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太陽光発電の再考:供給過剰への解決策

興味深い記事でした。Business Insider(BI)の英語版、日本語版、元ネタのSEBの記事も参考にしながら、私の理解をまとめていきます。(トップ画像はChatGPT作)

この記事は特に23年の太陽光の大量導入によって生じたカニバリズム問題が今後悪化し、太陽光発電事業者の収益を悪化させることで太陽光発電の導入が急停止することを危惧しています。
SEBはグラフを使いながらこの問題を詳しく解説しています。

以下では、この2つの記事の要点を示して、個人的なコメントを添えたいと思いますが、その前にBIの記事は無料ログインしないと読めない部分に結構大事なことが書かれてあります。無料でも読めるのでまずそれを引用します。(私の引用は英語版を訳したものです)

需給の不均衡はドイツにとって新しい問題ではないし、ドイツだけが経験していることでもない。ロシアがヨーロッパへのエネルギー供給を停止したため、昨年のヨーロッパ市場は太陽光発電設備の設置に躍起になっていた。
ヨーロッパのグリーンエネルギー供給過剰は、風力と原発の拡張ともあいまって、さらに拡大し、過去にも卸価格がマイナスをつける事態を引き起こしている。
実際には、消費者は生の市場価格を支払っているわけではないので、電気を使用してもネガティブ価格分が払い戻されるわけではない。一般には料金は通常、事前に合意された水準で固定されているためだ。

https://markets.businessinsider.com/news/commodities/solar-panel-supply-german-electricity-prices-negative-renewable-demand-green-2024-5

要は、カニバリズム問題は柔軟性が低い系統ではどこでも起こり得る問題だということに加えて、ネガティブ価格の課題を解消するためにはDRの恩恵がより大きくなる制度の整備も必要だということです。

BIの記事の分かりづらいところ

正直、BIの記事は英語版も日本語版もわかりづらい点があります。

太陽光発電のピーク時には、生産者は過去10日間で87%の価格引き下げを行っている。

https://www.businessinsider.jp/post-287643

これは、太陽光が発電する時間帯と発電しない時間帯の卸価格を5月の10日間で比較すると、発電する時間(お昼)の卸価格は9.1ユーロ/MWh、しない時間(朝夕夜)の価格70.6ユーロと比較すると13%だったということです。
価格を引き下げたのではなく、約定価格が低かったということです。

実際、市場のエネルギー価格はこの時間帯にマイナスに落ち込んでいる。

もちろんずっとマイナス価格ではないので、太陽光発が発電している時間帯には卸市場がマイナス価格に落ち込むコマもある、ということです。

ドイツにおける2023年の記録的な太陽光発電導入の波は、電力の在庫が消費を上回ってしまうという価格「破壊」の原因となっている。
「2023年末までに太陽光発電の総発電容量は81.7ギガワット(GW)に達したが、需要量は52.2GWにしかならなかった」とSEBリサーチの商品アナリスト主任のビャルネ・シールドロップ( Bjarne Schieldrop)は指摘する。

ここは誤解を生みやすい表現で、太陽光だけが供給過剰(BIの記事では在庫やinventoryと書かれていますが、正確には自家消費を除く系統への給電量)の原因ではありません。BIの記事ではまとめ部分で言及されていますが、柔軟性の低い太陽光、風力、原発(ドイツでは褐炭も)、夏の需要低迷などが組み合わさって供給過剰は発生します。

BIの記事の「需要量」は不正確でSEBの記事では、系統負荷の平均(Average German demand load)と書いています。
いずれにしても、ドイツの23年の太陽光発電の系統給電量は最大時でも47GWであり、平均負荷には届いていないので、やはり太陽光発電が増えたことだけが問題ではありません。

