私のこと

私は大阪の高槻市で生まれた。

大きな声で泣いていたらしく病院から5件離れた家まで響いたらしい。

生まれてくる前、海の音が幾度もなく聞こえていた。

小学校の時のプールの時間、私は下へ下へ潜った。なるべく地面にぴったりとくっついて耳の感覚がおかしくなった頃に水面へ出た。そうすると人の声が遠く聞こえて私しかいない世界に思えた。

面白くなって「わはは!」って言ったら私の声も遠くて(なんだ。私もいないのかじゃあ『今あるの』ってなんだろう)と思った。

自分の心の声はよく聞こえる。むしろいつもより落ち着くような…。とても静かだ。内部の奥に広い海を感じた。私はまた深く潜って、息を止めて、目を瞑った。

無限に音が広がって聞こえた。水の外で話している声、セミの声、水中のチャプチャプとした音、ぶくぶくと言った呼吸のような音。

そしてだんだん全部一つになっていって、何も聞こえなくなった。

深海の様な静けさ、宇宙の様な孤独さ、夢の中にいる様な浮遊感。

(あー…重力から解放されたんだ、私。)

(ここはとても怖いけど、なんだか凄く良いところだなあ)

と思っていたら、先生が私を引き揚げた。

先生が遠くで何か心配そうに怒っている様だった。そんなことよりもっとこの場所に居たかったな。

家に帰ってから、私はリビングの上で大の字になって眠った。

夢の中で、宮沢賢治の「やまなし」を思い出した。

クラムボンはカプカプ笑った

それならなぜクラムボンは笑ったの?

クラムボンは死んだよ 殺されたよ 死んでしまったよ

それならなぜ殺されたのだ

私の呼吸からできた「あぶく」がキラキラと上に登って光と弾けた。

私はそれをずっと下から見ていたかった。

水の中は、私に「自由」をくれる。外に出ると自分の体重が重いのが嫌になる。人の声がガヤガヤと私の心をせかしてくる。砂時計の中にいるかの様に縦軸で時間は進んでいくし、私はそれに抗いたくなる。

母が「ご飯できたよ」と私を呼んでいる。

夢の中での意識が戻りたくないと私を揺らした。

私はゆっくりと目を覚ます。

(私は私のことをもっと知りたい。)

fin



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