
思わず、眉を顰めた桃奈に対し、魔王は問うた。
「貴様、何者だ?」
「人に名前を聞く前に、自分から名乗るのが礼儀だと思うけど?」
声も醜いんだと思いつつ、自分の世界の常識が通じるかわからない、という気持ちを乗せ、桃奈は強気に言い放った。
それに、彼は憤慨し、桃奈に突進してくる。
桃奈を庇うように、ツクシとえみかが前に出たのを見て、桃奈は二人を庇おうとして手を伸ばした。と同時に、壁らしきものが現れ、三人を包んだ。
「……え?……嘘……」
「嘘じゃないよ!やっぱり桃奈は姫にふさわしい人物なんだよ!」
ツクシが思わず喜びの声を上げた。
「そうか。姫の跡継ぎか。ならば、殺すのみ!!」
魔王はそう叫ぶと、三人に向かって強烈な攻撃を仕掛けてくる。
小さい体のツクシとえみか、そして力の使い方を理解してない桃奈では、ただただ防戦を強いられる一方で、力だけを消費するのみだった。
やがて、魔王の強烈な一撃により、倒れてしまった。
「あぁ……ツクシ……えみか……やだ……目を、覚まして……」
魔王にやられ、倒れた二人を桃奈は手の平で包んだ。
「次は貴様だっ!!」
魔王は隙だらけの桃奈に向かって攻撃を仕掛ける。が、それと同時に彼女のペンダントが光った
その光を浴びた魔王はすごい悲鳴をあげ、数歩だけ身を下げた。
突然の出来事に驚きながら、桃奈が顔を上げると、彼女の前には死んだはずのはこべ姫が立っていた。
「な、んで……?」
「貴女を守りたい。そして、この戦いは私が終わらせたい」
はこべの強い意志を含んだ声が、その場に響いた。

激闘の末、はこべは勝利を手に入れた。
ただただ戦いを見守ることしかできなかった桃奈だったが、彼女は桃奈に近づくとにこりと微笑んだ。
そして、桃奈の腕に抱かれたツクシとえみかを指差し、優しく呟いた。
「彼女たちをぎゅっと抱きしめてあげて」
その言葉に頷き、ぎゅっと抱きしめると、二人は光に包まれ、ゆっくりと傷が癒えていく。
はこべは、その様子を満足そうに見つめると、「もう大丈夫」と呟くと同時に、うっすらと体が透けていった。
「待って!!行かないで!!」
桃奈は慌てて彼女を腕を引いた。
「桃奈……?」
彼女は驚いた表情で桃奈を見つめるが、すぐに彼女は消えてしまった。桃奈は何もなくなったそこを、ただただ抱きしめたままでいた。
「……行かないで。私より、貴女の方がみんなに必要とされているのに……。消えてしまってはダメなの……」
その言葉を、意識を取り戻したツクシとえみかが聞き、彼女らはそっと桃奈の肩に手を置くことしかできなかった。

暗い気持ちで宮殿に戻ると、突然誰かに抱きしめられた。
「桃奈!ありがとう!貴女のおかげよ!」
顔を上げれば、目の前にははこべがいた。
あまりの驚きに声も出ず、瞬きを繰り返すことしかできない桃奈達に対し、はこべは言葉を続けた。
「貴女の力が私を起こしてくれたのよ。貴女が私を引き留めた時、貴女の中にある姫としての力が私に流れ込んだの。その力のおかげで、私は失っていた力を取り戻し、目覚めることができたのよ!」
満面の笑顔でそう言うはこべの後ろには、大神官がいた。
「奇跡が……起きたのですよ。貴女がここに来る意味は十分あったのです」
「そうよ!全部、桃奈が来てくれたおかげ!ありがとう!だから、もっと自信を持って。私はいつも貴女の側にいるから。そのペンダントはその印。本当にありがとう!」
そこで桃奈の意識は途切れてしまった。

「砂野原!目、覚めたか?大丈夫?痛い所とかない?」
重たい瞼を上げれば、白を基調にした部屋にいて、目の前には相摩がいた。
「……え?……ここ、は……?」
「体育の時間に突然倒れたんだよ!覚えてない?」
「……体育?」
どうやらここは、保健室らしい。カレンダーを見れば、こっちの世界の最後の記憶とは違った日にちが写っていた。
桃奈は、動いてない頭を無理矢理回転させたが、「今までのは全部、夢だったのだろうか?」という疑問しか浮かんでこない。
「砂野原?大丈夫か?頭打ったとかじゃないよな?」
相摩に心配そうに覗き込まれ、桃奈はゆっくりと首を振った。と同時に、首にペンダントがかかっていることに気付いた。
思わず、それをゆっくり握った。夢でもいい。それがあるだけで、勇気を手に入れることができた、と思うことができるから。
そんな桃奈を見て、相摩は思わず桃奈の手をぎゅっと握った。
驚いた桃奈が彼の顔を見上げれば、顔を真っ赤にしながら声を上げた。
「あのさっ!その……今言うのもどうかと思ったんだけど……俺、砂野原のこと……っ」


それは、一人のあまり勇気がない少女の話。
春が終わる前に見せた夢に勇気を手に入れ、夢から覚めた後に待っていたのは……。



END

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