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退出希望エリア: 墨田川周辺(東京のウミネコ問題)


1. 東京都市部でのウミネコ問題とは

ウミネコが屋上に営巣することによる鳴声騒音や糞害の問題が、都心部の墨田川周辺で取り沙汰されています。具体的には、次のような声を耳にします。

・昼夜を問わず大声で鳴いて、うるさい・寝られない・気が休まらない
・糞が散乱して汚い: 駐車した自動車が糞まみれになる、
洗濯物への付着が不安、マンション前の路上や壁面が糞まみれ
・ベランダで洗濯物を干す際などに、複数羽で威嚇してきて怖い
・(SNSで) #ウミネコうるさい、#ウミネコ嫌い、#うみねこ無理…

しかも問題は、営巣されているビルだけではなく、近隣にも及びます。
例えば、2021年に大規模営巣があった東京メトロ深川検車区屋上の屋上緑化には、100羽以上の(300羽を越えるとも)親鳥と雛のコロニーが形成され、周辺マンションを含めた地域一帯で、大きな問題になりました。

大規模マンションの向かいの屋上に100羽以上(300羽を越えるとも)のウミネコが営巣。
口を開けて、ミャオミャオ、アォアォアォーと大きな声で鳴き続けていました。

2021年時点では、産卵以降の巣の撤去や卵・雛の捕獲が鳥獣保護管理法で禁じられていたため、いったん卵を産まれると、巣立っていく7月末頃まではひたすら耐え忍ぶしかありませんでした。ここでも以下の掲示がされ、周辺住民の方々は耐えていました。

※2022年4月以降は、都知事の許可を得たうえ上で、指定業者が卵と雛を駆除可能になりました

個人的な見解ですが、ウミネコに屋上営巣にされてしまったら、生活上耐えられないと思います(私は無理です)。ウミネコは2010年代以降の闖入者であり、生活に支障があるならば、都市部から退去してもらうべきと思います。

2. ウミネコの生態

ウミネコは、カラスやハトと違って、一定地域に周年留まる種(留鳥)ではありません。繁殖期以外は海浜に分散して生息します。ウミネコの成鳥が繁殖のために営巣地に戻るのが、東京であれば3~4月頃。前年と同じ場所に、同じペアで戻ってくると言われています。
戻ると辺りの様子をしばらく見た後で、巣作り・交尾を行い、4月頃に産卵、その後の抱卵・育雛を経て、7月末頃営巣地を離れるという生活サイクルを送ります(離れた後の行き先に興味のある方は「分布:ここにいるよ(日本&世界)」も参照)。

営巣は集団で行います。というのも、カラスなどの外敵に対して単独で優位性を持つ鳥ではありません。単独営巣では、巣が外敵に襲われてしまい、繁殖成功率は低くなります。ゆえに特定の場所に集団で巣作りし、時には集団威嚇を行って外敵を巣に近づけないようにしています(この習性から、都市部でも、産卵以降の巣に人間が近づくと集団威嚇されます)。
そして、仲間通しで呼び交わしたり(ミャーオミャーオのCall Note)、「俺だ、俺のだ」の自己主張のアォアォアォー(長鳴き、Long Call)で、特に都市部の密集ではずっと大きな鳴き声を出し続けます。

営巣場所は、周りが開けた草地を好みます。また猫などの野獣が近づけないところが必要です(天売島や飛島の繁殖地が野猫に甚大な被害を受けたように、野獣が接近できる場所は適しません)。ゆえに、都市部ではビルの屋上緑化が絶好の営巣地になります。次善の策で集団営巣地の屋上緑化周辺のコンクリート部分などに巣作りする場合もありますが、外敵から集団防衛してもらうための致し方なくです。エアコンの裏側の隙間などに営巣するハトや、電柱に針金ハンガーの巣をかけるカラスとは異なり、屋上緑化が主な巣作りの場所になります。

蕪島などの天然営巣地では、雛の巣立ち率はせいぜい30%程度と言われています。それに対して、東京都市部のビル屋上は40%を越えるとされます[1]。外敵の襲来もなく(カラス程度は集団威嚇で追い払ってしまいます)、天候も安定し、餌にも困らない墨田川周辺の屋上は、ウミネコにとってパラダイスです。
※「表2.1 ウミネコの一般的な生態情報」(東京都自然環境保全審議会第25期第2回(令和3年12月1日)の資料2-3 [2]も、簡潔に生態を知る良い資料です。

