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人生は冒険だ

 「人生は冒険だ!」

 そう叫んで自転車に乗ったまま田んぼの中に突っ込んでいった同級生がいた。高校からの帰り道、秋の初めの頃だったと思う。突っ込んだ勢いのまま転倒して、彼は無言で自転車を押しながら戻ってきた。俺たちはそのまま無言で歩き続けた。そして彼の家の前で無言で別れた。翌日以降彼がどんな人生を歩んだか、よく分からない。

 彼の中で冒険が何を意味するものだったのか、いまだに答えは分からない。だが、彼は今もきっと田んぼと安い自転車がある場所で何かに挑み続けていると思う。そんな確信にも似た予感がある。心からどうでもいいけど。

 これから俺が話すのはそんな話だ。


大学浪人2年目の夏

 俺は焦っていた。どうしても成果が上がらなかったからだ。自分にできることは何でも試した。当時は今ほどインターネットは普及しておらず、恥を忍んで友人知人にも相談をした。だが、物知りなはずの彼らからも満足のいく答えは全く得られなかった。困り果てた俺はとうとう見るからに怪しげな通信販売にまで手を出してしまった。しかも、同じ悩みに苦しむ友人を巻き込んで・・・。

「あちゃー。これはやられたよ。アレ、こんな安っぽい紙っきれが届くとはアレ思ってもみなかったよ」

 代々木ゼミナール世田谷寮の一室に石継君の尻上がりな独特のイントネーションが響く。故郷の鹿児島なまりだと当時は思っていたが、後年仕事で訪れた鹿児島に同じ喋り方をする人は1人もいなかった。

「クソ!こんなペラッペラのわら半紙に2万円も払っちまったのかよ。プリントも白黒だし不鮮明だし、それに・・・」

 俺は怒りのあまり体が震えてくるのを感じていた。あんな理不尽な経験は人生初だった。俺は詐欺にあったのだ。信じられなかった。そんなものに引っかかるのは欲に目が眩んだウスノロだけだと思っていた。

「アレ、肝心な部分は真っ黒だよ!油性マジックでよ、塗りつぶされているよ!」

 そう、大切なところは真っ黒に塗りつぶされていた。俺と石継君は一番見たいところが大変なことになってしまっている裸の女性がプリントされたペラッペラのくず紙を握りしめて立ち尽くしていた。真夏のうだるような暑さの中、隣の部屋の寮生にバレるのを恐れてか、石継君の部屋は窓すら空いていなかった。

「こんなにしっかり塗りつぶしやがって!アソコどころか尻まで真っ黒じゃねーか。これじゃブルマ履いてんのと同じだろーが。俺は変態じゃねーんだ。そんな趣味はねーよ!!」

「これだったらアレ、普通のエロ本の方がよっぽどエロいよ。こんなんじゃ・・・アレだよ。あの、オカズ

「次いくぞ!!つぎの・・・プランだ・・・」


科学的好奇心

 傑作漫画『ドクタースランプ・アラレちゃん』の中で主人公の天才科学者のりまき・せんべいは苦悩する。「あらゆる資料を試したが、どうしてもソコだけは見ることができなかったのだ・・・」

 せんべい自身が発明した完全な少女型ロボットあられちゃんには、大切なモノがついていなかった。学校で健康診断を受けたアラレちゃんは同級生達から「何もない、ツルツルだ」と驚かれたことを生みの親であるせんべいに告げる。せんべいは慌てる。ソコが不完全なことは自身が一番わかっていたことだ。だが、どうしても資料が手に入らなかったのだ。

 後にこれはおヘソの話だということが判明し、せんべいは全く見当違いなことで苦悩していたことになる。

 俺と石継君の身に起きたことも言ってみればそういうことだ。

 好奇心。

 夏のはじめ、純粋に科学的な好奇心から俺たちはソレを見ようと、いや、観察しようとした。しかし当時俺たちが使っていたどの資料も、のりまきせんべいのものと一緒で肝心な部分はぼかされていたり、黒く塗りつぶされていたりして、1ミリも科学的観察の役には立たなかった。

 俺たちは会えば必ず、この科学的好奇心をいかに満たすかの議論をした。予備校の登下校、寮の食堂、休日に一緒に出かけた秋葉原の書店、場所を選ばず議論は続いた。そんな永遠とも思える日々が数週間続いたある日、ついに石継君は天啓を得た。彼はそのとき読んでいた資料をめくりながらこう呟いたのだ。

 「この、エロ本の背表紙にのってるアレ、秘密のお宝画像をお届けっていうの、もしかしてアレ、ぼかしがないってことだよ」

「おお!!そうかなるほどっ!!!さすがに無修正とか堂々と書いたら逮捕されちまうからな・・・よく気づいたえらいっ!!!なになに?まずはこちらの宛先に資料請求のお便りを・・・すぐ送ります!!!」

 それから2週間後、俺たちの元に異常に厳重に梱包された小さな封筒が届いた。俺たちは(科学的好奇心が原因の)興奮で震える手で封筒を破り捨て(科学的好奇心のあまり)血走らせた目で中身を確認した。

 だが、封筒の中にあったのは、かろうじて人間の女だと判別できる裸の生き物がモノクロで不鮮明にプリントされたわら半紙だった・・・。

 万策尽きた。そのときの俺たちの気持ちを言葉にすれば、そういうことだった。一回しか挑戦していないけれども。だが、まだ俺には最後の手段が残されていた。もしかしたら最後と言うには早すぎるタイミングではあったかもしれないが、このプランを実行することだけは最後まで避けたかっのだ。というのも・・・。


「なあ、石継君、この挑戦のためにどこまでする覚悟がある?」


続く

  


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