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海への願い

何もない、いつも通りの、平凡な夏休み……のはずだった。
それは、必然だったのか、偶然だったのかわからないけど、大切なことだったのは間違いないだろう。

茹だる暑さに寝苦しさを感じ、一度寝返りを打てば、体を支えてくれるものがなくて、私はそのままベッドから落っこちた。
それで目が覚めてしまい、支度をしようと階段を降り始めたが、そのまま踏み外して一階まで一直線に滑り落ちた。
「いったぁ……」と、盛大に尻餅をついたことによる強烈なお尻の痛みに、そのまま倒れ込んでいると、この暑さにも負けない元気な妹によって、蹴り飛ばされた。
「いった……ちょっと、何するのよ!里恵!」
「そんなとこで寝てるお姉ちゃんが悪いんじゃん!」
そう言って舌をべっと出す妹。
私、風吹奈美絵(ふうすいなみえ)は普通の中学二年生。新聞部に入っている。
そして、この可愛くない妹は里恵(さとえ)。小学四年生の、元気だけが取り得の妹だ。
不機嫌なまま時計を見れば、朝七時だった。
「こんな時間からどこ行ってたの?」
今帰ってきたばかりだと言う妹に問えば、「ラジオ体操」とあっさり言われてしまった。

「おーい!奈美絵ー!」
一通り支度を終えたところで、玄関から声がした。慌てて向かえば、いつもの顔があった。
「おはよう、夏果!」
奈美絵の声に、にこりと笑ったのは、青井夏果(なつか)。奈美絵と同じ新聞部であり、親友だ。
と、そこで奈美絵は、夏果の顔に違和感を覚えた。
「あれ?髪型、変えた?」
そう、今までストレートだった彼女の髪は、ふわふわとした可愛い感じのロールが巻かれていた。
「えへへっ、可愛いでしょ?」
「うん!とっても似合う!けど……慣れないな。夏果じゃないみたい」
「え?そう?大丈夫だよ!すぐ慣れるって!」
苦笑いを浮かべる奈美絵に、夏果はむっと口を尖らせた。
そんな他愛のない話をしていると、突然後ろから里恵の声が上がった。
「お姉ちゃん!学校行くの?」
「うん。部活だからね」
「じゃあさ、私も連れてってよ」
「は?」
奈美絵は素っ頓狂な声を上げてしまったが、里恵は顔を真っ赤にし、もじもじしながら答えた。
「だ、だってさ……わたる先輩に会いたいんだもん」
それに一瞬固まったが、ダメって言っても着いてくるんだろうなと思い、渋々と連れて行くことにした。
「はあ……しょうがないなぁ……わかったから、早く用意してきてよ」
「やったーっ!!ちょっと待ってて!!」

「おはようございまーす!」
奈美絵が元気いっぱいで部室に行けば、それにつられて部室にいた部員たちも元気よく返事をした。
奈美絵は辺りを見回すと、探している人物を見つけ、後ろからドンっと突き飛ばした。
「おっはよ!わたる!」
奈美絵の言葉に、大して驚きもせず、彼―倉嶋わたるは眼鏡を軽く上げながら振り向いた。
「ああ、おはよう。……と、里恵ちゃんもいるんだ?おはよう」
「お、おは、おは……おはようございますっ!!!」
わたるの挨拶に固まった里恵は、勢い余って物凄い挙動不審に挨拶を返し、奈美絵と夏果は苦笑いを零したが、奈美絵はそのまま奥にいる部長の元へと駆け寄った。
「部長、今日も学校内走りましょうか?」
奈美絵のその言葉に、部長である倉嶋タケキは眉を寄せた。
「当たり前だろ。ネタを仕入れるなら、自分の足を動かせ。夏果も一緒に行くんだろ?」
タケキは奈美絵の横にいる夏果に視線を向けた。それに気付いて、夏果は口許を緩める。
「もちろん!」
という返事を聞いて、タケキは少し考えてから口を開いた。
「それなら、お願いがあるんだけど……里恵の面倒は、こっちで見てやる代わりに、今日はわたるじゃなく、沙花子(さかこ)を連れてってくれないか?」
意外な提案に、奈美絵は少しばかり目を見開いた。
「え?……うん。それは、構わないけど……」
「よし。沙花子!」
タケキがそう叫ぶと、パタパタと黒髪の少女が現れた。倉嶋沙花子、倉嶋三兄妹の末っ子である。
彼女は奈美絵と夏果の前に出ると、ぺこっとお辞儀をした。
「風吹先輩、青井先輩、よろしくお願いします!」
彼女が律儀に頭を下げる姿を見て、奈美絵は慌てた。
「そんなにいろいろ教えられないと思うよ?出来る限りのことはするけど」
「まあ、そこそこに頼ってやれ。来期の副部長だ」
「えっ!?」
タケキの突然の爆弾発言に、奈美絵は物凄い声を上げた。
「え!?そうなの!?風吹先輩、すごいですね!」
「そんな話、知らないんだけどっ!?」
沙花子や夏果はそれぞれ言っていたが、奈美絵も引きつった笑いで「私も初耳」と述べながら乾いた笑いが出た。