3. 東京都市部での営巣分布推移

ウミネコは東京都市部のビル屋上に、どのようにして居つき、数を増やしたのでしょうか。

3-1. 2011年以前~営巣は不忍池に限定

2011年以前、ウミネコの営巣は不忍池周辺に限られた

東京都市部では、恩賜上野動物園で保護した個体を29羽を東京湾近くで放鳥した記録があります(1990年, 1994年)。そしてその個体が、上野に戻った可能性が指摘されています[3]。その後は「1994年以降,不忍池でたびたび営巣し,繁殖失敗が続いたが,1997年に初めてヒナが巣立った。以降,不忍池の土手,ボートの上,事務所の屋根などで営巣した」とのことです。
ただし2003年頃では、公園事務所の屋根にまで営巣範囲を拡大したものの、不忍池の周辺に留まっていました[4]。

また、営巣はしていませんが、築地市場があった頃はウミネコを含めたカモメ類が皇居外堀で見られたという話を聞いたことがあります。実際に2013年の「表:千鳥ヶ淵周辺で確認された鳥類」[5] には、ウミネコの記載があります。河川から離れた内陸地域にも、ウミネコは昔から来ていたのですが、営巣することはありませんでした。

3-2. 2011年以降~ビル屋上へと営巣が拡大

2011年以降、屋上緑化での営巣を急速に拡大

市街地のビル屋上で、初めて営巣が確認されたのが2011年です。それについて日本経済新聞は、「樋口広芳・慶応義塾大特任教授(鳥類学)は「ウミネコがマンションの屋上に営巣するのは極めて珍しい」と指摘する。2011年にも上野のビル屋上でウミネコが繁殖しているのを確認したといい「東日本大震災で東北の繁殖地が被害を受けたため避難してきたのではないか」と推測する。」と報じています[3]。
不忍池に留まっていた営巣地が、2011年に突然周囲に溢れ出したのです。それで東日本大震災の影響が取り沙汰されたと思われます。一方で、不忍池繁殖グループが周囲に営巣を拡大した可能性も記事は指摘しています。

この記事では、2013年時点での繁殖地の場所も伝えています。
「台東区によると、5月上旬からこのマンションなど区内の数カ所にウミネコが巣を作り、区民から約70件の苦情が寄せられた。担当者は「例年5~6月の繁殖シーズンに上野の不忍池に巣を作っていたが、マンションにすみつくのは初めてではないか」と驚く。」「ただ、台東区によると、都内では同区以外でウミネコの繁殖は確認されていない。担当者は「なぜ上野なのか」といぶかしがる。」[3]。このように2013年時点では、営巣は台東区に限られていました。

しかし翌年から墨田川東岸の墨田区・江東区北部へと、さらに翌々年は江東区南部へと急速に営巣地域が拡大しました。曙運河(砂町運河)のJR橋梁下の防衝杭上(砂町運河営巣地)に数個の営巣が確認されたのも2015年です[2]。

さらに墨田川西岸の中央区(人形町周辺)に進出したのは、苦情件数などから推測すると2019年頃と思われます。

出典)資料2-3 【ウミネコの被害状況及び対策について】[2]

3-3. ピークは2021年か?
江東区南部が消滅し、墨田川周辺が主体に

2022年以降は、台東区北部や千代田区への進出など墨田川周辺での
営巣は続くも、江東区南部は営巣する群れが消滅

営巣地の拡大は2021年がピークだったようです。この年、台東区、墨田区、江東区、中央区で「ウミネコうるさい」の声が溢れました。
一方で、対策が進んだところでは、翌年から姿が消えました。

例えば、前述の東京メトロ深川検車区屋上では、鉄パイプを組み立て、その上に網をかける防鳥対策(下図)が施された結果、営巣は無くなりました。翌年3月頃、前年のウミネコと思われる成鳥が数羽戻ってきて、様子見をしていましたが、しばらくするといなくなりました。

しっかりとした対策が施された前年の営巣地(但し、相応のコストが掛かるものと思う)

その他にも、ウミネコが2021年に飛び交っていた、木場から東陽町にかけての永代通り沿いの複数のマンションからも姿が一掃されました。2022年には江東区南部の群れは消滅したようです。さらに2023年に、水上バスで隅田川・荒川・東京湾臨海部を巡ってみましたが、河川上をウミネコが飛んでいたのは、聖路加ガーデン前から浅草までの墨田川区間のみでした。

一方、墨田川周辺(台東区・墨田区・江東区・中央区)では、今もウミネコの鳴き声が聞こえ、営巣された苦悩の声がSNSで継続しています。加えて、新たな場所を求めて、浅草周辺や千代田区和泉橋地区などの屋上緑化にも進出した様子です。このように、現在は墨田川周辺では営巣が継続(一部拡大)しています。