とは言うものの、23年と24年のデータを見ると、太陽光が夏季の卸市場にもたらす影響はかなり大きいと言えます。

SEBのグラフを引用すると、太陽光が発電する時間としない時間の価格差は、5月に向かって大きくなり、すでに述べたように、発電する時間の卸価格は9.1ユーロで、しない時間の13%しかありません。ちなみにドイツの事業用太陽光の発電コスト(LCOE)は50ユーロほどと言われるので、そのままでは赤字です。というか、すべての電源で赤字です。フランスの原発でもここまで安くはないでしょう。

https://research.sebgroup.com/macro-ficc/reports/49776

SEBは、ドイツの太陽光の発電量の80%は全体の22.3%の時間(1930時間)に限られており、特に夏の数時間に集中している点を特に問題視し、補助金やPPAがないと太陽光発電の拡大は止まると警告しています。

また、事業者側の解決策はバッテリー、送電系統などのインフラ投資、DR活用であり、今後の投資の焦点はそちらへ移行していくと述べています(SEB記事では「Focus will now shift」)。

解決策は太陽光発電の成長を止めることか?

明示的に書かれていないのですが、BIでもSEVでも解決策の1つが、電力を「無料(free)」で使えるようにすることだと考えているようです。

系統やバッテリーへの投資はやがて、卸価格が0以下の時間帯を食いつぶし、卸価格は上昇に転じて再び太陽光の容量増加につながると書かれています。「逆カニバリズム」の発生によって問題は解消に向かうということでしょうか。

実際には、記事が指摘するように消費者の多くは年間価格固定で契約している、託送費などがかかるので、卸価格が0になるくらいでは電気代単価は0になりません。

本当に無料で電気を使えるようにするには、時間帯別託送費などの制度改革が必要ですが、投資先の変化と制度改革が組み合わせれば逆カニバリズムを意図的に導けるという点は、規模がどの程度は別として十分あり得ると思います(実現は簡単ではないでしょう、念の為)。

発電事業者目線でできること

太陽光発電への投資家としては、投資を辞めるということも選択肢でしょうが、ドイツ政府の目標は年間22GWの新規導入であり、太陽光導入は加速させなければなりません。政府目標に応えようと思うと、投資の考え方を改める必要があります。

解決策の1つが、設備設計を変えることです。

以下の図は、太陽光発電設備を南向け(黒線)、東西に垂直(緑線)、南北に垂直(青線)で建てたときの典型的な発電プロファイルで、点線は3つが同量導入された時の合計発電プロファイルです。

https://x.com/JomauxJulien/status/1775961982652272659

これを見ると、3つを組み合わせると、発電は朝の需要ピーク時と15時ころに最大になり、全体の山もならされたものになります。

これによって、太陽光発電の収益性は大きく変わります。

例えば朝のピーク時に売電できれば、卸価格は9.1ユーロではなく70ユーロかそれを超えます。太陽光であれば20ユーロ/MWhの利益を出すことも可能です。

また、発電時期を夏から冬に移行できると、これも収益性改善につながります。

夏であれば、太陽光が発電する時間帯は発電しない時間帯の13%の約定価格になりますが、冬であれば120%つまり、太陽光が発電する時間帯のほうが約定価格が高くなります。

こうした考え方をもとに垂直太陽光発電を進めているのがNext2Sunなどの企業です。

また、バッテリーを併設してピークシェイビングし、電力販売のピークを太陽光発電のピークから数時間ずらすだけで価格が8倍近く高くなります。

バッテリーのコストは急激に下がっており、太陽光のLCOEが30ユーロ半ば、バッテリーが1MWhあたり20ユーロ切ることができれば太陽光の収益性はかなり魅力的になります。ドイツではまだ太陽光+バッテリーで1MWhあたり70ユーロを切る設備は少ないと思いますが、10年以内にこのような設備は増えるでしょう。

さらに、現在、太陽光発電を牽引しているのはバッテリーと組み合わせる自家消費モデルです。家庭の自家消費モデルは、卸価格ではなく、小売価格との比較になるため、カニバリズムが発生しません。しかも特に家庭の場合は、系統電力の小売価格よりもかなり抑えることができ、現在の普及を牽引するセクターになっています。

