それならそれでユートピア4(巧妙な罠)
翌日のお昼、ナチョスが雄二の家に行くと雄二はオレンジジュースを飲んでいた。
「お前、昨日サトシに具体的な話をしてなかったけど、大丈夫なのか?」
「大丈夫ですわ。こっからですよ、本番は。まぁ見ててください。ひとまずは雄二さんの車でサトシの家に行きましょ」
ガレージのドアを開けるや否や雄二が
「マジか!!」
と声をあげた。
「そーいえば、親父も兄貴も今日車使うって言ってたな。よりによって残ってんのがこんな車しかないのか・・・」
そこには派手なアメ車の真っ赤なオープンカーが停まっていた。もう目も当てられないくらい無駄な派手さ、そして今の時代とマッチしていない燃費の悪そうなサイズ感だった。
雄二はマジかと小さい声でもう一度言った。
「ええんやないですか。これくらい派手なほうが。コーラの缶みたいな色ですね。しかしこれは目立ちますなぁ。これどうしたんですか?」
「親父が大昔買って、今でも手入れしてたまに乗ってるみたいだわ」
「ほー、あの親父さんがね。なかなかやりますねぇ」
「昔はこの車でブイブイ言わせてたみたいよ。でも普通に出かけるときは乗らないんだわ、恥ずかしがって」
「まぁ、もう良え年のおじいさんですもんね。でも、ボクみたいなおデブちゃんはこれくらい広いサイズのほうが助かります・・・って誰がデブやねん!」
ナチョスのノリ突っ込みを無視して雄二のは肩を落としながら運転席に乗り込むと、ナチョスは後について助手席に乗り込んだ。
見た感じ、地味なカットソーを着ている雄二よりも、派手な柄の入った長袖のシャツの上に真っ赤なアロハシャツを重ね着している小デブのナチョスのほうが、どう見てもこの車のオーナーに見えた。
雄二の車に乗り込みサトシの住むマンションの前に着くとナチョスはサトシに電話をかけた。
「サトシさん、おはようございます。もうお昼ですよ。え!昨日の話忘れた?今、サトシさんの家の前やで。雄二さんもおるで。すぐ出てきて」
明らかに二日酔いで眠そうな顔でサトシがだるそうに外に出てきた。
そして来るや否や
「なんなの、この車!アメ車のオープンカーってヤバっ!!!雄二さんやっぱりエグいっすわ。コーラの缶みたいな色ですし」
案の定、サトシも車に食いついて雄二に色々聞いていた。
ひとしきり雄二の車についての質問が終わりサトシが言った。
「で、どうしたの?昨日の話ってなんだったっけ?」
「昨日、飲み屋に来た女の子と江ノ島に行くって話になってたやん?」
「そうだっけ?」
「お前、ノリノリやったやんけ!」
「マジか・・・」
記憶をたぐっても頭の中には何もないサトシだったが、女の子が来るならラッキーだなと思っていた。
「女の子、待ってるから早く車に乗ってや」
「この格好でいいかな?」
「大丈夫や。イケてまっせ」
後部座席に座ったサトシは
「しっかし、すごい乗り心地ですね、この車。こんなん初めてだわ。雄二さんと一緒にいると色々面白い体験できていいよな。こんな車で女の子とデートできるって最高じゃん!」
と浮かれ、その後少し沈黙して
「昨日も飲んだなぁ」
とため息まじりしんみりと言った。
それは情緒が安定していない人の落差だった。
雄二は少し心配しながら
「情緒が落ち着かんねーな、お前。つか、嫁さんに怒られなかった?」
と聞くと、サトシは諦めきったような口ぶりで
「僕に興味ないですから。帰ったら寝てたし今日も朝から子供とどっかに出かけて行きましたよ」
と言った。
雄二は少し笑いながら
「なにも言わずに出てきても平気なの?」
そう聞こうとすると質問に被せるようなタイミングで
「全然大丈夫っす。いなくても気にしてないですし。家で会っても空気ですわ。会話もないし、廊下ですれ違っても無視っすよ。最近、母親の真似して子供も口聞いてくれないですしね」
とたたみかけるように言った。
雄二は自分で聞いておきながら少しうんざりした感じで
「結構終わってるね」
と呟くと、サトシは
「もう勝手に仕事も辞めて、旅にでも出ちゃおっかな」
少し投げやりに答えた。
「ええ感じですなぁ」
「全然いい感じじゃねーよ。ま、そんなことは忘れて今日は楽しく女の子と遊びましょ。雄二さん、鎌倉あたりに美味いイタリアンの店知ってるでしょ?これからそこ行きましょうよ。それで江ノ島で女の子と夕日でも見てさ・・・なんかそう考えると二日酔いも吹き飛びますね。しかも車がこのコカコーラ号でしょ。街行くみんなが振り返って注目しますよ」
テンションが上がるサトシよ横目にナチョスはニヤニヤしながら
「サトシさん、盛り上がってるところすんまへん。昨日さぁ、話があるって呼び出されたのに、あなた、またしても酒に飲まれましたね」
「あ、そういえば話あるっていって呼び出されたのに話を聞いてなかったな。聞いてたとしても記憶ないけど」
「じゃ、発表するでー。これから行くのは和歌山県新宮市です」
「は?江ノ島じゃないの?」
「江ノ島行きは急遽変更になり、和歌山に行くことになりました」
「えっ?マジで?」
ナチョスの突然の激白にサトシは驚きを隠せななかった。
「家庭も仕事も放棄したおっさんに鎌倉や江ノ島は似合いませんから」
茶化されたサトシは、現実がまだ受け止められなかったものの、次に出た言葉は
「和歌山まで女の子も来るの?」
「来るわけないじゃん!」
この後に及んでのその発言に雄二が呆れて笑いながら口を挟んだ。
「男3人?」
「そう」
「エーー、マジか!」
そのマジか!は女の子が来ないことなのか?突然和歌山に連れて行かれることになったことに対してなのか、ナチョスと雄二は正直わからなかった。
「サトシさぁ、昨日も酔っ払って女の子のお尻を触ったり卑猥なこと言ったりで相変わらず終わってましたねぇ。あの娘、めっちゃ嫌がってましたよ。来るわけないじゃないですか」
「あー。女の子と話したのは覚えてるけど、それ以外の記憶が全くない・・・」
「ちゅーわけで和歌山に行きますので。元力士のフリーターと家での居場所もなく仕事を辞めて旅に出そうなおっさんと成金野郎3人の冒険旅行ですわ」
「で、なんで和歌山なの?」
すでに自分の運命にまっすぐ従いだしたサトシが、至極真っ当なことを聞くと雄二が
「墓を掘りに行くんだって」
と他人ごとのように言った。
「は?墓?全然意味がわからないんだけど」
「墓に埋まってる宝物を掘りに行くんや」
「何それ?もっとちゃんと説明しろよ!」
「説明してもしなくても来るでしょ?全ての費用は雄二様が出してくれはるで。宝は山分け、飲み放題付きやでー!」
「そっか。ま、悪い話じゃないわな」
サトシは飲み込みが早い。
もはや、その状況を楽しみだしているサトシはある意味逞しかった。
「ところで、和歌山ってどの辺にあるんだっけ?」
サトシは逞しさを通りこして素っ頓狂なことを聞いた。
「大阪の方でっせ」
「はぁ、大阪??めっちゃ遠いじゃん!」
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