4. ウミネコに営巣されないための対策

それではウミネコに営巣されないためにはどうすべきとされているのでしょうか。対策として、東京都およびそれぞれの区が示している対応を列挙します[6]。

1). 定期的に屋上を点検し、巣が作られていないか確認する
ウミネコは、巣作りを始める前の一定期間、安全かどうかを様子見をします(蕪島などの天然営巣地でも同様で、習性のようです)。そして、この期間に人の気配を感じると、巣作りを諦める場合があります。
また巣作りを始めてしまっても、産卵前であれば撤去してしまうことが可能です(産卵前は激しい威嚇もありません)。ゆえに3月上旬から7月上旬にかけて、少なくとも週1回は屋上を点検することが奨励されます(3月上旬から飛来が見られます。さらに他所で営巣に失敗したウミネコがやってくることがあるので、7月上旬頃まで点検した方が安全と思います)。

2).緑化された場所や巣が作られそうな隙間などに防除ネットを設置する
営巣される可能性を減らすには、営巣場所を無くしてしまうことです。それには営巣場所となる屋上緑化に出入りできないように、防除ネットを張ってしまうのが有効です。しかし前述の営団メトロ深川車検区のような大掛かりな設備の設置では価格も手間も大変なことになります。
それに対して簡易版の設置方法が東京都環境局から示されています[7]。

3).屋上の縁にテグスを張り巡らせ、ウミネコがとまれないようにする
加えて屋上の縁にテグス(釣糸)を張り巡らせると、ウミネコが止まったり、そこから糞を落とすことの防止に有効とされています[7]。ただ、糸をピンと張るのはけっこう難しいような気もします。

5. ウミネコに営巣されて、産卵・育雛されてしまった場合の対策

1)営巣先の住民やビルオーナーの場合
2021年度までは、鳥獣保護管理法により卵や雛の捕獲はできませんでした。区の担当者から「間もなくいなくなりますから、それまでどうか待ってください」と、致し方なく言われたなどの話も伝わっています。前述の東京メトロ深川車検区の掲示版のように「現段階では、法律(略:鳥獣保護法)により、捕獲・駆除・ネット等による対策を取ることが許されないことから、今後ウミネコの巣立ちを待ってネット等による対策を講じる」ことしかできなかったのです。卵を産まれてしまったら、夏の半ばにいなくなるまで耐え忍ぶしかありませんでした。
 
これに対して、東京都環境局鳥獣部会で「第13次東京都鳥獣保護管理事業計画(令和4年4月1日から 令和9年3月31日まで5年間)」策定に向けた検討が行われました。その結果、2022年4月からの5年間は、卵と雛のみの予察捕獲(東京都環境局の調査で被害の恐れがあるとされた場合に、都道府県知事からの許可を受けた業者が行う捕獲。各期間の捕獲予想数(予察表)が作成され、捕獲実績は記録される)ができるようになりました[8]。

第13次東京都鳥獣保護管理事業計画 [8]

従って現在は、各区の担当窓口([6]を参照)にまず相談して許可がでれば、雛の巣立ちを待たずとも、卵や雛の捕獲および巣の除去が行えます(成鳥(親鳥)の捕獲は不可)。ただし捕獲を行えるのは指定業者のみで、住民などが行った場合は鳥獣保護管理法により罰せられます(1年以下の懲役又は100万円以下の罰金)。
 
また墨田区では、当該建物の所有者・管理者が「営巣防止対策を実施していたが、ウミネコに営巣された場合について、建物所有者・管理者を対象に、原則一回に限り、東京都の許可を受けた専門業者に委託をし、巣、ヒナ及び卵の撤去・捕獲処分等を行い、営巣防止対策のアドバイスをします。費用負担はありません。」という制度も始まったようです([6]-②)。
墨田区の方は、利用検討の余地があると思います。

5-1.営巣に対処する際の留意事項

1). 防除ネットの同時設置が不可欠
卵段階での捕獲・巣の除去では、再営巣(再び巣を作り、卵を産む)が頻繁に起こります。ゆえに捕獲・除去と同時に、防除ネットの設置が不可避と思われます。2度目の営巣となると、対処完了までの期間をさらに要し、騒音・糞害に対して近隣を含めた苦情が一層強まることが予想されます。
また、いったん駆除したとしても、そこは営巣場所に選ぶほど、ウミネコの居心地が良かった場所です。翌年また営巣する可能性は少なくありません。周辺住民から「また今年もか...」と言われるよりも、翌年も予め防除ネットを設置しておくべきと思います。

