見出し画像

それならそれでユートピア8(友達の死と情報収集)

「なんだか疲れたなぁ」
「2人とも必要以上に声がでかいんだよな」
「しかもな、人の話を全然聞かへんやろ?あれはあきまへんで」
「会話というものを知らない田舎者だね、ありゃ」
「奈良の田舎もんだな」
「うるっさいわ。おれの悪口は言ってもええけど奈良の悪口はいうなや、あ、おれの悪口も言うな!」
「あとさ、会話の最後にグフって言うだよね」
「そうそう、なんなんだ、あれ?」

気をとりなおして入った居酒屋はこれまた名古屋めしとは全く関係ない渋い居酒屋だった。これといってなんの変哲もないと思われた赤提灯のその店内は老若男女で溢れかえり、隣の席がものすごく近い。ナチョスには若干窮屈そうではあるが、とにかく、地元の民が集う人気のお店のようだった。

「瓶ビールとコハダ酢、ポテトフライ、あとハムエッグ」
ナチョスはあらかじめ考えていたかのようにスラスラと注文と執り行った。

「どーするよ、明日?」
「明日の心配より、今日の酒だろ、サトシは」
「ナチョス、なにか計画あるのかよ」
サトシは心配性だ。

「とりあえず、明日のうちに新宮に着く。今日はたくさん飲む、以上や。そんな深刻に考えるな」
「なんだよそれ!」
「新宮に着いたら地元の飲み屋で新宮の名産を肴にして宝のありかを探す調査をするんや。どうや!すごいやろ、ワシの計画性」
「お前、飲みたいだけだろ」

隣の席ではサラリーマンの2人が少し神妙に話していた。
「こないだ、昔からの知り合いの女友達が死んじゃってさ」
「若いんすか?」
「オレと同じ年なんだけど、突然死ってやつだわ。その子、3年前にガンを患っていて長い間入院していたんだけど、去年復活してまた飲めるようになって、その後ちょいちょい飲んでいたけど、その子の妹から死んじゃったって連絡があってさ」
「そうなんすねー」
「20年くらいの付き合いで2~3回くらい身体の関係もあったけど、別に付き合うって感じでもなく。ふらーっとどこかへ行ってしまうとしばらく連絡が来ないタイプなんだけど、忘れた頃に、飲みすぎて帰れないから泊めてくれって連絡があったりして、んで2泊くらいしてまたどっかに行って、、みたいな。三丁目の夕日の茶川さんとひろみみたいな感じだやね」
「わかんねーっす」
「一緒にいて居心地は悪くないし仲もいいんだけど、お互い無関心でさ。友達以上恋人未満みたいな関係なんだけど、付き合うという前提が双方にないから絶対に恋人にはならないという、わけのわからない関係で。なんだか面白いやつだったんだよね。んで、そういう人が亡くなるって、家族や友達、恋人が亡くなるのと違っていて、悲しくないわけでもないけど、めちゃくちゃ悲しいという感じでもなくて、今までに感じたことのない例えようない不思議な感覚なんだよな。また普通に連絡が来そうだし」
「そうなんすね」
「んでさ、ドラマなのがさ、そいつは20年前にずっと好きだった人がいたらしいんだけど、その人とは上手くいかなくってその後連絡は絶ちつつも、その人のことを引きづりながら生きていたんだって。ほいで病気で誰とも連絡を取らない時期を経て、久々にオレに連絡してきて、たまに飲んでたんだけど、最後に会ったときにその彼と最近連絡を取るようになって、その後その人と再会して実はこないだやっちゃったんだよねって嬉しそうに言っててさ。その男、舞台の俳優さんやってんだけど、その舞台を見に行ってハネたあとにそいつんちに泊まった翌朝に、そいつの隣で死んじゃったんだってさ」
「へー、ドラマっすね。なんか病気のあとに阪本さんに連絡が来たのもなんか運命的っすね」
「知らないところで生きていて連絡もとってない知人って、よく考えたら自分にとっては生きているのか死んでいるのかわからない存在なのかもしれないんだけど、葬式に行って、あー死んじゃったんだなって初めて気づくんだよなぁ」
「ま、彼女にとっては幸せな死に方だったかもしれないっすね」

若いほうの男性がメニューを取ろうとした瞬間に割り箸立てに手がぶつかり、3人のテーブルに落ちそうになった箸立てを雄二が見事にキャッチした。

「すみません」
「すみません」
2人が謝ると
「大丈夫やで。うちのリーダーは反射神経だけはいいんで。こんだけ席が近いと色々聞こうとしてないけど聞こえてきましたが、お友達が亡くなったそうですな」
「そうなんです」
「しかも結構ドラマッチックなお話ですよね」
サトシが言った。

「そこまで聞こえてましたか。そもそも大半の人は異性とこういう関係性になることが少ないと思うので、あまり共感出来ないかもしれませんが、なんか悲しいというより不思議な気分なんですよね・・・」
「そういえば、新宮に行くって言ってましたよね?」
こちらの3人の話も聞こえていたらしく、後輩の根津が口を開いた。

「おー、そちらにも聞こえておりましたか。すみません、こいつが騒がしくて」
ナチョスはサトシの肩をパンチした。
「痛っ!やめろ、うるさいのはナチョスだろ!!」
「新宮には観光?仕事?」
笑いながら阪本が聞いた。
「いや、ちょっと宝探しみたいなもんですわ。ひょっとして新宮に詳しいですか?」
「去年まで新宮に仕事でいたので多少はわかりますよ」
後輩の根津が答えた。

「ほー、それは助かりますな。せっかくだからお近づきのしるしにテーブルをくっつけて一緒に飲みませんか?会計はうちらが持ちますんで」
新宮の情報を欲しがっていたサトシは雄二の金を使って早くも情報を引き出そうとしてた。

「いやいや」
阪本が丁重に断ろうとするものの、ナチョスの
「全然気にしなくてええですよ。ボクら怪しい者じゃないんで。この人の家、めちゃくちゃ金持ちなので好きなだけ飲んじゃってください、すみませーん、このテーブルくっつけていいですか?会計はこちらでいいんで」

どう考えても一番怪しいビジュアルのナチョスは強引はテーブルをくっつけて、5人は一緒に飲み出した。

ナチョスがひとしきり平家の宝探しの話をすると、根津が
「向こうにいるときはそんな話を聞いたことはないのですが、本当にあるんでしょかね?」
と聞いた。
「そうなんすよ、こいつの情報はいつもいい加減で」
サトシが相槌を打った。
「いや、これはかなり信頼度の高い情報なんですわ。博物館で働く知り合いのお墨付きでっせ」
ナチョスが小声で言った。

「なんなら一緒に行きますか?」
サトシが誘うと
「いや、ボクら普通に仕事なので・・・」
とあっさり断られた。
「ま、そうだよね。じゃ、今日もあんまり飲めないんですね」
雄二が尋ねると
「いや、酒だけは飲みます」
と2人は言った。

どうやら2人ともなかなかの酒カス野郎だった模様。

他愛もない話をしながら閉店まで5人は飲んだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?