ドイツで最大規模の資金調達をしているエネルギースタートアップに家庭向け太陽光発電システム販売・リースのスタートアップがいますが、そうしたことが背景にあります。

個人的には、全量を卸市場で売電するような太陽光発電事業者は絶滅危惧種であり、太陽光の成長が急停止する可能性はあまり高くないと思います。

太陽光以外への投資

太陽光以外への投資も重要なのですが、こちらも市場は拡大しつつあります。図は蓄電池の新規設置量の推移です。

https://www.energy-charts.info/charts/installed_power/chart.htm?l=en&c=DE&legendItems=2w2w9&year=-1&expansion=installation_decommission

さらに、ドイツ長年の課題だった系統整備ですが、こちらも連邦ネットワーク庁によれば24年後半から増えることが見込まれています。

https://x.com/Klaus_Mueller/status/1765809702976262603

2030年代前半までに系統整備が進むことが期待されており、柔軟性の低い電源にとっては特に重要になるでしょう。

そもそもこうした事態は自明のこと

太陽光の急激な成長はカニバリズム問題を悪化させており、懸念されています。しかし、エネルギー転換はそうした事態をそもそも想定しているものです。

原発を廃止するドイツや、維持するイギリスの検証でも明らかですが、系統を2050年までにクリーンにするのであれば、従来タイプの電力需要のみとの取引を想定すると、年間の3分の2くらいは卸価格は0以下になります。

そして、ドイツのエネルギー転換の専門家はそれをわかったうえで、エネルギー転換によってトータルのエネルギーコストが低い社会を実現するシナリオを描いてきました。発電事業者や小売事業の存在感はどんどん小さくなり、プロシューマーとエネルギーメディア(媒介者)が当たり前の世界です。

そうした社会ではこれまでよりも賢く、より安いエネルギーを使うことが戦略の要になります。

理論上はこうしたシステムの転換により、ネガティブ価格の発生がネガティブ価格を抑制し、結果的に卸価格が上昇して太陽光発電投資を再び活性化することも可能でしょう。

つまり、太陽光発電を設置しすぎたから設置を減らすのではなく、それにあわせた制度改正によって太陽光発電の設置ペースに電力システム改革の足並みを揃えることが重要とも言えます。

とはいえ、エネルギー転換をよく知らない人たちや、日々の生活や事業で精一杯で将来のエネルギーコストの推移とそこでの勝ち筋を考える余裕のない人や企業にとっては、エネルギー転換は地殻変動であり、ついていくのが難しいシナリオです。このまま制度改正が遅れれば、富裕層以外は取り残されるリスクは決して小さくありません。

これまで、ドイツのエネルギー転換の専門家は、このような移行期の課題を軽視しすぎたという問題があります。素晴らしい社会のビジョンだからみんな理解し、喜んでうけいれるはずだという錯覚がありました。転換から取り残される人をむしろ馬鹿にするような空気があったと言わざるを得ません。

日本はどのようなエネルギー、電力システムへ移行するにしても、移行期の課題を楽観視し、取り残される人をばかにするようなコミュケーションは絶対に避けるべきです。

最後に

この記事では、ドイツの太陽光発電の導入が供給過剰を引き起こし、電力価格がマイナスになる「カニバリズム」問題を取り上げました。

これにより、太陽光発電事業者の収益が低下し、新規導入が停滞する可能性も指摘されていますが、すでに、解決策として、バッテリーや送電系統への投資、DRの活用、太陽光の設計の改善が重要なことを示しました。

とはいえ、この問題をどう見るかで、解決策はかなり異なることもわかると思います。

お読みいただいた方には、ただ太陽光に反対するのではなく、簡単ではないが、制度やインフラの改善を通じて持続可能な成長を目指す道もあるということも知っていただけると幸いです。

ありがとうございます!