校内を駆け回っていた三人に、一人の少年が駆け寄ってきた。
「あっ、風吹!事件、事件!」
彼はそう叫びながら、奈美絵の前で止まった。
「山田?どうかした?」
奈美絵は突然現れたクラスメイトに驚きつつも問うたが、彼は混乱していたのか、すごい慌てた様子だった。
「お前、新聞部だろ!?よっちんが校門の前で事故ったんだって!」
「よっちんが!?嘘!?」
「マジ、マジ!こっちだって!」
彼はそう言って走り始めた。『よっちん』って言えば、奈美絵たちのクラスの担任であり、山田が所属しているサッカー部の顧問でもある。
「よっちん!!!」
「ああ、風吹か……」
事故と言っても、軽い接触事故だったらしく、彼は擦り傷程度で済んでいた。
「……記事にしてもいい?」
本人に関わることなので、奈美絵は確認のために聞くと、本人はいつも通りの笑顔で言った。
「ああ、構わないぞ。こんなんで新聞部のお手伝いが出来るならな」
「いや、それ担任としての台詞じゃないでしょ?」
思わず夏果がツッコみが飛び、その場が一気に和やかな雰囲気になった。
部室に戻った奈美絵は、ぼーっと外を眺めていた。
「奈美絵?どうかしたの?」
普段より静かな奈美絵に気付き、夏果は不思議そうな表情を浮かべながら奈美絵に向き合った。
「いや……何でもない」
そういう奈美絵の表情は、いつもの明るさがなく、彼女は再び思考の奥底へと降りて行った。
先程の事故を見てから、『何か』が頭から離れない。でも、その『何か』がわからない。思い出せない。大事なことだったと思う。遠い遠い昔に、何か……。

気付いたら暗闇にいた。たった一人。『自分』という存在だけ。
そして、自分しかいないはずなのに、腹の底から響くような笑い声。それは、だんだんと姿を現していく。
「誰?」
「私はナツキ。時は来たわ。今まで眠っていた『闇』を蘇らせなさい、奈美絵。今日は、挨拶だけだけどね。また、会いましょう?」
彼女は、その綺麗な黒髪を靡かせながら、意味深な言葉を吐いて去って行った。
「っ!!?」
奈美絵は飛び起きた。びっしょりと冷や汗をかいており、時計に目をやれば、まだ朝四時だった。しかし、眠気が吹き飛んでしまい、再び眠りにつくことができなかった。

「おはよう……」
顔を真っ青にして部室に来た奈美絵を見て、タケキとわたるはぎょっとした。
「大丈夫か?」
「どうかした?」
それぞれ声を掛けたが、奈美絵は「大丈夫」と無理に笑った表情で答え、その直後にその場で崩れた。