2). 集団威嚇は予想以上にキツイ
産卵、さらに育雛へと段階と進むほど、巣に近づく者(外敵)への集団威嚇は激しさを増します(生育が進んだ我が子を親はいっそう必死に守ります)。集団威嚇は、傍からはウミネコが飛び回っている程度にしか見えませんが、慣れない人が威嚇の中に入った場合は、嘴をカチカチと鳴らし、目から炎を吹き出した「悪魔の鳥」が複数羽、背後や頭上を含めたあらゆる方向から襲ってくるような気分(パニック)になります。

屋上は人の通常立ち入りが想定されず、安全対策が十分ではない(端に手すりは無いなどの)場所です。転倒・転落事故の発生に繋がりかねません(捕獲業者の方も、ヘルメット着用で作業します)。
ゆえに、自らが巣に近づきすぎずに、経験のある業者の方に対応を任せてしまう判断も重要になります。

3)周辺のビルで営巣が発生した場合
隣のビルにウミネコが営巣して、騒音や糞害が発生しているが、対処がなされない。ビルオーナーもわからないし、どうにもならずにただ耐え忍ぶしかないのか、という声も耳にします。その場合は、資料[6]の各区の連絡先窓口に相談してみるべきです。ビルオーナーへの連絡なども含めて、様々な対応を行ってくれると思います。

6.半分、人災?:なぜ、ウミネコは毎年やってくるのか~無対策の屋上緑地が作り続けらている??

それにしても、各区が対策を呼び掛けているのに、なぜ毎年ウミネコは現れるのでしょうか。そして2011年を境に、これまでの状況が一変し、爆発的に営巣が増加したのはなぜでしょうか。推測してみます。

6-1. 東京都全体での屋上緑化の状況推移

ウミネコの主な営巣が、屋上緑化への集団営巣であることは前述しました。では、屋上緑化はどのように推移してきたのでしょうか。東京都では、敷地面積が 1,000 平方メートル(国及び地方公共団体が有する敷地の場合は、250 平方メートル)以上の規模の新築及び増改築の場合に緑化を義務づけています[8][9]。そして、その「屋上緑化実績」データが東京都環境局から公開されています[10]。それをグラフ化し、2001年~2023年の東京都の屋上緑化面積の推移を見てみましょう。

「東京都環境局: 屋上等緑化実績[10]」より作成
東京都では、敷地面積が 1,000 平方メートル(国及び地方公共団体が有する敷地の場合は250 平方メートル)以上の規模の新築及び増改築の場合に、一定基準の屋上等緑化(屋上・壁面・ベランダ)を求める。その面積の推移をグラフ化した。なお。屋上等緑化はほぼ屋上緑化としてよいと思う。

屋上等緑化面積は、2012年の184,158㎡をピークに、最近も毎年100,000㎡(10ha)程度が供給され、継続して屋上緑化面積は増え続けています。折しも、2011年のウミネコのビル屋上営巣の開始時期は、屋上緑化のピーク頃でした。
東京ドームの面積は46,775㎡とされますので、東京ドーム2個分以上の屋上緑化が東京都で毎年新設されています。その結果、2011年~2023年(13年間)の累計面積は、2011年からほぼ倍増し、1,469,907㎡(東京ドーム31個強分)に達しました。

6-2. 墨田川周辺区の緑化面積の推移

しかしこのデータでは東京都全体しかわかりません。
ウミネコの営巣がある墨田川周辺の各区にもう少し絞り込んでみます。

1).江東区
江東区については、2012年度、2017年度、2022年度の5年ごとの面積と個所数のデータが入手できました([12]-③a, [12]-③b)。

江東区「平成29年度緑被率等調査」および「令和4年度緑被率・緑視率等調査」から作成

ウミネコの営巣地域が急拡大した頃に、屋上緑化が盛んに進められ、面積・個所も多く、増加率も高かったのが深川地区です。新たな営巣場所が次々にできあがる深川地区に、台東区・墨田区を経由したウミネコが、2015年から一気に流れ込んだようです。2010年代後半頃から「ウミネコうるさい」の悲鳴が一気に上がった地域でした。

しかし江東区も手をこまねいていたわけではないようです。東京都のヒアリングに江東区はこう答えています[2]。

「昨年(2020年)までは森下エリア、清澄白河エリア、佐賀エリアで営巣していたが、管理者による対策(テグス及びネットの設置等)が行われていたため、今年は営巣していない。なお、今年(2021年)は東陽エリア、木場エリアに営巣場所を移し、約200~300羽が確認された。」

江東区は深川地区のウミネコの営巣を追い払うことに成功したようです。しかしその結果、大規模な屋上緑化が多い南部地区に、2021年の営巣地域が移動したとしています。東京メトロ深川検車区の屋上緑化は、その一例のようです。しかし前述のように、2022年には南部地区で営巣するウミネコの姿は消えました。これらから考えると、江東区は、非常に優秀で高い遂行力を持ち、それを発揮しているのではないかと思います。しかも2度も。

