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もしドイツの太陽光と風力が2倍になったら?

ドイツ政府は2030年までに電力消費における再エネ比率を80%にするという大きな目標を掲げています。この目標の達成には太陽光と風力の増強が不可欠です。本記事では、ツイッターで見つけた素晴らしい投稿をご紹介がてら、書いていきましょう。

ドイツ政府の再エネ目標

現在ドイツ政府は2030年に電力消費に占める再エネ比率80%を目指しています。その鍵となるのは太陽光と風力の増強であり、ドイツ政府の目標は以下のとおりです。

2030年までの再エネ増強目標は太陽光が3.3倍、陸上風力が2倍、洋上風力が3.75倍、合計2.75倍です。
また制御可能な再エネ電源として現在バイオマスが9.4GW、水力が5GW程度、揚水発電は10GW程度あります。また地熱発電は今のところほとんどないですが数GWくらいは加わるかもしれません。

この目標が時間軸として達成可能かはひとまずおいておいて、これくらい増やすと再エネ80%を達成できます。

残り20%はガス火力で

再エネ80%を達成するということは、残りの20%は別の電源を使うということです。
ドイツではこの20%はガス火力が担います。2030年時点ではほぼ天然ガス、2040年ころには水素が大勢を占めるという見通しです。

そのため、ガス火力の設置容量は2030年までに20GW増やして今の30GWから50GWに増やすことを目指します。また、揚水発電は発電の持続時間が短いので、長期のkWh不足の対策としては弱いこともあり、2030年に石炭全廃達成にはガス火力をさらに10GW積み増す(新設合計30W→合計60GW)ほうがよいという声もあります。

そうすると2030年に石炭を全廃した場合でも制御可能な電源が75GW-85GW程度存在します。ドイツのピークロードが80GW程度なので、ガス新設を20GWにすると5GW程度不足する見込みです。

とはいえ、ガス火力を計画どおりに建設することは難しいと考えます。もちろん今後のDR、蓄電池の普及によっては揚水との組み合わせ次第で2030年石炭全廃も全く不可能ではないですが、リスク管理の観点からはおそらく難しいだろうと思います。

再エネの導入状況

というわけでドイツの2022年現在の発電容量は変動性再エネが131GW、制御可能な再エネ電源が25GWくらいあります。
そして2022年の公共系統を流れた電力のネット発電量に占める再エネの比率は49.65%とほぼ半分でした(自家消費なども加えたネットの発電量では44.44%でした)。
統計を計算している機関によって若干の差はありますが、だいたい46-48%が再エネと考えればよいでしょう。
ちなみに原発を準国産とすると国産(再エネ+褐炭)と準国産の電源の比率はネット発電量の70%、系統を流れた電力で78%くらいになります。
また、Energy Chartsによるとネット発電量に占める再エネの割合は以下の通りでした。

太陽光:10.60%
陸上風力:17.94%
洋上風力:4.5%

以上を頭に入れながら以下の図を見てください。
この図は2022年の系統電力需要から太陽光と風力の給電量を差し引いた残余需要の大きさを1コマ15分でプロットしています。

需要ー(太陽光+風力)=残余需要
Credit:@KellnerTobi


ドイツは12月頭(図の右の端の方)にDunkelflaute(曇天無風)の状態が続いたことが話題になりましたが、それ以外の時期ではいわゆるDunkelflauteは発生していないことが見て取れます(年初も比較的長い時間太陽光と風力の発電量が少ない時間帯はありますがこちらはDunkelflauteと呼べるほど発電量が少ない時間帯が連続することはなかったようです)。
残余需要の計算にはバイオマスなどの再エネは含まれていないので、改めて再エネ全体で見た場合、需要に占める再エネ全体の比率は以下の図に示したとおりで、最も低い日が18.4%、20%を切ったのは1年で4日間でした。

需要に占める再エネの比率(日ごと)

つまり再エネの発電量がまったくない日というのはなかったということです。
仮にバイオマス、水力、揚水があわせて20GW(80%くらいの負荷率)だったとすると1つ前の図で青色から白いところは再エネだけでほぼ賄えることになります。(褐炭、石炭のほうがバイオマスよりも安いケースもあるので、実際に再エネ100%になるとは限りません)

では、太陽光と風力が2倍になったら?