「うぅ……わたる?」
「あ、目覚ました?大丈夫?」
わたるが奈美絵の顔を覗き込み、心配そうに呟いた。
奈美絵はすぐに、保健室のベッドにいるのだと気付き、思わず壁に掛けてある時計を見た。自分が部室に入った時間から計算すると、倒れてから一時間程経過したのだろう。
ゆっくりと上体を起こし、まだぼんやりしている奈美絵を見て、わたるは心配そうな表情を浮かべた。
「何かあった?」
「え?」
「奈美絵が倒れるなんて、今までなかっただろ?」
「昨日、あまり寝てなくて……。こんなこと言うの変かもだけど、ちょっと変な夢を見て」
俯きながら答える奈美絵に、わたるは腕を組みながら答えた。
「変な夢、か。奈美絵さ、昔から勘が鋭い方だったよね。なんか、異常なぐらいに」
「人を変人扱いしないでくれる?」
「そういう意味じゃなくて。なんか、予知夢とかそういう不思議な力かもしれないよ」
「予知夢って感じじゃなかった」
奈美絵の言葉を聞いて、わたるは立ち上がった。
「……よし、わかった。今日、部活終わった後、空いてる?」
突然の台詞に、奈美絵はわたるを見つめた。
「え?空いてるけど……?」
「今日は午前で部活終わりだし、昼飯は奢るからさ、付き合ってくれないか?」
「どこに連れてくつもり?」
「それは、行ってからのお楽しみってことで」
そこまで言って、わたるは満面の笑みを零した。

ご飯を奢ってもらった後、奈美絵が連れて来られたのは、大きな神社だった。
「え?ここに来たかったの?」
奈美絵が鳥居を見上げながら問いかけると、わたるは「ああ」と短く答え、先導するように歩き始め、奈美絵は慌てて後に着いて行った。
参拝を済ますと、わたるはお守りを一つ購入し、奈美絵に差し出した。
「はい、これ」
「え?私に?」
受け取りながら呟く奈美絵に、わたるは笑顔で頷いた。
「僕に出来ることって言ったら、これぐらいだから。まあ、奈美絵の第六感がこれぐらいで何とかなるなんて、思ってないけど」
茶目っ気たっぷりに言われ、奈美絵はむっと頬を膨らませた。
「それは余計な一言!折角、嬉しかったのに……」
その言葉に、「ははっ、ごめんごめん」と軽く笑うわたるに、奈美絵も笑みを返した。

その日の夜、ベッドへと潜り込んだ奈美絵は、貰ったお守りをそっと握り締めた。
効果があればいいなと思う一方で、とてつもない不安を感じていた。

同じ……昨日と同じ、真っ暗な闇の中。
奈美絵はとてつもない不安に襲われ、ぎゅっと握った手にはちゃんとお守りが握られていることで、現実か夢かわからなくなってしまった。
「何も……変わらないの?」
誰にも聞こえないぐらいのか細い声だったが、それを聞いている人物がいた。
「いらっしゃい。私の世界へ、ようこそ」
昨夜の少女が再び姿を現す。
思わず、奈美絵は祈った。今日貰ったお守りに。効果を発揮してほしい、自分を守って欲しい、と。
黙って手に力を込める奈美絵を見て、ナツキは口許を上げた。
「ねえ、そのお守り、信じてるの?そんなもので何とかならないって、ほんとはわかってるんでしょ?」
ナツキは楽しそうに笑うと、奈美絵に一歩一歩近付いた。
一方の奈美絵は、金縛りにあったように動けないでいた。
ナツキは奈美絵の目の前まで来ると、奈美絵の首へと手を置き、力を入れていく。
夢なのに……夢のはずなのに、奈美絵は息苦しさを覚えた。
「せいぜい、苦しめばいい。ゆっくりと、じっくりと……確実に追い詰めてあげる」
憎しみに支配された声で呟くナツキの声を聞きながら、奈美絵の意識は深くへと落ちて行った。
「っ!!?」
奈美絵は飛び起きた。体が酸素を求めるように、息を荒げる。
ふと横に目をやって、絶句した。
寝る前に握り締めていたお守りは、見るも無残な状態になっていた。あまりの不気味さに、鳥肌が止まらず、落ち着こうと水を飲もうとした奈美絵は、鏡に映った自分の姿に息を止めてしまった。
首元に残る、青い痣。それはもう、首を絞められたようで、夢で感じた恐怖が背筋を這い上がって来た。夢の中のことではないのだろうか。そう考えると、眠ることなど出来なかった。