しかし残念なことに、現在は深川地区にウミネコが戻ってきてしまっているようです。私は、営巣場所の目途をつけて様子見の飛行をするウミネコの姿を、今年4月15日に清洲橋で見かけました。うまくいかずに、苦労しているところもあるのではないかと思います。

江東区の屋上緑化の分布状況
江東区「令和4年度江東区みどりの実態調査報告書」32ページより

2).台東区
台東区は、2010年度(ビル屋上営巣開始の前年)と2018年度の屋上緑化個所のデータが入手できました([12]-①)。

台東区「みどりの実態調査報告書(2019年(平成31年)3月)」より作成

台東区は、ウミネコのビル屋上での営巣が2011年に最初に確認された場所で、2013年まではこの区のみで営巣が行われていました[2]。その後も、浅草橋・蔵前・寿といった墨田川沿いの南寄りの地区で多くの営巣事例がありました(2023年には、近隣の営巣地から巣立ったばかりと思われる、ウミネコの雛が浅草橋の路上を歩いていたとの投稿もありました)。現在も、対岸の両国付近から、蔵前のマンション上空を飛ぶウミネコがよく見られる地域です。

一方で、台東区議員 赤鹿公男氏のサイトでは「ウミネコ問題について」という題で解説がされています。

台東区では、緑ゆたかなまちづくりをすすめる「台東区みどりの条例」において、“敷地面積が300平方メートルを超える建築物については、建築面積の20%以上の屋上や壁面などに緑地を設ける事と定めており、昨今のマンション建設ラッシュで、適正に管理されていない屋上緑化は、ウミネコにとっては巣をつくりやすくなっています。さらに、台東区の民間施設緑化助成金制度では1000㎡以下の建物についても助成金をだしています。こちらに助成金制度の際には、ウミネコ対策について、より一層の注意喚起をすべきと思います。
東京都は被害がでているエリアが限定されていることもあり、本腰になっていないようですが、被害のエリアは間違いなく、北側にも拡大しています。今年の夏は、春日通の近辺でしたが、来年は、浅草通り、言問通りまで被害がでると予測されます。

(抜粋引用先:ウミネコ問題について - 台東区議会議員 あおしかくにお  ホームページ (aoshika.jp))

赤鹿氏が指摘されているエリアは、緑化個所も多く増加率も高い「浅草南」付近と思われますが、予測通りにこのエリアへのウミネコ営巣の進出が起きているようです。

一方で、赤鹿氏の記述の中に、気になる部分が2点ありました。
1).昨今のマンション建設ラッシュで、適正に管理されていない屋上緑化
2).助成金制度の際には、ウミネコ対策について、より一層の注意喚起

台東区みどりの実態調査報告書(2019年(平成31年)3月) 56ページ

3).墨田区
墨田区は、2009年度と2018年度の面積と建物数のデータが入手できました([12]-②)。

墨田区「緑と生物の現況調査報告書(平成30年度)」より作成

墨田区は、2014年に、台東区以外で営巣が確認されたエリア営巣エリアの1つ(もう1つは江東区北部)であり、墨田川沿岸の「吾妻橋・本所・両国地域」と「緑・立川・菊川地域」が営巣の主体と思います。
東京都のヒアリングには墨田区はこう答えています[2]。

  • ウミネコによる被害件数は近年、ほぼ同様に推移している。被害時期はウミネコ の繁殖期であり、対策を講じたとしても、別の類似した環境を利用し営巣してい るようである。

  • 2021年(令和3年)は立川1丁目、千歳1丁目、両国1丁目~4丁目、本所1丁目 隅田川沿い、菊川4丁目で営巣が確認された。

この2つの地域は、9年間で面積は38%増えていますが、建物数は4%程度しか増加しておらず、緑化の大型化はあるものの、建物数はあまり増加していないようです。とはいえ、建物数は江東区深川地域と同じくらいあります。しかし面積はその半分以下ですので、小規模緑化が多く、ウミネコが移動できる「別の類似した環境」が対策なしのまま残っているのかともしれないと思いました。

