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ここでさよなら。


 春風に舞い散った髪を見て、恋に落ちた。細く、柔らかな黒の短髪に、桜の匂いがした。あの衝撃的な出来事から、もう三年になる。
 大学も決まり、学年末テストも返却された。あと残すのは卒業式だけ。未だに、一目惚れの相手に告白出来ないでいる。
 奇跡的に三年生は同じクラスになれたのに。最後の体育祭、最後の文化祭。日常を過ごすにつれ友人関係になれて、一生残る思い出の中に、きっと私は濃く刻まれている。マスク越しの顔すら知ってもらえていなかった去年までとは、違う。
 言うなら今だ、今しかない、と心が叫んでいる。
「ねえ。……話したいことがあるんだけど」
 卒業式の後。みんなが校門前で最後の思い出の写真を各々撮っている時、私達は二人きりで教室にいた。
 少しだけ高い顔を見上げる。いつもと変わらず、にこやかに見つめ返してくれる。
 本当に、私は今から、告白しようとしている。
 分かってる。口が裂けても、天変地異が起きても、この想いは墓場まで持っていかなくてはいけないと。
 けれど我儘な本能は別れが近づくにつれ、確固たる理性を蝕んでいく。水が、川底に隠れた岩を削っていくように。
「あ、あのね……えっと」
 ーー好きです。
 たったその四文字が、口に出せない。
 怖い。
 溢れそうな愛しさで苦しかった胸は、いつしか全部が恐怖に塗り潰されていた。
「咲由莉、ゆっくりで良いよ。全部聞くから」
「……ありがとう」
 鈍臭いと、家でも毎日のように言われてる私を、この人だけはいつも、合わせて待ってくれていた。
 換気のために開けられている窓から、一際強い春風が入り込んできた。三年前のあの日を思い出すような。まだ、桜は咲いていないけれど。
 乱れた前髪をなおしている、その仕草が可愛くて可愛くて、どうしようもない。
 ーー好き。大好き。
「また二人で、遊んでくれる?」
 本心は春風に隠した。
 一瞬、きょとんとした顔を浮かべた後、もちろん、と力強く頷いてくれた。
「東京に遊びにおいでよ。それまでに、どこまでも案内出来るようになっておくから」
 ーーどうして東京の大学を選んだの。毎日のように会えていたのに、寂しいよ。
「うん。約束だよ」
 悪い想い出にしてほしくなくて。
 私は今、上手く笑えているかな。いつもと変わらない、笑顔が作れているかな。
「私達も帰ろう、陽奈。来てくれてありがとうね」
「ううん」
 楽しかった思い出だけを抱えて、並んで教室を出た。

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