それならそれでユートピア5(いざ出発)
見事な五月晴れだった。
日本では梅雨に入る前のこの時期が一番過ごし易い。
土曜日のお昼にも関わらず環状八号線はそれなりに混雑していた。おそらくこの陽気に誘われてどこかに出かける人が多いのだろう。陽気と関係なく、いまどきおかしな宝探しに行くのはこの3人以外は考えられないが。
「マジでこのオープンカーで行くの?」
サトシは自信満々で目的地に向かう2人に対してちょっと不安げに言った。
「当たり前じゃボケー!このお天気にオープンカーって気持ちええやないか」
ナチョスがそう答えるとサングラスをかけた雄二はニヤニヤしていた。
「つかさ、この車って屋根あるの?」
「ないよ」
雄二は平然と言った。
「普通さ、後ろからびょーんって覆いかぶさる屋根みたいなのあるんじゃないの?」
「ないよ」
「雨降ったらどうるすんすか?」
「ま、そんときはそんときだな」
「サトシ、細かいことは気にすんなや。そんときは我々労働者のために雄二先生が暖かい宿を用意してくれるはずや」
車は東名高速の入り口付近にあるマクドナルドのドライブスルーに吸い込まれ、3人はそれぞれ好きなものを注文した。
サトシはハンバーガーを買わずにコーラのLとナゲット10個のみを買った。
「サトシ、ハンバーガー食わないの?なんか注文が極端だな」
雄二が聞くと、サトシは
「家族でドライブスルー行くじゃないっすか。その時にハンバーガーのセットとナゲットを注文すると、嫁と子供がナゲットを全部食っちゃうんですよ。おれが金出してるのに、おれに食べる?ってのも一切聞かずに。だからこういう機会に思いっきりナゲットを食いたいんすよ」
と怒りをにじませながらナゲットをほうばった。
「ところでナチョス、宝物ってざっくり言っているけど、具体的に何があるの?」「そりゃ、金銀財宝やろ!」
「お前、めちゃくちゃざっくりしてんじゃねーか」
「まぁ、平家が逃げる時に持ってきたものだから、装飾品とか古文書とかもなんじゃねーの」
雄二が口を挟むと、ナチョスはそれに乗っかるかたちで
「サトシ、かつて天下を獲った平家が持って逃げたものやぞ!おれらの想像もつかないものが仰山あるんや。ちーとは考えろや、ボケっ!」
「だけどさぁ」
酒を飲んでいない時のサトシはとにかく心配性だった。
ナチョスは助手席でガサゴソとお尻のポケットからスマホを取り出すと、心配性のサトシのためにちゃんと聞いてあげましょう、まぁ相手が電話に出ればだけどなと言っておもむろに電話をかけ出した。
電話の相手は雀荘に入り浸っている博物館で働く鵜川のおっちゃんだった。
日本で一番過ごし易いこの時期に昼間からフリーで麻雀を打つ人も少ないだろうというナチョスの読みは当たって、鵜川は雀荘で『麻雀虎狼記』を読みながら客待ちをしていた。
「鵜川さん、こないだ雀荘でちょっと聞いた話、覚えてます?」
「なんだっけ?商店街の麻雀大会の話だっけ?」
「ちゃいますよ、和歌山の新宮の平家の落ち武者の集落の墓の話ですわ。あれって仮に宝物があるなら何があるんですか?」
客待ちの間で暇をしていた鵜川のおっちゃんは暇つぶしに色々と教えてくれた。鵜川のおっちゃんの情報によると、埋まっているものは主に装飾品で古文書などはよっぽど保管状態がよくないと厳しいのではないかとのこと。もし本当に見つかったなら、国宝級のものや歴史を覆すものもあるらしくすごい発見になるらしい。
「あ、それと」
鵜川のおっちゃんは大事なことを言い忘れたかのように付け足した。
「墓っていっても所有権があって、あわよくば宝が見つかったとしても、その宝はその墓の所有者のものになるからな。あの辺の山奥は限界集落で、もともと住んでた人が墓の所有を放棄して、墓のところにあった土だけ持って新たな引っ越し先の墓に持ってきた土を入れて墓を引き継ぐという風習があるから、狙うのであればそういう所有を放棄したか墓の下を掘ることだな」
「ちなみに、お墓ってどの辺にあるんです?」
「ま、そりゃあの辺りの昔村があったところなんだろうけど、そのへんは現地で聞いた方がいいだろうね。あ、フリーの客が来たから切るわ。まさか本気で行くわけじゃないよな?」
「ヒヒヒ、実は今向かってるんですわ」
「マジか。バカだなぁ」
ナチョスは鵜川のおっちゃんから聞いたことを2人に伝えた。
まずは、廃村あるいは廃村のようになったところを探して、廃村であればそこの墓を、廃村のようになっている村なら放棄された墓を掘るという不確実ではあるが明確な情報を得たナチョスは満足だった。
東名高速は渋滞もなくスムーズに車が流れていた。
新東名への合流を経て浜名湖方面に。
「鵜川のおっちゃんの言ってることはわかったけど、もし仮に宝が出たらどうするんだよ?そんなもの換金できんのか?」
心配性のサトシはまだ起きてもいないことを先回りして心配しだした。
「装飾品が出たら重松家で買い取るなりしてくれますやろ?それを上手いこと世間に発表してくれたら、新たな歴史を発掘したとして重松家はただの金持ちじゃなくて箔がつきまっせー」
ナチョスが自分の都合のいいように雄二を誘導すると、雄二はどっちでもいいかのように
「まあな」
と答えた。
「古文書はどうするよ?」
サトシが聞くとしばしの沈黙の末、ナチョスが助手席から身を乗り出して
「知るか、ボケーっ」
と言ってサトシの肩をパンチした。
名古屋まであと少し。
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