「緑と生物の現況調査報告書(平成30年度)」 23ページに地域の区分線加筆

6-3. 新たに提供される屋上緑化の状態

ここまで見てくると、新築ビルの屋上緑化はどうなっているのだろうという疑問が湧いてきます。例えば、

  • 江東区では、深川地区にウミネコが戻っている様子だが、以前に対策していない場所が新たに出現しているのか

  • 台東区で「マンション建設ラッシュで適正に管理されていない屋上緑化」が出現とあるが、新築の屋上緑化でのウミネコ対策はどうなっているのか

  • 台東区で「助成金提供に際に、ウミネコ対策を注意喚起」とはどういう意味か

そこで、各区の緑化計画の作成要領や申請書類様式[11]を見てみました。

・台東区: ウミネコ対策は「屋上緑化設置にあたっての留意点」
・墨田区: 「ウミネコに関する留意点」として「被害を防ぐため、防鳥ネットの取付けや週2~3回程度の屋上の点検をお願いします」の記載があるが、強制はない。
・江東区(2023年9月まで):緑化計画書に、ウミネコ対策行動の注記(例:ウミネコの繁殖期(5月~7月は週2回屋上にて飛来状況を確認します)を要請

どの区でも「お願いします」程度の努力要請のようです。
これでは「ウミネコ防除設備は相応のコストが掛かるし、少しでもコスト削減をしたい建築会社は通常はやらないだろうな。図面に明記してあるわけでもないし。引き渡し後に営巣が発生したら、オーナーや管理組合に対応してもらえばいいのだから」…と通常はなるのではと思いました。

こうなると、次々と新築されるビルの屋上緑化に、ウミネコが営巣できる環境がどんどんと生まれます。そこに次々と場所を移していけば、いったん締め出された場所にも戻れるし、新たな営巣場所で数も増やしていけそうです。

6-4.思ってしまったことをまとめると

  • 一定敷地面積以上に屋上緑化が義務付けられている東京では、墨田川周辺も含め、ビル新築にともない屋上緑化が継続的に増加しています。

  • しかし、新築ビルに屋上緑化へのウミネコ防除設備を設置することは、建設会社への努力要請です。通常はコストがかかる要請(強制力なし)は行われず、防除設備無しの屋上緑化が次々と生まれているのではないでしょうか。

  • 既存ビルの防除対策を徹底して、地域でウミネコの営巣を無くした事例は江東区でありますが、次々と生まれる新築ビルの屋上緑化にウミネコが移動することで、ウミネコの営巣がなくなることはないと思います。

  • 結局は、いつまで経っても終わらない「営巣と駆除」のいたちごっこが続くのではと思いました。

7. 3つのメインシナリオ~結局は八方塞がり?

極論もありますが、今後のウミネコ対策として、以下の3つをメインシナリオとして考えてみましょう。

1).営巣するウミネコ親鳥を捕殺して全滅させる
2).新設屋上緑地にも防御対策をし、ウミネコが営巣できなくする
3).既存の屋上緑化に防御対策をし、もし孵化してしまったら捕獲する

他にも音を出すとか、ロボットを使うとかの策があるかもしれませんが、取り敢えずこの3つとします。(「音を出す」は周辺住民の方に影響が出る危惧があります。「追い払いロボット」は利尻島昆布干し場での事例などがありますが、狭くて個所数が多い屋上緑化では少し違う様子です)。

7-1. 営巣するウミネコ親鳥を捕殺して全滅させる

真夜中に屋上で大声で鳴かれて寝ることができず、「ウミネコ死ね」とSNSに思わずつぶやいてしまう、その気持ちはよくわかります。しかしウミネコ成鳥を捕殺するとなると、非常に高いハードルがあります。野鳥は鳥獣保護管理法の保護下にあり、通常は捕殺できません。でも例えば、カラス、カワウ、スズメ、ドバト、ヒヨドリ、ムクドリは、有害鳥獣として都知事(権限移譲された区長)が許可すれば予察捕獲することができます。

しかしウミネコは、東京都(本土部)のレッドリストで「留意種(現時点で準絶滅危惧はないが、動向に留意が必要な種)」とされており、全国的に見ても2000年代後半から数が急速に減少している種になります。しかも他の海鳥同様、1回の産卵数は小鳥などより少ないけれど、20年以上の長寿命で次世代の命をつないでいく性質の鳥です。成鳥が死んだ場合の種の保全ダメージは大きいです。成鳥の捕殺には大きな反対が生じます。

加えて、成鳥になるまでに4年かかるため、営巣地を離れている若鳥が今後も次々と戻ってくる可能性があります。さらに、屋上緑化は巣立ち率4割以上の超優良営巣地なので、空きがあれば他のウミネコが侵入し続けることも想定されます。延々と殺し続けなければなくなるかもしれません。
ゆえに、このシナリオは極めて実現性が低いと思います。

