神様の水を飲んだ猫③

「俺はどうしてこんなところにいるんだろう」

電気を消された夜の病室の天井を見ながら考える。仕事にも穴を開けた。家族にも心配や、負担をかける。直近のライブはキャンセルさせてもらった。ライブを自分都合で断ったのは初めて。全てが最悪だ。肺が破れた時に見た乱れた映像が離れない。でも無事に入院できただけラッキーなんだろうか…

グルグル考え続けていると、何か思い出す。あれ、なんかこの景色は、前にも味わった事があるな…そういえば二十歳の時にも一週間前後入院していた。たしか一週間の拘束で、十五、六万円のギャラが出る新薬の臨床試験のバイトをやった時だ。早い話が実験台だけど友だち何人かで、つるんで入れば合宿みたいで、ワイワイやって楽しいよーみたいな噂を聞いて、仲間と行ったらまさかの俺のしか健康診断に受からず、ソロで一週間入った。一人一週間入院ツアー。

入院する病院がまた凄かった。秋葉原近くの同和病院というある種有名な病院。松田優作さん主演のドラマ、探偵物語が撮影された病院だった。


着いてすぐ、一人探偵物語ごっこ。オープニングに出てくる看板を裏返すテラスを歩く。初日は憧れの工藤探偵事務所に行けて興奮したけど、どんなにはしゃいでも一人ぼっち。他の知らない入院者と誰とも打ち解けず、一人寝て薬を飲んで2時間に1回ペースで、血を抜かれる毎日。だんだん澱んできて雨も晴れも、昼も夜も、どうでも良くなった。たしか、その時も薄暗い病室の天井見ながら考えてた。

「俺はどうしてこんなところにいるんだろう」

せっかく脇腹に管を通してもらったが、肺はうまく広がらず、駄目な部分を切り取る手術をしてもらう事になった。はじめての全身麻酔。点滴から麻酔が入ってくる。なんかどえらい冷たいやつが腕からだんだん上がってくる!と思ったら、そこからもう意識はなく、術後に名前を呼ばれて起こされた。本当にあっという間で、死んだ婆ちゃんや、川を渡る様な夢も見る事も無く無事に終わった。

術後すぐは痛み止めの影響で、最悪に具合が悪かった。背中全体が痛くて、船酔の様な気持ち悪さが、ずっと続いてた。術後、数時間程度経った頃に一人の看護師さんが巡回に来た。おしっこが出たかどうかを聞かれる。出ていなかったが、正直身体が辛すぎて今、おしっこどころではなく早く休んでいたかった。

「そうですか。おしっこは出てませんか…」

少し気になる台詞を残して看護師さんは去っていった。もう、、いまはただ休ませてよ、、目を瞑った。また1時間程度すると同じ看護師さんが来て、おしっこが出たか聞いてくる。そんなんいま出ないしょ、、状況を見てよと思ったが、この看護師さんは本気だった。術後決められた時間内におしっこが出ない場合、尿道から管を打ち込み強制的に出す事を告げられた。え?全身麻酔も切れたのに?脅しかな、、そう思ってふて寝していたら次は打ち込まれる管と、針を持ってきて、これをあと1時間程度以内におしっこが出なかったら、麻酔無しでぶちこむ!とベッドに置かれた。

恐怖に怯えながらまず、ベットの上で尿瓶に用を足そうとするが、全く出てこない。頭が、脳みそがどうしてもベットの上で、用を足す指令を出さない。病室で、立ってトライしてみる。まだ痛み止めの影響で気持ち悪く、ちょっと動いたら5分休む様な状態。それでも全くおしっこは出てくれない。その間も看護師さんは巡回に来る。

きっと話せばわかってくれる。そう思って、その管だけは勘弁してもらえませんか?と泣きを入れてもガンとして譲らず、冷酷に、正確に、後30分で管を挿す作業をする最終宣告を受けた。

俺はあの人に、何か悪い事でもしてしまったのか、、でもあの人は本気だ。これはもう最後の手段、トイレにいくしかない。トイレといういつも排泄している空間に行けばもしかしたら出るかもしれない。死ぬ気でトイレに行く。ふらつきながらなんとかトイレに入りしばらくこもって、やっと少しだけ出た!おしっこと同時に、目も回ってゲロも上げ倒れたけど最高に嬉しかった。

トイレからの帰りは歩いて帰れず、ベットで運んでもらった。たかがおしっこで大袈裟なやつだなと思われるけど、満身創痍でもう歩けなかった。途中、あの夜叉看護師さんが歩いてくる。なんとか用が足せた事を告げると、それまでずっと厳しかった表情から一転。本当に良かったと共に喜んでくれた。

その笑顔は本当に優しくて、縁もゆかりも無い他人の排泄がうまくいったかどうか、共に見つめて共に喜んでくれるマリア様とか、菩薩様の様だった。

ありがとう。看護師さん。42歳本気のおしっこでした。




遠距離バンド存続のため、移動費、交通費に当てます。旅は続くよどこまでも