今日から新学期だと言うのに、暗い顔で現れた奈美絵に、夏果とわたるは驚いた。何を聞いても奈美絵は無言のままで、二人は顔を見合わせた。
二人の「大丈夫?」という問いかけに、力なく笑みを返すだけ。連日の睡眠不足で、奈美絵の頭は回っていなかった。
しかし、寝るのが怖くても、睡眠は人にとって必要なものであり、奈美絵は新学期早々から寝てしまった。
「たすけて……」
か細い声が、暗闇から聞こえる。
声を上げる女は、奈美絵に背を向けていた。
「あなたは、誰?」
奈美絵の問いかけに、ゆっくりと振り向いた。その反動で、ふわりと黒い髪が揺れ、彼女の顔が見えた。
「え……ナツキ……?」
ここ数日の不眠の原因であるナツキと同じ顔をした少女に、奈美絵は胸が締められたような感覚に陥った。
しかし、ナツキよりもやや柔らかい雰囲気に、違和感を覚えた。
「私は、上村夏姫(かみむらなつき)。奈美恵、お願い。思い出して。そうすれば、全て解決できる。お願い……私を、助けて……」

学校から帰宅し、思わずベッドに身を投げた。昼寝をしてしまったとは言え、新学期早々先生に怒られて、疲れてしまったのもあるが。
ただ、昼寝で見た夢が頭から離れない。
ナツキだったはずなのに、不思議と恐怖は感じなくて、それどころか助けなきゃという使命感さえ出てきた。
教えてほしい。自分と彼女の接点を。一体、どこで交差しているのかを。
その晩見た夢は、再び憎悪に満ちたナツキが現れた。
「許さない……貴方だけは。苦しんで、苦しんで……そのまま、消えればいい」
そう罵声を浴びせてくる彼女の声が、暗闇の中で響いてた。