捕殺するのではなく、ウミネコ成鳥が緑化屋上は営巣できない場所と認識し、いなくなってもらうことを目指さねばなりません。

7-2. 新設屋上緑地にも防御対策をし、ウミネコが営巣できなくする

次のシナリオは、新設する屋上緑化には防除対策をするとともに、既存の屋上緑化にも防除対策を進めていけば、営巣場所が無くなったウミネコはやがて立ちさっていくというものです。営巣できなければいなくなるのは、東京メトロ深川車検区でも見られました(前述)。

しかし、新築ビルに防除施設を設置するのは、建設会社にとってコストを増加させることになります。利幅が減る建設会社にとっては歓迎できない話です。さらに行政(各区)の対応を見ても、民間企業にコスト負担を強いることはできず、努力要請に留まっているようです。ゆえに、私は限界かと思っていました(昨年9月までは)。

時間とコストと手間がかかりますが、これがベストシナリオのように思えます。しかし、防除施設がない新築屋上緑化が次々と現れて、既存屋上緑化から営巣場所を移していける現状では、このシナリオにもはや実現性はありません。

7-3. 既存の屋上緑化に防御対策をし、もし孵化してしまったら捕獲する

現在の対応策です。しかし、新築ビルに防除対策の無い屋上緑化が次々とできている状況であれば、ウミネコは営巣場所を防除対策の無い屋上緑化へ移していけばよくなります。恐らく、ウミネコが姿を消すことはないでしょう。いったん対策をして、居なくなった(鳴声騒音や糞害から解放された)としても、またしばらくすると近所の新設ビルの屋上緑化に集団営巣されて、鳴声騒音や糞害に悩まされます。そしてそこが対策されると姿を消しますが、やがてまた鳴声騒音と糞害が繰り返しやってくる…未来永劫に「ウミネコうるさい」から解放されないディストピアのシナリオです。

しかし現状では、このディストピアのシナリオしかないのかと、諦めて暗澹たる気持ちになっていました、昨年の9月までは。

8.江東区の画期的な対策

江東区は昨年秋に「緑化指導に関する変更(令和5年10月1日より)」[13]を発表し、「CITY IN THE GREEN(みどりの中の都市)のさらなる推進と都市環境の向上のため」の緑化計画書の記載内容の見直し(追加)を行いました。
緑化計画書の「緑化計画平面図 屋上部」に植栽の維持管理方法及びウミネコの対策方法の記載が必要とされたのです。

江東区の緑化計画書の「緑化計画平面図 屋上部」の追加記載事項:
植栽の維持管理方法及びウミネコの対策方法の記載が必要となった

従来の手順書では、「ウミネコの繁殖期(5月~7月は週2回屋上にて飛来状況を確認します」との実施アクションの記載例はあったものの、防除ネットや縁のテグスといった設備実物を設置する記載の要求はありませんでした。それが追加されました。緑化計画書は区長に提出して認定を受けるもの(江東区みどりの条例第8条)ですから、記載した以上設置しないわけにはいかないと思います。従って江東区ではやがてウミネコが姿を消す、ベストシナリオを実現させていけそうに思えます。
ここに至るまで、区の担当者は関連する企業や区議会議員の方々からプレッシャーを受け、相当のストレスがあったのではないでしょうか。
それでも、やりきったところに驚きました。

この江東区の事例がベンチマークとなって、他区(台東区、墨田区、中央区、千代田区)にも導入されれば、いつか東京から「ウミネコうるさい」が消える日が来るような気がします。

さらに前述のように、江東区は営巣するウミネコを2回も退出させた実績を有する区です。とはいえ、現在は深川地域にウミネコが戻ってきて、結果的に失敗を味わっています。その中で、江東区は他の区にない緑化手順書の記載内容変更までに至りました。様々な紆余曲折があったではないかとも思い、実情を知ってみたい気になります(すごく興味があります)。

参考資料

[1] 東京都心におけるウミネコ屋上繁殖個体群の移動追跡, :都心ウミネコ研究グループ
https://www.bird-research.jp/1_event/aid/plan/BR-aid2017005.pdf

[2] 「資料2-3 【ウミネコの被害状況及び対策について】」、東京都自然環境保全審議会第25期第2回(令和3年12月1日)
https://www.kankyo.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/kankyo/03-12-01_siryou2-3-1-

[3] ウミネコ繁殖 なぜか上野で、マンションに巣、住民悩ます 鳴き声やフンで汚れ, 日本経済新聞、2013年6月17日
https://www.nikkei.com/article/DGKDASDG1204C_X10C13A6CR0000/

[4] 「東京都内湾運河部の人工構造物上で初めて確認されたウミネコの繁殖記録」, 奴賀俊光,小島一幸,永友 繁,前川真紀子, Bird Research Vol. 13, S1-S4 (2017) https://www.jstage.jst.go.jp/article/birdresearch/13/0/13_S1/_pdf
 