Tobi Kellner氏はさらに2022年の太陽光と風力の発電量が2倍になったら?という図も作成してくれています。

需要ー2x(太陽光+風力)

これを見ると、年間の結構な時間で残余需要がマイナス、つまり電力余剰が発生することがわかります。また特に夏はそれが昼の時間に集中していることがわかります。逆に冬から春先は数日電力余剰が続く状態のときもあります。
しかも20GW以上と大量に余剰が発生する時間もあります。

バイオマス、水力、揚水が20GW発電すると考えると、白い帯の時間帯も再エネだけで電力が賄える時間になります。
つまり太陽光と風力が今の2倍になると、年間の相当程度の時間で電力が余ることになります。彼の投稿には残余需要が0以下のコマ数が書かれていないので全体に占める比率はわかりませんが、仮に電力余剰が発生する時間が年間の半分とすると、年間4300時間以上卸価格が0セント以下になる(ネガティブ価格)になるということです。日本だと年間の半分の時間でJEPXで0.01円になるということです。

ここで話をすごく単純にするため、容量が2倍なら発電量が2倍になるとすると、この図のときの発電容量は以下のとおりです。


再エネ比率が80%のときの変動再エネの容量が360GWと想定されているので、すごく単純に考えると再エネ比率が65%程度のときが上2つ目の図だと考えられます。(実際には風車や太陽光の発電戦略、設計が変わってくるのでここまで単純にはなりません)

再エネ80%の世界ではさらに青から白色の部分が増え、年間の3分の2近い時間帯で卸価格が0セント以下になります。

曇天無風状態は必ず発生しますが、他方で再エネ比率65%になると非常に多くの時間帯で電力が余ることがこの図から読み取れます。(ちなみに現在は再エネ比率が50%なので、電力余剰の発生する時間がここから加速度的に増えると考えられます)

ドイツがベースロード電源よりもピークロード電源(とはいえベースからピークまでをカバーできるので≒柔軟性の高い電源と言ったほうがいいでしょうけど)を重視している理由がおわかりいただけると思います。

ベースロード電源は支援が必要になる


再エネ65%の世界でも相当の時間にわたって卸価格が0セント以下になるということは、ベースロード電源は少なくとも

(卸価格が発電コスト以下の時間帯の合計×発電コスト)-(年間の売上合計)

の支援を受け取らないと採算が取れなくなるはずです。

仮にベースロード31GW(22年の最低需要量)を原発などで賄うとするとどうでしょう。

ここではすごく単純に

電力余剰の時間帯の発電量の合計×発電コスト

を支援すると考えます。つまり卸価格がネガティブ価格の時間帯に発電コストを補填する仕組みです。

ドイツの系統には常時発電可能なバイオマスや水力もあるので、原発の容量を将来20GWまで高めるとします。
原発の発電コストを100ユーロ/MWh(最新の原発のコストよりちょっと低めくらい)とすると、再エネ65%の世界ではネガティブ価格の時間(年間の半分)だけ発電コストを支援するだけでも毎年87億6000万ユーロ(今のレートで1兆2430億円)くらいかかります。再エネ80%の世界だと115億ユーロ(1兆6300億円)くらいかかります。

仮に新規の原発が60年稼働するなら、支援総額は60年分で最大6900億ユーロ(98兆円)になります(単純に減価償却が終わった後でも発電コストは変わらないとします)。ベースロード電源に下駄を履かせるのであれば、0セント以下の時間の発電コストを補填するとして相当のコストがかかることはわかると思います。

これだけのお金があれば系統や蓄電池や水素ガス火力のピークロード電源がそれなりに整備できるのではないでしょうか?

ちなみにこれまで再エネ賦課金から再エネ電源に支払われたのが合計で3150億ユーロ(44兆7060億円)くらいです。

もちろん再エネも今後も支援が必要ですし、実際は原発自体の柔軟性を考慮したり、多様な取引形態やP2Xなどの新しい収益源も出てくるので、必ずしも支援だけで6900億ユーロ必要ということにはならないでしょうが、ベースロード電源の維持にかかるコストは意外と小さくない可能性はおわかりいただけると思います(このブログ記事の前提がすごく雑なのは否めませんが…)。

もし維持費を支援しない(市場などから稼いでもらう)とすると、制度としてネガティブ価格の時間を減らすことが効果的です。
セクターカップリングなどで吸収する手もありますが、政治的に手っ取り早いのは再エネの開発を抑制することです。つまりベースロード電源を残す以上は再エネをどんどん入れるというわけにはいかなくなります。

再エネ+柔軟性を支援するか、ベースロード電源を支援するかは各国の事情によるのでどちらが良いという答えがあるわけではありません。とはいえ、ドイツが再エネ+柔軟性を選んだことにはそれなりにきちんとした考えがあるわけです。

まとめ
ドイツは2030年までに再エネルギー比率80%を目指しており、太陽光と風力の増強がその鍵となっています。再エネルギー導入には課題もありますが、バイオマスや水力、揚水などの補完的な発電手段を活用することで電力不足のリスクを軽減することができます。ドイツ政府が再エネルギーと柔軟性を重視する背景には、ベースロード電源の支援コストや市場の変化を考慮した経済的な側面があります。再エネルギーの導入には時間と投資が必要ですが、持続可能なエネルギー供給に向けた重要な一歩と言えるでしょう。


カバー写真はさがみこファームのソーラーシェアリングです。本文とは特に関係ありません。ごめんなさい。

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