嘘を塗る




 母から譲り受けたドレッサーに映るのは、奇妙な自分自身の姿。
 目を逸らしたいが、そうもいかない。今日は、正装を求められる場に招待されているからだ。コンタクトを入れた瞳で、鏡を睨む。そうして思いため息を、ひとつ。意を決して、シースルーバングをヘアピンで両サイドにまとめた。
 笑みを形作るブラウンの眉。本性を隠すナチュラルなつけまつ毛。アイシャドウとチークには同系色をのせ、統一感を出す。
「私は、今日は女の子」
 ひとつひとつの工程に、呪いをかける。最後にグロスで封をした。
 鏡に映る完璧な女の子が微笑む。
「……違う」
 ほんの少し、顎を引く。唇の両端に均等に力を込めた。薄いブラウンのアイライナーを手に取り、延長線上に上向きの線を引く。
「うん。まだマシ」
 鏡から身を引き、両目から力を抜く。
「違う」
 今度は顔の向きに角度をつけ、僅かに口を開いた。白い歯が見える。
「良いんじゃない?」
 椅子から立ち上がり、鏡と向かい合う壁に背を当てて立つ。後頭部、肩甲骨、お知り、かかとのラインが真っ直ぐになるように。
 ドレッサーの鏡に映る映る、背筋のいい女の子。
 大きく息を吐き、肩の力を抜く。胸は張り過ぎないように。堂々としすぎないように。けれども、丸めないように。
「良いね。可愛いよ」
 鏡の中の女の子が、女の子らしくふわりと微笑む。
「気持ち悪いくらいに」
 鏡の中の女の子の首に向けて、手を伸ばす。締めるつもりだったのに。指先から、ひやりとした感触だけが広がる。
「こんなの、俺じゃない」
 レンタルしたドレスを引き裂きたい。半年かけて伸ばした髪を切り刻みたい。鏡を叩き割りたい。
 今すぐ終わりたい。
 そんなこと、出来もしないくせに。
 赤い痕がのこっている左手首に、大ぶりのパールのブレスレットを嵌めた。鏡の中の女の子が、微笑んで見ている。
「……可愛いよ。本当に可愛い」
 後悔するくらいに。
 結婚式の招待状をカバンに突っ込み、ヒールの靴で外に出た。
「大丈夫。自信を持って」
 景色が、輝いて見えた。

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