[5] 「千鳥ヶ淵環境再生プランの策定について(お知らせ)」の「資料1 千鳥ヶ淵環境再生プラン(本文)」 20ページ, 環境省皇居外苑管理事務所, 2013年4月5日 https://www.env.go.jp/content/900520674.pdf

[6]各区の対策案内や相談窓口など
①台東区: ウミネコ被害の対策について(2024年3月1日更新)
https://www.city.taito.lg.jp/kenchiku/kankyohozen/seikatsukankyo/umineko.html
②墨田区: ウミネコについて(2024年3月1日更新)
https://www.city.sumida.lg.jp/kurashi/kankyou_hozen/midori/yasei_seibutsu/uminekotirashi2022.html
③江東区: ウミネコ被害防除に向けて(2023年1月13日更新)
https://www.city.koto.lg.jp/380301/machizukuri/sekatsu/undo/uminekohigai.html
④中央区: ウミネコによる被害に注意(2023年1月18日更新)
https://www.city.chuo.lg.jp/a0036/machizukuri/bika/seibutsu/kdkansu_umineko.htm
⑤千代田区:ウミネコの被害防止対策(2023年3月29日更新)
https://www.city.chiyoda.lg.jp/koho/machizukuri/sekatsu/kogai/umineko-higai.html
 
[7]東京都環境局:ウミネコの被害防止対策: 簡易的なウミネコ防除網の設置方法 (2018年2月9日更新)
https://www.kankyo.metro.tokyo.lg.jp/nature/animals_plants/birds/umineko
 
[8]東京都環境局: 第13次東京都鳥獣保護管理事業計画について(31~32ページ)
https://www.kankyo.metro.tokyo.lg.jp/basic/plan/nature/birds_protection/
 
[8] 東京における自然の保護と回復に関する条例(2001年4月1日施行)
https://www.reiki.metro.tokyo.lg.jp/reiki/reiki_honbun/g101RG00001367.html
 
[9]東京都環境局: 緑化計画の手引
https://www.kankyo.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/kankyo/plan_system-guide-files-r04midori_tebiki_all
 
[10]東京都環境局: 屋上等緑化実績
https://www.kankyo.metro.tokyo.lg.jp/nature/green/roof_plant/actual

[11]各区の緑化条例・手引き
①台東区: みどりの条例 緑化計画の手引き
https://www.city.taito.lg.jp/kenchiku/jutaku/kenchiku/kenchikukakunin/midorinojorei.html
②墨田区: 条例・要綱に基づく緑地の整備、および緑化計画の手引き
https://www.city.sumida.lg.jp/kurashi/kankyou_hozen/midori/seibi.html
③江東区: 江東区緑化計画の手引き(江東区みどりの条例)
https://www.city.koto.lg.jp/470132/machizukuri/midori/shizen/documents/tebiki20240401.pdf
④中央区: 中央区花と緑のまちづくり推進要綱(緑化計画書)
https://www.city.chuo.lg.jp/a0037/machizukuri/kouenryokka/ryokka/minkan/hanatomidori.html
⑤千代田区: 千代田区緑化推進要綱に基づく緑化計画書の届出
https://www.city.chiyoda.lg.jp/documents/4072/keikakusho-todokede_1.pdf
 
[12]各区の屋上緑化実績
①台東区: 台東区みどりの実態調査報告書(2019年(平成31年)3月)
https://www.city.taito.lg.jp/kenchiku/hanamidori/keikaku/midori-genkyou.files/30houkoku.pdf
②墨田区: 平成30年度調査緑と生物の現況調査結果
https://www.city.sumida.lg.jp/kurashi/kankyou_hozen/midori/keikaku_tyousa/genkyoutyousa/h30_gchousa.html
③a江東区: 平成29年度緑被率等調査について
https://www.city.koto.lg.jp/470132/machizukuri/midori/green/ryokuhiritu.html
③b江東区:令和4年度緑被率・緑視率等調査について
https://www.city.koto.lg.jp//470132/machizukuri/midori/green/ryokusirituryokuhiritu2022.html
④中央区: 中央区の緑の実態調査 (第5回)
https://www.city.chuo.lg.jp/a0037/machizukuri/kouenryokka/keikaku/zittaityosa.html
⑤千代田区: 平成30年度 千代田区緑の実態調査及び熱分布調査
https://www.city.chiyoda.lg.jp/documents/4077/h30chosa-hokoku.pdf
https://www.city.chiyoda.lg.jp/documents/4077/d0001570_7.pdf

[13] 江東区:緑化指導に関する変更(令和5年10月1日より)
https://www.city.koto.lg.jp/470132/midori-henkou20231001.html



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