ふと目が覚め、寝ぼけ眼で起き上がった奈美絵は、自分の目を疑った。
「ああ……起きたんだ?」
ベッドの横に立ち尽くしていた里恵は、そう言いながらナイフを片手に持っていた。
「危ないでしょ!?」
慌てて取り上げようとした奈美絵に、里恵はナイフを向けた。
胸元数センチのとこで止まっている刃に奈美絵は冷や汗を流しつつ、里恵を睨みつけた。
「里恵……?」
「ふふっ……やっと来た。これで終わり。さあ、私の願いを叶えて!」
いつもと違う里恵に背筋が凍った。
飛び起きた勢いで家を飛び出せば、そこには夏果がいた。彼女はいつもの朝のように制服を着て立っていた。まだ、明け方なのに。
しかし、夏果までもが奈美絵に飛び掛ってきた。奈美恵は何とか避けると、そのまま走って学校へと向かった。
どう考えても夢なのに、感触も何もかもが現実のようで、夢か現実かもわからない。
やがて、辿り着いた学校で、奈美絵は息を飲んだ。こんな明け方にクラスメイト達が、ちゃんと揃っているのだから。そして、全員に睨まれ、追いかけられた。この世の全てが自分の敵になっているのでは、と思うような状況の中、必死で全員を撒き、トイレの個室に逃げ込んだ。
「どうなってんの?夢……だよね?」
現実逃避がしたくて、奈美絵はぎゅっと目を瞑った。
同時に、突然光に包まれ、奈美絵は目を開けた。
「ここは?」
真っ白な世界に目を見張ったが、すぐに白い靄は消えていく。だんだんと見えてきた世界に、奈美絵は再び目を大きく開いた。
小さい黒板、小さい机と椅子。そして、小さい頃の奈美絵と夏果。
「これは……小学生の時の記憶?」
幼い頃の忘れかけていた記憶。
過去の自分の隣には、夏果の他に誰かいた。黒い髪に、消極的な表情を携えた少女。それは、間違いなく、彼女だった。
「……夏姫?」
「思い出してくれた?」
突然聞こえた声に、奈美絵は振り向いた。そこには、夏姫が立っていた。
奈美絵は鮮明に蘇ってきた記憶に、ぽろぽろと涙を流しながら、ゆっくりと頷いた。
「うん……小学二年生の時に転校してきたんだよね。でも、それから数ヵ月後、事故で亡くなったんだよね?」
夏姫は静かに頷いた。
「ごめんなさい。ここ数日、夢に現れてしまって。だけど、今の私じゃ止められない。お願い、助けて。姉を」
「お姉さん?」
「姉も同じ事故で亡くなったの。奈美絵ちゃんとは一切関係はないはずなのに、姉は毎晩私の姿を借りて、あなたの夢に現れている。どうしてなのかは私もわからないけど……ただ、助けられるのは、奈美絵ちゃんだけな気がするの」
夏姫の言葉に、「ああ、だから同じ姿なのに、雰囲気が違ったのか」とぼんやりと考えたが、すぐに奈美絵は夏姫の手を取った。
「……夏姫、一緒に頑張ろう?お姉さん、助けたいんでしょ?私もあなたとなら解決できると思うから」
泣き始めた夏姫に、奈美絵は笑顔で答えた。それを見て、夏姫はさらに涙を零しながら、力強く頷いたが、待っていたように『ナツキ』が現れた。
「全く、べらべらと余計なことばっかり喋って。あなたは私の影に隠れていればいいものを」
そこにいたのは、夏姫と同じ顔の少女。
「あなたが、夏姫のお姉さんだったんだね」
「ええ。上村里美(さとみ)。夏姫の姉よ」
「今までのは、夏姫本人ではなく、彼女の体を借りてあなたがやっていたことだったんでしょ?」
「ええ、そうよ。あなたに会うには、夏姫の姿が一番最適だったから」
「何が、目的なの?」
奈美絵には、どうしてもそれだけがわからなかった。
「何が、ですって?あなた、当時夏姫と仲良かったわよね?なのに、忘れていく。それが嫌だった。夏姫のために何かしてあげたかった。それのどこが悪いの!?」
確かに、忘れていたのは事実で、奈美絵は反論できずに口を閉ざした。
「それに、夏姫はわたるのことが好きだったの。あなたは彼と仲が良い。あなた達二人に恋愛感情なんてないのは知っているけど、それでも……」
「お姉ちゃん!もういいんだよ。私は、お姉ちゃんがそんなことしてる方がつらい。お願い、もう私の友達を解放して」
夏姫はそう叫ぶと、奈美絵の手をぎゅっと握った。
「夏姫……?」
「私、奈美絵ちゃんのこと怒ってないよ。私のこと忘れていくのは悲しいけれど……でも、死んだこと後悔したって仕方のないことじゃない。むしろ、奈美絵ちゃん達には幸せになってほしい」
そう言って彼女は微笑んだ。それを見た里美はその場に崩れた。
「私が……間違っていたの?」
茫然とする里美に、夏姫は手を伸ばした。
「お姉ちゃん、逝こう。私達の居場所へ」
夏姫は姉の肩をそっと抱くと、ゆっくりと体が薄れていった。
「夏姫!」
「奈美絵ちゃん、お友達でいてくれてありがとう。私の分も幸せになって。みんなのこと、ずっと見てるから」

その言葉を最後に、彼女は姿を現すことはなかった。再び、奈美絵に平穏な日々が訪れる。何もない日常生活。だけど、それすらも尊い。
唯一変わったことがあるとしたら、奈美絵の部屋に、唯一残っていた夏姫との写真が飾られたことだろう。

終。

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