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現存最古の県庁舎を訪ねて(中)

久美浜県の設置

久美浜(京都府京丹後市、旧熊野郡久美浜町)は、日本海に面する小さな町だ。江戸時代には幾度かの変遷を経て、最終的に幕府直轄地(いわゆる天領)となり、明治維新まで天領として続いた。1735年には、統治機関として久美浜代官所がこの地に置かれている。

久美浜の街並み(正面に見える久美浜小学校が久美浜代官所が設置された場所)

一般的に府県が設置されたのは明治4(1871)年の廃藩置県と思われているが、厳密にいうと廃藩置県以前にも府県は設置されている。
慶応4(1868)年、新政府は幕府直轄地を統治するための機関として府県を設置した。この際、幕府直轄地でない、すなわち各藩が治めていた地域は、引き続き藩が統治していたので、新政府が管轄する府県と大名諸侯が管轄する藩が並立する状態となった。これを「府藩県三治制」という。

これに伴い、幕府直轄地であった久美浜に「久美浜県」が設置された。なお、この際の久美浜県庁は、それまでの久美浜代官所をそのまま利用する形で設置されている。
久美浜県は、以前から久美浜代官所が管轄していた地域だけでなく、生野代官所管轄地や周辺の旗本(幕府直臣のこと)領なども管轄することになった。管轄地域は、飛び飛びになっているものの丹後・丹波・但馬・播磨・美作の926か村に上った。

管轄地域が増えれば業務量も増えるうえ、吏員も増える。管轄地域の拡大により、代官所の建物をそのまま使っていた久美浜県庁舎は手狭になった。また、代官所時代からの建物は老朽化も著しかったようだ。
そこで、明治2(1869)年に伊王野坦(いおうの ひろし)権知事は、県庁舎の建て替えを開始し、翌3(1870)年5月に新県庁舎が竣工した。

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久美浜県庁舎の見取り図(石田1985より引用)

廃藩置県前の時期に建設された県庁舎は、他にも兵庫県や浦和県などいくつかあるが、当時の建物が残っているのは、この久美浜県と登米県(のちの水沢県)のみで、登米県庁舎は明治4(1871)年竣工のため、明治3(1870)年竣工の久美浜県庁舎が現存最古の県庁舎となる。

久美浜県廃止と豊岡県

せっかく建てられた新県庁舎だが、久美浜県庁舎としての使用はすぐに終わる。
新県庁舎が竣工した翌年の明治4(1871)年7月、新政府は廃藩置県を断行し、諸藩は廃止され、代わりに県が設置された。この時は諸藩をそのまま県に置き換えただけだったため、無数の県が乱立した状態だったため、新政府はさっそく府県の整理を始める。
同年11月、久美浜県は廃止され、代わって丹後・但馬・丹波のうち3郡(天野・氷上・多紀)を管轄地域とする「豊岡県」が設置された(第1次府県統合)。1868年の久美浜県設置から僅か3年、新県庁舎の竣工からは1年半程度で久美浜県は廃止されたことになる。

第一次府県統合後の行政区分(ISHIDA 2013より引用)

ただ、新県庁舎の役割はこれでは終わらなかった。新たに設置された豊岡県は県庁を豊岡藩の政庁であった豊岡陣屋跡に設置することになったのだが、ここに新築したばかりの久美浜県庁舎を解体移築することになったのだ。
久美浜県庁舎は、豊岡県庁舎となった。

豊岡県庁跡(現在は豊岡市立図書館、正門は久美浜県庁から移設したもので現存)

ただ、豊岡県もそう長くは続かなかった。明治9(1876)年、新政府はさらなる府県の整理を進める中で、豊岡県が管轄する地域のうち但馬と丹波国氷上郡・多紀郡を兵庫県に、丹後と丹波国天野郡を京都府に分割した。これにより、豊岡県もなくなってしまい、旧久美浜県庁舎は県庁舎としての役割を終えた。

第二次府県統合後の行政区分(ISHIDA 2013より引用)

豊岡県廃止後の県庁舎

だが、庁舎はしばらく豊岡の地に残り続けた。県庁舎としての役割は終わったが、代わりに城崎郡を管轄する城崎郡役所として利用されたのだ。
(現在、郡というと町村の住所表記の前に付けられているもの程度だが、このときは郡役所という役所が設置され、地方行政を担っていた。)

大正12(1923)年、城崎郡役所庁舎は庁舎改築を機についに解体されることとなった。久美浜県庁舎として建てられてから50年以上が経過し、流石に潮時だったのだろう。
ほとんどの建物は、このとき解体されてしまったのだが、庁舎の顔ともいえる玄関部(広間)は、久美浜の有志によって豊岡から再び久美浜に解体移築され保存されることになった。
また、久美浜県庁時代に建てられた正門も保存され、現在も豊岡県庁跡(現 豊岡市立図書館)に建っている。

旧久美浜県庁舎の玄関部分は、久美浜にある神谷神社(神谷太刀宮)境内に移築された。久美浜移築後も久美浜簡易裁判所や参考館(資料館のような施設)などとして利用され、現在に至っている。なお、昭和60(1985)年には「参考館 (旧久美浜県庁舎御玄関棟)」として京都府指定文化財となっている。

出典

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